タイトル
2011年度 奨励賞 村松 里衣子
概要

多発性硬化症における神経症状の悪化および寛解機構の解析

Molecular mechanism of disease progression and remission in multiple sclerosis.
村松 里衣子 Rieko Muramatsu
大阪大学大学院医学系研究科分子神経科学
Department of Molecular Neuroscience, Graduate School of Medicine, Osaka University



<研究概要>
多発性硬化症は、手足の麻痺や感覚障害など重篤な神経症状の悪化と寛解を繰り返す難病である。原因は明らかにされていないが、病巣においてT細胞などの炎症性細胞の集積が認められることから、自己免疫系の異常な活性化が病態形成に関わると考えられている。近年の研究により、多発性硬化症におけるCD4陽性T細胞の活性化は、末梢の抗原提示細胞である樹状細胞により促されることが明らかにされた。樹状細胞によるCD4陽性T細胞の活性化に関わる分子機構を解明することで、多発性硬化症の発症や増悪を軽減することが期待されているが、そのメカニズムには不明な点が多かった。Repulsive guidance molecule-a (RGM-a)は、発生期の視神経軸索に対して反発応答を有する分子として発見された。RGMaは、成体の中枢神経傷害後に発現量が増加することも知られ、所属研究室では脊髄損傷ラットにRGMaの中和抗体を処置することで、神経回路の修復と神経機能の改善が促されることを報告している。その他にも、RGMaは神経細胞死や神経管閉鎖にも関わることが知られているが、RGMaの機能解析は神経系に限って研究が進められており、免疫系におけるRGMaの役割は不明だった。
私たちは、活性化した樹状細胞で発現量が増加する分子を探索し、RGMaの発現量が高まることを見出した。またCD4陽性T細胞では、RGMaの受容体として知られているneogeninの発現も確認された。樹状細胞上のRGMは、CD4陽性T細胞のRap1を活性化し、T細胞の中枢への移行を高める働きを持っていた。また、多発性硬化症の類似する脳脊髄炎 (experimental autoimmune encephalomyelitis, EAE) をマウスに誘導し、RGMの中和抗体を処置したところ、EAEによる神経症状の発症が回避された。さらにRGM中和抗体が多発性硬症患者の炎症反応も抑制することを検討するため、患者から採取した血液サンプルにおける炎症性サイトカイン産生を測定したところ、RGM中和抗体処置によりサイトカイン産生は抑制した。以上の結果から、RGM中和抗体がT細胞の活性化を阻止し、炎症性サイトカイン産生を抑制することにより、多発性硬化症の発症を防止する作用を持つことが示唆された(Nat. Med., 18, 1658-1664, 2011)。
中枢神経系の免疫応答制御は、神経機能の破綻を回避する有力なストラテジーとされている。しかし、免疫応答が慢性化しひとたび神経組織が傷害されると、免疫応答を制御するだけで十分な機能回復がもたらされることはない。失われた神経機能を再獲得するには、傷害された神経組織を修復させることが必須となる。今後は、神経組織の修復を促すメカニズムを解明し、その作用を増強することで、中枢神経疾患の治療標的分子の発掘を目指していきたい。


図 脳脊髄炎における神経組織傷害のメカニズム
末梢で活性化された抗原提示細胞は、CD4陽性T細胞に作用し、特にTh1およびTh17へと細胞を分化させる。CD4陽性T細胞は血液脳関門を越えて脳や脊髄組織へ浸潤し、炎症性サイトカインを放出することで、直接的および間接的に神経組織を破壊する。RGMaは樹状細胞に発現し、CD4陽性T細胞上のneogenin受容体と結合し、CD4陽性T細胞を活性化させる。