タイトル
2013年受賞 奨励賞 田村 英紀
概要
田村写真
ニューロプシンによるNeuregulin-1 限定分解による
抑制性伝達の制御機構
田村 英紀

奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科
神経機能科学研究室


脳高次機能は、多数のニューロンが形成する神経ネットワークの活動に基づくと考えられている。その中で、抑制性ニューロンは、興奮性ニューロンの活動を制御し、ガンマ波などの認知機能に重要な同期発火の生成に寄与しているが、その分子機構には不明な点が多い。我々は、シナプス間隙に局在する細胞外セリンプロテアーゼ・ニューロプシンが統合失調症脆弱因子Neuregulin-1(NRG-1)をプロセシングすることを見出し、この機構が、パルブアルブミン陽性の抑制性ニューロンの活動を制御し、シナプス可塑性や神経ネットワークの活動を調整することを突き止めた。

 我々は、まずニューロプシン遺伝子ノックアウトマウスでは、空間作業記憶および海馬のシナプス伝達の長期増強(Long-term potentiation: LTP)が障害されていることを見出した。そして、ニューロプシンは、不活性型で細胞外に分泌された後、LTP 誘導後、NMDA 受容体シグナル経路の下流で速やかに活性化することを示し、この活性化を阻害すると、LTP が抑制されることを明らかとした。このことは、シナプス可塑性の発現には、ニューロプシンによる基質蛋白質の切断が必須であることを示す。そこで、我々は、基質に対する親和性は変化させずに蛋白質分解活性のみを失活させた組換えニューロプシンを用いて、この組換え体が、細胞外のスパイン膜上で巨大な複合体を形成することを見出し、この複合体からニューロプシンの基質としてNRG-1 を同定した。

NRG-1 は、恒常的な膜切断をうけることで細胞外ドメインが放出され、ヘパラン硫酸プロテオグリカン(HSPG)に結合する。このHSPG から、NRG-1 が神経活動依存的に遊離するためのプロセシングに関わるプロテアーゼは、これまで同定されていなかった。我々は、ニューロプシンが、NRG-1 のヘパリン結合ドメインを切断除去することで、HSPG からプロセシングされたNRG-1(processed NRG-1: pNRG-1)が遊離することを明らかとした。このpNRG-1 を、ニューロプシンノックアウトマウスに投与すると、LTP 障害が完全に救済されたことから、ニューロプシンによるNRG-1 のプロセシングがシナプス可塑性に重要であることを明らかにした。

 次に、ニューロプシンによるNRG-1 の限定解裂に引き続く後続のシグナル伝達機構として、パルブアルブミン陽性抑制性ニューロンに局在するErbB4 受容体の自己リン酸化を介した抑制性ニューロンの賦活化機構を同定した。また、ニューロプシンノックアウトマウスでは、抑制性シナプス伝達が低下していることを見出し、pNRG-1 ペプチドの投与によって、この機能障害が回復した。そして、ニューロプシンノックアウトマウスのLTP 障害が、ErbB4 を介した抑制性シナプス伝達の障害によることを明らかとした。以上のことから、ニューロプシン-NRG-1 システムは、抑制性ニューロンのシグナル伝達を介して、神経ネットワークの活動レベルを制御していると考えられる。

ニューロプシンは、哺乳類特異的な遺伝子であり、また精神疾患で特に問題となる領域である海馬や扁桃体に特異的に局在している。ヒトニューロプシンの一塩基遺伝子多型(SNPs) 解析によって、特定部分のSNP が言語性IQ や注意・集中力といった認知機能の障害および双極障害のような精神障害と関係することが示され、臨床的にもこのシグナルは極めて重要であると考えられる。

田村 図

(図)興奮性の神経活動依存的に活性化したニューロプシン(赤)は、ヘパラン硫酸プロテオグリカン(HSPG; 黄色線)に結合しているNRG-1(緑)を切断する。それによりNRG-1 のリガンド部位(pNRG-1)が遊離し、それが抑制性細胞に局在しているErbB4(ピンク棒)に結合する。これにより下流シグナル経路が駆動し、GABA 伝達を修飾し、興奮性細胞の神経活動を制御する。そのため、ニューロプシン-NRG-1 システムの破綻は、抑制性伝達の障害を引き起こし、錐体細胞の同期発火(ガンマ波)が乱れる。それにより、統合失調症で特に問題となるワーキングメモリーの障害を引き起こすと考えられる。