タイトル
2007年度 奨励賞 近藤 慎一 
概要

脳組織における細胞種特異的な
小胞体ストレス応答機構

Cell type-specific ER stress response in the brain

近藤 慎一   Shinichi Kondo

宮崎大学医学部解剖学講座分子細胞生物学分野
Division of Molecular and Cellular Biology, Department of Anatomy, Faculty of Medicine, University of Miyazaki

<研究概要>
小胞体で起こるタンパク質折り畳みが、細胞内外からの各種ストレスにより撹乱される状態を小胞体ストレスという。小胞体ストレスが負荷されると防御機構であるUnfolded Protein Response(UPR)が活性化し、小胞体分子シャペロンが誘導され小胞体内腔に蓄積した異常タンパク質を折り畳むことで細胞死から防御する。各種神経変性疾患では、この防御機構が破綻して異常タンパク質の蓄積を招き、神経細胞死につながることが明らかにされ、小胞体ストレスの重要性が注目されている。

我々は、大脳皮質の初代培養系に小胞体ストレスを負荷すると、神経細胞は全ての細胞が死滅するのに対してアストロサイト(星状膠細胞)は生き残るという現象に注目した。そして、アストロサイトに発現し小胞体膜に局在する膜貫通型転写因子OASISの同定に成功した(1)。OASISは、小胞体ストレスに反応して膜内切断を受け、切断断片は核内に移行し、転写因子として小胞体シャペロンBiPを発現誘導することを明らかにした。OASISのsiRNAの処理により、アストロサイトの小胞体ストレス感受性が高まり細胞死を起しやすいことから、OASISはアストロサイトの細胞死抑制に寄与していることを明らかにした。

さらに我々は、神経細胞で発現する新規の小胞体ストレスセンサーBBF2H7を同定した(2)。 BBF2H7は、構造的にOASISと相同性が高い小胞体膜貫通型転写因子で、小胞体ストレスに反応して膜内切断を受ける。興味深いことに、BBF2H7蛋白質は、通常の状態では発現がみられないが、小胞体ストレス時においてのみ翻訳レベルでの急激な発現上昇がみられた。in vivoにおいて、BBF2H7タンパク質は、中大脳動脈永久閉塞モデルマウスの脳梗塞ぺヌンブラ領域において神経細胞に強く発現しており、神経細胞において脳虚血時に生じる異常タンパク質蓄積の回避に重要な役割を担っていることが示唆された。

アストロサイトで機能するOASIS、神経細胞で機能するBBF2H7の発見を通じて、世界に先駆けて「脳組織における小胞体ストレス応答の細胞種特異性」という概念の提言につながった。この概念は、神経変性疾患発症メカニズムの解明に向けて突破口になりうる可能性がある。

1.Nature Cell Biol. 7:186-194, 2005.
2.Mol Cell Biol. 27:1716-1729, 2007.

図 小胞体ストレス応答の全体像 (我々は、OASISBBF2H7を同定した。)
小胞体において構造異常を起こしたタンパク質、いわゆるミスフォールディッドタンパク質が過剰に蓄積した状態、または小胞体の処理能力を超えた仕事量が小胞体に負荷されているような状態のことを、小胞体ストレスとよぶ。小胞体ストレスからの防御機構として、小胞体ストレス応答またはunfolded protein response (UPR) と呼ばれる応答機構が細胞には存在する。UPRには、①翻訳抑制、②UPR標的遺伝子(小胞体分子シャペロン等)の転写誘導、③小胞体関連分解の3つの機能がある。UPRを担う分子として、PERK・IRE1・ATF6が小胞体ストレスセンサーとして機能している。
我々は2005年に、OASISがアストロサイトにおいて、新規の小胞体ストレスセンサーとして機能していることを報告した。この報告を契機に、他のOASISファミリー分子(CREB-H、AIbZIP、Luman)も小胞体ストレスセンサーとして機能することが明らかにされた。OASISファミリー分子は、すべてⅡ型の膜貫通タンパク質で小胞体に局在する。 さらに、我々は2007年に、新規のOASISファミリー分子BBF2H7が神経細胞で小胞体ストレスセンサーとして機能することを明らかにした。