神経化学トピックス

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13. 胎生初期の神経上皮細胞からどのように神経幹細胞が生まれるか
   等 誠司(生理学研究所 分子神経生理部門)

胎生初期の神経上皮細胞からどのように神経幹細胞が生まれるか

shitoshi-tky@umin.ac.jp
Hitoshi S., Ishino Y., Kumar A., Jasmine S., Tanaka K.F., Kondo T., Kato S., Hosoya T., Hotta Y., & Ikenaka K.
(2011) Mammalian Gcm genes induce Hes5 expression by active DNA demethylation and induce neural stem cells.
Nature Neuroscience 14, 957–964.


DOI 10.11481/topics13
登録日:2017年2月9日


哺乳類の発生では、epiblast のステージで原始外胚葉が形成され、後に神経上皮細胞になる。これらの細胞の中から、
fibroblast growth factor2 (FGF2)に反応して増殖する細胞として検出される神経幹細胞が出現するのは,マウスでは
胎生8.5 日ごろである[1]。epiblast の原始外胚葉には、FGF2 ではなくleukemia inhibitoryfactor (LIF)反応性の未分
化神経幹細胞が存在し,LIF 反応性の未分化神経幹細胞がFGF2 反応性の神経幹細胞へ分化することを、筆者らは
報告してきた[1][2]。この過程で、Notch シグナルが活性化されることが必要で、実際、胎生8.5 日のマウス神経組織で
は、Notch シグナル経路を構成する全ての遺伝子と、標的遺伝子であるHes1, Hes5 が発現している。

Hes1 は古典的なNotch シグナルの標的遺伝子だが、一方で、自分自身を標的とするネガティブフィードバック機構に
より、mRNA およびタンパク質レベルで発現が数時間周期でoscillation する[3]。Notch リガンドであるDll1 も、Hes1
と逆の位相でoscillation する。胎生7.5 日の神経上皮細胞にHes1 およびDll1 は発現が認められるが、ある瞬間に
Hes1 を発現する細胞は数時間後にはDll1 を発現している可能性があり、Hes1 発現がNotch シグナルの活性化を
意味しない[4]。一方、胎生7.5 日の神経上皮細胞では、Hes5 の発現が認められない。このことは、胎生8.5 日になる
までHes5 の発現が抑制されており、何らかの分子機構によってそれが解除されることによって、神経幹細胞が形成さ
れるというモデルを示唆する。

Hes5 の発現抑制機構として、エピジェネティクス制御の可能性を考え、Hes5 遺伝子のプロモーターの解析を行った。
Hes5 プロモーターには、Notch シグナルをRBP-J を介して受け取るRBP-J 結合領域があり、その周囲にCpG アイラ
ンドが存在する。マウス早期胚の神経上皮組織を採取し、Hes5 プロモーターのDNAメチル化状態を調べたところ、胎
生7.5 日神経組織では20%以上のCpG がメチル化修飾を受けているのに対し、胎生9.5 日までに完全に脱メチル化
されることが判明した。この結果は、Hes5 プロモーターの脱メチル化に伴って、胎生8.5 日からHes5 の発現が認めら
れるというこれまでの観察結果と一致する。ChIP アッセイなどの結果から、Hes5 プロモーターが高度にメチル化され
ると、恐らく転写抑制複合体の結合やゲノム構造の変化によってRBP-J がプロモーターに結合できなくなり、Notch シ
グナルを受け取れなくなることが示唆された。

Hes5 遺伝子プロモーターのDNA 脱メチル化に関わる分子として、Glial cells missing (Gcm)を同定した。gcm はショウ
ジョウバエで最初に同定された遺伝子で、機能喪失ミュータントでは神経前駆細胞から分化してくるはずのグリア細胞(g
lial cells)が消失(missing)するという表現系を示し、神経細胞とグリア細胞との運命決定のスイッチを司ると考えられた
[5][6]。ショウジョウバエでの劇的な表現型と重要な役割にもかかわらず、哺乳類でのホモログ(Gcm1 とGcm2)の機能は
よくわかっていなかった。我々はGcm のノックアウトマウスを作製し、早期胚におけるHes5 プロモーターのDNA メチル化
状態を解析したところ、通常では脱メチル化が進行する胎生8.33 日において、Gcm1/2 ダブルノックアウト胚では高メチル
化状態を維持していることが分かった。この時期には中脳や後脳の原基の一部にHes5 の発現が認められるが、ダブルノ
ックアウト胚では、Hes5 の発現が全く認められず、その結果、神経幹細胞も充分に形成されないことがわかった。
                                    
                                                
                                        
                                             




本研究の結果を基に、神経幹細胞の形成の分子機構として、図1のようなモデルを提唱している。胎生7.5 日胚の神経
上皮細胞は互いに等価であり、一過性にHes1 やDll1 を発現するものの、Notch シグナルが活性化するには至ってい
ない(図1A)一部の細胞で(何らかのメカニズムにより)Gcm1/2 が発現すると、その細胞のもつHes5 プロモーターのD
NA が脱メチル化され、Notch シグナルを受け取れる状態になるとともに、Gcmのもつ転写活性によってHes5 の発現が
誘導される(図1B)一旦Hes5 が発現すると、Dll1 の発現は抑制されてoscillation が断ち切られることにより、その細胞
はHes5(+Hes1?)を構成的に発現するようになり、Notch シグナルの活性化状態が固定する。この細胞は神経幹細胞
として選択され、周囲の分化しつつある細胞からリガンド提示を受けてNotch シグナル活性が維持される(図1C)。

1. Hitoshi S., Seaberg R.M., Koscik C., Alexson T., Kusunoki S., Kanazawa I., Tsuji S. & van der Kooy D.
(2004) Primitive neural stem cells from the mammalian epiblast differentiate to definitive neural stem cells
under the control of Notch signaling. Genes Dev 18, 1806–1811.
2. Tropepe V., Hitoshi S., Sirard C., Mak T.W., Rossant J., & van der Kooy D. (2001) Direct neural fate
specification from embryonic stem cells: a primitive mammalian neural stem cell stage acquired through a
default mechanism. Neuron 30, 65–78
3. Hirata H., Yoshiura S., Ohtsuka T., Bessho Y., Harada T., Yoshikawa K., & Kageyama R. (2002) Oscillatory
expression of the bHLH factor Hes1 regulated by a negative feedback loop. Science 298, 840–843.
4. Kageyama, R., Ohtsuka, T., Shimojo, H. & Imayoshi, I. (2008) Dynamic Notch signaling in neural progenitor
cells and a revised view of lateral inhibition. Nat Neurosci 11, 1247–1251.
5. Hosoya, T., Takizawa, K., Nitta, K. & Hotta, Y. (1995) glial cells missing: a binary switch between neuronal
and glial determination in Drosophila. Cell 82, 1025–1036.
6. Jones, B.W. (2005) Transcriptional control of glial cell development in Drosophila. Dev Biol 23, 877–887.

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