タイトル
2013年受賞 奨励賞 齋藤 敦
概要
斉藤写真

「小胞体ストレス応答による中枢神経系細胞の分化制御メカニズム」

齋藤 敦
広島大学大学院 医歯薬保健学研究院 分子細胞情報学
(Department of Anatomy and Neurobiology, Washington University School of Medicine, U.S.A.)




小胞体ストレス応答は、小胞体ストレスに対する細胞保護作用を有するだけでなく、細胞分化や組織形成を制御することで、細胞もしくは生体機能の恒常性維持に関与することが明らかになっている。当研究室が同定したOASISは小胞体膜上に局在する一回膜貫通型のタンパク質で、小胞体ストレストランスデューサーとして機能する。この分子は小胞体ストレスに応答して膜内切断を受け、bZIPドメインを持つN末端側が核内に移行して、種々の標的遺伝子の転写を誘導する。

OASISは中枢神経系ではアストロサイトに強く発現するが、その詳細な役割は不明であった。そこで我々はすでに作製していたOASIS欠損マウスを用いてOASISの中枢神経系における機能を解析した。胎生期18.5日目におけるOASIS欠損マウス大脳では、アストロサイトのマーカーであるGFAP陽性細胞数が有意に減少していた。一方、神経前駆細胞のマーカーであるNestin陽性細胞数は有意に増加していた。胎生期14.5日目のマウス大脳から採取した神経前駆細胞をアストロサイトへと分化させると、OASIS欠損細胞においてアストロサイトへの分化が遅延していた。このことから、OASIS欠損神経前駆細胞ではアストロサイトへの分化が障害されていることが明らかになった。

OASIS欠損細胞におけるアストロサイトへの分化異常の原因を明らかにする目的で、転写因子であるOASISの中枢神経系における標的遺伝子を同定することを試みた。その結果、Drosophilaにおいて神経前駆細胞からアストロサイトへの分化に必須であるglial cell missing 1(Gcm1)の発現レベルがOASIS欠損細胞において低下していることを見出した。ルシフェラーゼアッセイおよびChIPアッセイを含む一連のプロモーターアッセイを行い、OASISのN末端断片がGcm1のプロモーター領域に結合してその転写を誘導していることを明らかにした。また、OASIS欠損神経前駆細胞にGcm1を過剰発現させたところ、神経前駆細胞からアストロサイトへの分化遅延が改善された。以上より、中枢神経系におけるOASISの転写ターゲットの一つはGcm1であり、OASIS-Gcm1経路の喪失がアストロサイトへの分化抑制を引き起こしていることがわかった。

さらに神経前駆細胞からアストロサイトへの分化の過程において、既知の小胞体ストレス応答遺伝子の発現を調べた。その結果、アストロサイトへの分化過程でこれら遺伝子の発現レベルが一過性に緩やかに上昇することがわかった。このことから、アストロサイトへの分化の過程では細胞死を引き起こさない程度の緩やかな小胞体ストレスが一過性に発生しており、OASISはこの小胞体ストレスに応答して活性化している可能性が示唆された。

次にOASIS-Gcm1経路がアストロサイトへの分化を促進する分子メカニズムを解明することを試みた。神経前駆細胞からアストロサイトへの分化の過程では、アストロサイトのマーカーであるGFAPプロモーター領域における脱メチル化の促進が重要であることがよく知られている。そこでbisulfite sequencing法によってGFAPプロモーター領域におけるメチル化状態を解析した。その結果、OASIS欠損神経前駆細胞ではGFAPプロモーター領域における脱メチル化が抑制されていることがわかった。OASIS欠損細胞にOASISもしくはGcm1を発現させると、GFAPプロモーター領域における脱メチル化は促進されたことから、OASIS-Gcm1経路がGFAPのプロモーター領域における脱メチル化を促進することで、GFAPの転写を誘導し、アストロサイトへの分化を促進していることが明らかになった。

今回の研究で小胞体ストレス応答によるアストロサイト分化制御メカニズムの一旦を明らかにすることができた(図)。今後、Gcm1による詳細な脱メチル化制御機構やその他の中枢神経系細胞の分化制御と小胞体ストレス応答との関連性などを明らかにしていくことで、小胞体から発信されるシグナルによる中枢神経系細胞の機能制御メカニズムが解明されることが期待できる。



(図)
OASIS-Gcm1経路によるアストロサイト分化制御。OASISは神経前駆細胞からアストロサイトへの分化刺激によって発生する緩やかな小胞体ストレスに応答して転写因子として活性化し、Gcm1の転写を誘導する。Gcm1はアストロサイトのマーカーであるGFAPのプロモーター領域における脱メチル化を促進することで、アストロサイトへの分化が進行する。