タイトル
2006年度 最優秀奨励賞 東田千尋
概要

東田 千尋   Chihiro Tohda


富山大学・和漢医薬学総合研究所・民族薬物研究センター・薬効解析部 助手
軸索およびシナプス形成の促進による神経変性疾患の克服
-治療薬開発と病態機序の解明に向けて- 
Overcoming several neurodegenerative diseases by axonal and synaptic formations 
-the development of therapeutic medicines and unraveling pathophysiological mechanisms-

<背景・目的>
神経変性疾患の病因は様々であるが、神経機能の障害をもたらす直接的な要因は、神経回路網の破綻である。病因を取り除く予防的・進行阻止的治療に加えて重要なのが、神経回路網を再構築させることであり、それが、患者に負担の少ない薬物によってなされれば理想的である。本研究は、アルツハイマー病、脊髄損傷、注意欠陥多動性障害(ADHD)の3疾患に焦点を当て、神経機能を回復させる薬物の同定と、その基盤となる神経組織の可塑的変化との関連を明らかにした。

<結果>
薬物の同定
Ashwagandha (Withania somnifera の根、俗名;インド人参)から同定した3化合物のwithanolide A, withanoside IV, withanoside VIに、強い神経突起伸展活性が認められた。特にwithanoside IV(ウィタノサイド4)(図1)の活性について紹介する。
アルツハイマー病モデルを用いた検討
アルツハイマー病の原因物質であるamyloid βの活性部分配列、Aβ(25-35)をマウスに脳室内投与し記憶障害を呈するモデルを作製した。この状態のマウスにwithanoside IVを13日間、経口投与したところ、記憶障害が顕著に改善されるとともに、大脳皮質と海馬におけるaxon, dendrite, synapseの減少が正常マウスのレベルにまで回復していた。
脊髄損傷モデルを用いた検討
後肢麻痺を呈する脊髄損傷マウスを作製した。損傷後、withanoside IVを連続して20日間、経口投与したところ、その期間中を通して運動機能の改善が有意に認められた。また損傷脊髄において、withanoside IV投与によりaxon伸展自体と、axon伸展をサポートする末梢性ミエリン増加が促進されることが示された。
Withanoside IVの活性本体
Withanoside IVは経口投与後速やかに、C3位のglucoseが外れた構造であるsominoneになり血中に存在することを証明した。またwithanoside IV、sominoneいずれも、直接神経細胞に作用した場合、axon, dendriteの萎縮とsynapse減少に対して顕著な改善効果を示すことを明らかにした。
新規ADHDモデル動物としてのPI3K KOマウス
p85αサブユニットを欠損したPI3 kinase knockout (PI3K KO)マウスが、ADHDに特徴的ないくつかの行動を示すことを初めて明らかにした。また、組織学的解析により、PI3K KOマウス脳内のPI3K活性の減少が、部位特異的であり、シナプスの減少とミエリン化axonの形成不全と相関性があることを示唆した(表1)。PI3K KOマウスに見られる記憶障害と意欲の低下に対する、withanoside IVの効果も検討した。

<まとめ>
以上、本研究は、神経の構造的な萎縮、脱落を改善することで複数の神経変性疾患に対する治療薬あるいは治療薬シーズとして非常に画期的な、withanoside IVを提示した。またwithanoside IVは、axon伸展、synapse形成、末梢性ミエリン増加、といった複数の現象を促進させ機能回復を導くものであり、今後その作用点、作用機序を探ることにより、神経回路網構築の制御を担う重要な分子の同定にも繋がるものと考えている。  また、PI3Kカスケードの刺激という観点でのADHD治療研究に繋がる可能性を示唆しただけでなく、PI3K欠損が脳内の部位特異的なaxon形成不全に繋がるという、興味深い命題を得た。