タイトル
2010年度 奨励賞 小野 賢二郎
概要

アルツハイマー病βアミロイド蛋白凝集過程における
分子間相互作用

Molecular interactions in the aggregation of Alzheimer’s β-amyloid protein

小野 賢二郎   

金沢大学大学院医学系研究科脳老化・神経病態学(神経内科学)

<研究概要>
20世紀初頭に登場したアルツハイマー病(Alzheimer’s disease:AD)は、増加の一途をたどり、今日の超高齢化社会において深刻な問題となっている。ADの病態や治療薬開発に関する研究は精力的に進められているが、依然、病態の全貌は不明であり、病態成立の中核をなす神経細胞死を抑制できる根本的治療薬はいまだに開発されていない。ADの病理学的特徴としては、アミロイドβ蛋白(Aβ)から成る老人斑、微小管関連蛋白質であるタウ蛋白から成る神経原線維変化、さらに神経細胞脱落があげられる。なかでもADの病態生理においては、Aβがその前駆体蛋白質であるamyloid precursor proteinから切り出され、異常凝集し、神経細胞を傷害する過程が重要な役割を果たすと考えられている(アミロイド仮説)。従ってアミロイド仮説の実態を明らかにすることがAD研究の最重要ターゲットとなっている。

我々は、ADにおける様々な疫学的報告を背景にしてポリフェノールを中心としたさまざまな有機化合物が、vitroにてAβ40、Aβ42のいずれにおいても、濃度依存性にAβ線維(fAβ)形成・伸長を抑制するだけでなく、すでに形成されたfAβを不安定化することを明らかにした。

さらに、Photo induced cross-linking of unmodified proteins (PICUP)を主に用いてワイン関連ポリフェノールが、Aβ40及びAβ42のオリゴマー形成を抑制し、細胞毒性を軽減させることを明らかにして、PICUPモデルがAβオリゴマー形成の実験モデルとして有用であることを示した。

ADモデルマウスを用いてワイン関連ポリフェノールが、脳内のアミロイド沈着だけでなく、可溶性Aβオリゴマーも減少させ、さらに高次脳機能障害も改善することを明らかにした。

我々は、Photo-induced cross-linking of unmodified proteins (PICUP)を用いて可溶性オリゴマーを安定化した状態で分離して抽出することに成功し、dimer、trimer、tetramerがmonomerに比し、β-sheet構造の割合が増加し、それに伴い、形態学的にも増大しながら、細胞毒性も増加し、毒性の最小単位がdimerであることを明らかにした。また、England (H6R)やTottori (D7N) mutantのAβは、wild typeに比較してオリゴマー形成が促進され、それに伴いβ-sheet構造の割合や細胞毒性も増加することを明らかにした。

当教室で2000年度から「もの忘れ外来」を開設し、もの忘れを主訴とする患者さんの診療にあたっている。そこで得られた検体(脳脊髄液、血液)をもとにADの新規診断法の開発や病態解明を目的とした研究を行っている。その一端としてまず、ThT法及び電子顕微鏡等を用いてADおよびnon-AD患者の脳脊髄液及び血漿の試験管内fAβ形成に及ぼす影響について解析した。その結果、リン酸緩衝生理食塩水での線維形成に比べて髄液や血漿での線維形成反応はAD、non-AD患者のいずれにおいてもより抑制されるが、AD患者の方が抑制効果が弱いことが分かった。さらに近年、我々は、PICUPを用いて脳脊髄液のオリゴマー形成に及ぼす影響に関して解析を行い、AD患者の髄液は、non-AD患者に比較してAβオリゴマー形成を促進する環境を有していることを報告した。

α-シヌクレイン蛋白(αS)の凝集は、パーキンソン病やび漫性レビー小体型認知症といったレビー小体病(LBD)において、病態形成上重要な役割を果たしていると考えられているが、我々は蛍光色素チオフラビンS(ThS)法、電子顕微鏡、原子間顕微鏡等を主に用いて試験管内α-シヌクレイン線維(fαS)形成・分解機構解明のための基本モデルを開発・確立し、このモデルを用いてfαS形成・不安定化過程に及ぼす様々な有機化合物の影響を解析した。その結果、ワイン関連ポリフェノールやクルクミン、ローズマリー酸、ビタミンA類などが程度の差こそあれ、fAβに対する作用と同様にfαS形成を抑制し、さらに既存のfαSも不安定化させることを明らかにした。

<学術的な意義・特色・独創的な点>
以上、本研究は、独自に開発・確立した反応系に基づく試験管内での研究から始まり、遺伝子改変動物モデルを用いた予防・治療効果の確認、さらには患者さんの予防・治療への臨床応用と大きく前進しつつあり、今日の超高齢化社会において認知症なき長寿の実現に寄与することが期待される。

<謝辞>
最後に3人のかけがえのないボス、金沢大学脳老化・神経病態学 山田正仁先生、福井大学分子病理学 内木宏延先生、UCLA NeurologyのDavid B. Teplow先生、そして多くの共同研究者の皆様に感謝します。


Aβの神経毒性は、モノマーからオリゴマー、さらには、より多量体に凝集することにより、神経毒性を発揮する。近年、脳アミロイドとして蓄積する成熟線維より、中間体であるオリゴマーの構造や毒性に注目が集まっている。