タイトル
2007年度 最優秀奨励賞 津田 誠
概要

津田 誠   Makoto Tsuda

九州大学大学院薬学研究院薬理学分野
Department of Molecular and System Pharmacology, Graduate School of Pharmaceutical Sciences, Kyushu University

<研究概要>
癌や糖尿病患者などで見られる神経障害性の慢性疼痛は,神経因性疼痛と呼ばれ,既存の鎮痛薬が著効しない難治性の痛みである.その発症機序は不明で,有効な治療薬もない.従来までの研究は,神経障害性ゆえに,神経細胞での変化が主に注目してきたが,未だ疼痛を制圧するには至っていない.
我々は,神経因性疼痛におけるイオンチャネル型ATP受容体(P2X)の役割に関する研究の中で,P2X4受容体サブタイプが,脊髄後角における神経因性疼痛の主役とされていたニューロンではなく,ミクログリアで過剰に発現し,神経因性疼痛の発症維持に深く関与していることを発見した(Nature 424: 778-783, 2003).また,ミクログリアでのP2X4受容体の過剰発現因子の一つとして,細胞外マトリックスであるフィブロネクチンを同定した.フィブロネクチンはインテグリンと相互作用することにより,細胞内の非受容体型チロシンキナーゼLynを介してP2X4受容体の遺伝子発現を亢進することを明らかにした (Glia 53: 769-775, 2006; Glia, 2007 in press).脊髄ミクログリアにおけるP2X4受容体の活性化は,脳由来神経栄養因子(BDNF)の放出を引き起こす.放出されたBDNFは,神経細胞におけるTrkBを活性化することにより,脊髄後角ニューロンの陰イオンに対する逆転電位(Eanion)を脱分極側へシフトさせ,通常神経細胞を抑制する伝達物質GABAの作用を,逆の興奮性へと変えてしまうことを明らかにした (Nature 438: 1017-1021, 2005).
従来,中枢におけるグリア細胞は,神経細胞に対する単なる受動的補助細胞として認識され、疼痛メカニズムに入る余地もなかった.しかし,これら一連の研究成果は,今までの神経主軸的疼痛病態メカニズムに,ミクログリアの能動的役割を導入し,神経因性疼痛発症維持機序の解明に大きな前進をもたらした (Trends Neurosci 28: 101-107, 2005).今現在使用されている神経細胞に標的をおいた既存の治療薬は,神経因性疼痛に対して十分な治療効果を発揮しないという現状がある.ミクログリアを介する神経因性疼痛メカニズムの研究により,この難解な慢性疼痛メカニズムが解明され,さらにミクログリア発現分子を標的にした有効な治療薬の開発にも繋がると考えている.