タイトル
2012年度 奨励賞 板東良雄
概要
平成24年度日本神経化学会奨励賞研究紹介

中枢性脱髄疾患モデルにおけるオリゴデンドロサイトの動態とその機能
Oligodendroglial cell behavior and its function in murine models of CNS demyelinating disease
板東良雄
(旭川医科大学 解剖学講座 機能形態学分野)

多発性硬化症(Multiple Screlosis: MS)は中枢神経系における炎症性脱髄性疾患であり、麻痺を主症状とする様々な神経症状を呈する。MSの病態生理学的特徴に脱髄およびそれに伴う軸索障害が挙げられる。脱髄とは髄鞘を形成しているオリゴデンドロサイト(OL)あるいは髄鞘自体が何らかの原因によって傷害される病態である。髄鞘は神経伝導の特徴である跳躍伝導や軸索の保護に働いているが、脱髄により神経軸索が二次的に損傷を受けることによって様々な神経症状が出現すると考えられている。しかしながら、MSにおける脱髄や軸索障害機序の解明および根治療法につながる分子基盤の確立には至っていない。
我々のグループは中枢神経損傷時に主にOLが発現するカリクレイン6 (Kallikrein 6/protease M/zyme: KLK6)というセリンプロテアーゼの同定に成功し、病態時におけるKLK6の動態とその機能に着目している。これまでに我々はマウス脊髄損傷モデルならびに多発性硬化症モデルにおいて、KLK6の発現が脱髄の分子機序に関与する可能性を見出しており、KLK6の機能解析を通して病態時におけるOLの動態とその機能の解明を目指している。
KLK6は主に中枢神経系に発現する分泌型セリンプロテアーゼであり、主な発現細胞はオリゴデンドロサイトと一部のNG2陽性のオリゴデンドロサイト前駆細胞であることを我々のグループはこれまでに明らかにしてきた。In vitroにおいては接着分子のL1, laminin, fibronectionの他, myelin-basic protein (MBP)やmyelin-associated glycoprotein (MAG)といったミエリン構成蛋白質を分解する活性があることが報告されている。したがって、OL自身がこのようなプロテアーゼの発現を介して脱髄機序に積極的に関与しているのではないかと考え、多発性硬化症モデル(Experimental Autoimmune Encephalomyelitis: EAE)を作成し、脱髄の病態形成へのKLK6の関与について検討した。KLK6 KOマウスにEAEを誘導したところ、KLK6 KOマウスではEAE発症時期が少し遅延し、野生型マウスに比べて症状が軽減することが明らかとなった。KLK6 KOマウスではEAE誘導時においても血液脳関門が比較的維持されており、末梢から脊髄への炎症細胞の浸潤が抑制されていることも明らかにした。
これまでの一連の研究結果から、“脱髄とは何か?”という非常にシンプルな疑問が浮かんできた。しかしながら、脱髄のプロセスは意外にもほとんどわかっていない。そこで、脱髄から軸索変性に至るまでの髄鞘と軸索の構造変化を捉えてみたいと考え、オスミウム浸軟法という方法を用いて作成した試料を走査型電子顕微鏡で観察するという新しい形態学的手法を取り入れた。この方法では蛋白成分を除去することで膜構造を見やすくさせた試料を走査型電子顕微鏡で観察するというものである。この方法は髄鞘や軸索の構造を観察するのに極めて優れており、脱髄から軸索変性に至るまで髄鞘や軸索がどのように形態を変えていくのかについても明らかになりつつある。例えば、EAEでは “髄鞘が軸索から離れる”ものと“髄鞘の過形成”が脱髄像として最も多く認められ、ルーズになった髄鞘や脱髄を起こしてあたかも無髄線維のようになっている軸索(従来から言われている典型的な脱髄像)はほとんど認められない。このようにEAEにおける脱髄像はこれまでの概念とは全く異なるものであり、EAEで認められる髄鞘の過形成はおそらくOLの機能異常によって髄鞘が過形成されたのではないかと考えている。今後は種々の脱髄疾患モデルマウスを用いて、脱髄時や再髄鞘化時におけるオリゴデンドロサイトの動態や機能異常について検討していきたい。