タイトル
2012年度 最優秀奨励賞 熊本奈都子
概要


一次繊毛の成体脳海馬神経新生における役割


名古屋市立大学大学院 医学研究科 機能組織学
熊本奈都子




古くから神経細胞は発生期にのみ産生され,成体哺乳類の中枢神経は再生しないと考えられてきた.しかし,成体脳においても特定の領域(側脳室の側壁に面した脳室下帯および海馬の歯状回)には未分化な神経幹細胞が存在し,増殖能および分化能を持つことが明らかになった.これらの領域では,新生ニューロンが一生涯に渡って産生され続け,シナプス形成を経て既存の神経回路に組み込まれている.最近,一次繊毛と呼ばれる非運動性の繊毛が成体脳海馬における神経幹細胞の増殖と分化に重要な役割を果たすことがわかってきた.しかしながら,神経新生後期における新生ニューロンの発達と一次繊毛との関係は不明であった.そこで我々は、成獣マウス海馬新生ニューロンの一次繊毛を人工的に欠損させ、樹状突起の形態学的・機能的変化についてin vivoで解析した(Nat Neurosci, 15, 399-405, 2012) .
 
  具体的に,以下の方法を用いた.1)新生ニューロンの一次繊毛を標識する組換えレトロウイルスをC57BL6/J成熟雌性マウスの海馬に注入し,海馬新生ニューロンにおける一次繊毛の形成時期を検討した.2)嗅内皮質から海馬歯状回に投射する貫通線維を対象に,光遺伝学的手法にて一次繊毛とシナプス形成との関連を調べた.3)一次繊毛形成に必須であるKif3Aのドミナントネガティブフォームを新生ニューロンに遺伝子導入して一次繊毛の形成を阻害し,グルタミン酸作動性の誘発性興奮性シナプス後電流を測定した.4)3)の一次繊毛欠損新生ニューロンの樹状突起の発達を形態学的に解析した.5)Wntシグナルレポーターマウスや活性型βカテニンの強制発現を用いて,一次繊毛とWnt/βカテニン経路との関係を調べた.

その結果,下記の知見が得られた.1)新生ニューロンは,誕生14日目までは一次繊毛を持たず,誕生14日目~21日目の間に一次繊毛の伸長を開始した.2)嗅内皮質由来の貫通線維と海馬新生ニューロンとのシナプス結合は誕生14日目~21日目にかけて急激に増加した.3)一次繊毛欠損新生ニューロンではグルタミン酸作動性の誘発性興奮性シナプス後電流の大きさが減少していた.4)一次繊毛欠損新生ニューロンでは細胞あたりの樹状突起数に変化は認められなかったが,総樹状突起長は有意に減少していた.5)新生ニューロンの一次繊毛を欠損させるとWnt活性が亢進した.さらに,活性型βカテニンを強制発現させると,樹状突起の発達抑制がおこった.

 以上より,海馬新生ニューロンにおける一次繊毛の形成は誕生14日目~21日目にかけて始まり,樹状突起の発達とシナプス形成に関与することがわかった.また,一次繊毛によるWnt/βカテニン経路の抑制が,樹状突起の適切な発達に必要であることもわかった.成体脳海馬新生ニューロンが既存の神経回路に組み込まれるメカニズムについては、未だ不明な点が多い。われわれは、一次繊毛がこの過程で重要な役割を担うことを、in vivoで明らかにした。成体脳における神経新生の制御メカニズムを明らかにすることは、虚血や神経変性などによる脳障害の治療へ向けた中枢神経系の再生・再構築方法の開発、あるいは神経新生異常との関係が示唆される精神疾患の病態解明と新規治療法の開発へとつながるものであり、更なる解明が待たれる.


〈付図説明〉
成体脳海馬神経新生における一次繊毛の形成と新生ニューロンの成熟

誕生14日目から21日目にかけて伸長してきた一次繊毛がWntシグナルを抑制し、新生ニューロンの樹状突起発達が促進される。