神経化学トピックス

神経化学のトピックを一般の方にもわかりやすくご紹介します。
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21. アトピー性皮膚炎に伴う慢性的な痒み -新しい原因細胞を特定-
   津田誠(九州大学大学院薬学研究院ライフイノベーション分野)
DOI 10.11481/topics21
掲載日:2016年3月7日 登録日:2016年5月26日
 
 痒みは、掻きたいという欲望を起こさせる不快な感覚です。通常では、皮膚などに付着、侵入しようとするダニや寄生虫などの外敵を引掻くことで除去する自己防衛反応と考えられています。しかし、アトピー性皮膚炎などに代表される耐え難い慢性的な痒みは、過剰な引掻き行動を起こし、それが原因で皮膚炎が悪化、さらに痒みが増すという悪循環に陥ります。これは「痒みと掻破の悪循環」といわれ、痒みを慢性化させる大きな原因となっています。慢性的な痒みは、睡眠障害や過度の肉体疲労、精神的ストレスなどの原因となり、生活の質(QOL)が極度に低下するため、適切にコントロールする必要があります。しかし、このような痒みには市販の抗ヒスタミン薬などが十分に効かず、著効する治療薬がありません。全世界で非常に多くの人がこのような慢性的な痒みを患っていることから、慢性的な痒みのメカニズムを明らかにし、画期的な治療薬を開発することが世界中で求められています。

 これまで、痒みは単なる弱い痛みと考えられ、その基礎研究は非常に遅れていましたが、最近痒みを誘発する物質(ガストリン放出ペプチド(GRP)など)や痒み信号を伝える神経などが次々と発見され、少しずつその仕組みが解明されてきました1)。しかし、どのようなメカニズムで痒みが慢性的になってしまうのかは明らかとなっていません。

 今回私たちは、皮膚を激しく引掻くアトピー性皮膚炎モデルマウスを用いて研究を行い、そのマウスが引掻く皮膚と神経で繋がっている脊髄後角で「アストロサイト」と呼ばれるグリア細胞が長期にわたって活性化していることを発見しました2)。さらに、遺伝子の発現を促すタンパク質STAT3がこのアストロサイト内で働いていること、さらにそれを阻害することでアトピーマウスのアストロサイトの活性化と引掻き行動が共に抑えられることを明らかにしました。また、アトピーマウスの脊髄の遺伝子を調べたところ、STAT3の 
働きに伴って活性化アストロサイトが
リポカリン2(LCN2)というタンパク質を
作り出し、それが脊髄後角 ニューロン
での痒み伝達物質の作用を強めてしま
うことも突き止めました。したがって、
アトピー性皮膚炎に伴って脊髄後角で
活性化するアストロサイトが慢性的な
痒みの新しい原因細胞であることが
明らかと なりました(右図)。


 慢性的な痒みはこれまで主に皮膚を中心に研究されてきましたが、今回私たちは脊髄後角で活性化するアストロサイトの重要性を明らかにしたことで、痒みのメカニズムに新しい役者が加わり、全容解明へ向けた大きな一歩となりました3)。それは同時に、アストロサイトを標的に治療薬を開発するという新しいコンセプトにも繋がることが期待できます。

1)    LaMotte, R.H., Dong, X., Ringkamp, M. Sensory neurons and circuits mediating itch. Nat Rev Neurosci, 15, 19-31 (2014).
2)    Shiratori-Hayashi, M., Koga, K., Tozaki-Saitoh, H., Kohro, Y., Toyonaga, H., Yamaguchi, C., Hasegawa, A., Nakahara, T., Hachisuka, J., Akira, S., Okano, H., Furue, M., Inoue, K., Tsuda, M. STAT3-dependent reactive astrogliosis in the spinal dorsal horn underlies chronic itch. Nat Med, 21, 927-31 (2015).
3)    Green, D., Dong, X. Supporting itch: a new role for astrocytes in chronic itch. Nat Med, 21, 841-2 (2015).

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