タイトル
2011年度 奨励賞 久保 健一郎
概要


「脳の発達に関わる分子の機能の解析」

(〜精神・神経疾患の病態理解をめざして〜)

慶應義塾大学医学部解剖学
久保 健一郎




研究の背景

 広い意味での発達障害である、精神遅滞(知的障害)や自閉性障害(自閉症、ASD)の病態には、脳の発達の過程での障害が関与すると考えられている。統合失調症についても、脳の発達段階での微細な障害が、その後の統合失調症ならびに関連した精神疾患に罹患する危険性を増すと考える神経発達障害仮説が、古くから提唱されている。これらの疾患の病態を理解するためには、疾患との関与が示された遺伝子/分子が、発達過程にある脳のなかでどのように機能しているのかを理解することが重要であると考えられる。このため、まずは正常の脳の発達過程における遺伝子/分子の解明、特に、ReelinおよびDISC1の機能の解明を行いたいと考え、マウスの脳を用いた解析を行った。

Reelinの生体内における機能解析


 Reelin分子の機能の解明には、実際の生体マウス脳を用いた実験研究を進めることが必要であると考え、子宮内(マウス胎児脳)電気穿孔法(in utero electroporation法)を用いてReelin発現プラスミドを発生中の生体マウス脳内に導入し、周囲の神経細胞に与える影響を解析した1)。
 発生中の大脳新皮質にReelin発現プラスミドを遺伝子導入すると、異所性のReelinを中心に、突起は突起同士で凝集し、細胞体はReelin発現部位からはじき出されるようにして細胞体同士で凝集する、特徴的な神経細胞の凝集構造が形成された(図1)。これらの凝集構造の、「Reelin濃度の高い部位に移動神経細胞は突起を向け、細胞体はReelin濃度の高い部位には侵入せずに、そのすぐ外側に高密度で配置する」という特徴は、実際の脳表面の辺縁帯とその直下の構造にも共通する。また、Reelinを欠損するリーラーマウスの脳には認められない。このため、この辺縁帯とその直下の構造の形成こそが、Reelinの機能ではないかと考えられた(図1)。
 さらに、構造的な特徴に加えて、辺縁帯直下の機能的な特徴である、”inside-out”様式の細胞配置が再現できているのかどうかを調べた。そこで、二段階での子宮内電気穿孔法(Sequential in utero electroporations)を考案し、胎生14.5日でReelin分子発現プラスミドとGFP発現プラスミドを導入したあと、胎生16.5日でDsRed発現プラスミドを導入して、あとで生まれた細胞が先に導入したReelinによってどのような影響を受けているのかを解析した1)。すると、あとで生まれたDsRed陽性の神経細胞は、形成されたGFP陽性の凝集構造のなかに誘導され、その内部に配置していた。
 そのほかの実験結果とともに、Reelinによって誘導される凝集構造は、早生まれの神経細胞ほどReelin分子から遠い部位に、遅生まれの神経細胞ほどReelin分子の近くに配置するという“inside-out” 様式の細胞配置となっていることが明らかになった(図1)。この結果、Reelin分子単独で“inside-out” 様式の細胞配置を持つ構造が十分形成されうることが明らかになった。


図1 Reelinの異所性発現によって形成される細胞塊と、生体内の辺縁帯とその直下の皮質で共通に見られる“inside-out”様式の細胞配置(出典元;「神経化学」、Vol.50(No.4), 2011, p.303)
 生体内の通常の辺縁帯では、あとで生まれた神経細胞は、先に生まれた神経細胞の表層に配置される。Reelinの異所性発現によって形成される細胞塊では、あとで生まれた細胞は、形成された細胞塊のなかに誘導され、より内側に配置していた。どちらの場合も、早生まれの神経細胞ほどReelin分子から遠い部位に、遅生まれの神経細胞ほどReelin分子の近くに配置するという“inside-out”様式で細胞が配置される。

Disc1の大脳皮質形成における機能解析

 DISC1遺伝子はスコットランドの精神疾患多発家系の遺伝学的研究から発見された。DISC1タンパク質の結合する分子の一つとして、Nudelが報告され、Nudelは滑脳症の原因遺伝子LIS1と結合し、脳の発生過程において分裂増殖や神経細胞移動に重要な役割が知られている分子であるため、DISC1も脳の発生過程において機能することが予想された。
 そこで、Disc1が発生過程大脳皮質における神経細胞移動に関わるかどうかを検証したいと考え、子宮内電気穿孔法を用いて発生過程マウス胎児脳でのDisc1の機能解析を行った2)3)。Disc1の機能阻害は神経細胞移動と最終配置に軽微な影響が生じた2)。この神経細胞移動の遅れは子宮内電気穿孔法によってDisc1をノックダウンした場合のみならず、ウィスルベクターを用いてノックダウンを行った際にも観察され、また、子宮内電気穿孔法を用いて、標的部位に変異を入れた強制発現ベクターを作製してノックダウンベクターと同時に導入すると細胞移動の遅れがレスキューされることから、発生期の大脳新皮質におけるDisc1のノックダウンによる影響はDisc1機能の特異的阻害であると考えられた3)。
 興味深いことに、最終配置に与える影響は、機能阻害の程度によってどのくらいの細胞移動の遅れが生じるのかによって異なっていた3) (図2)。大脳皮質の神経細胞は、あとから移動してきた神経細胞が外側(図2でいうと上側)へ外側へと配置されるため、多少の遅れなら神経細胞の配置は外側へと変化する。しかし移動の大きな遅れが生じると、神経細胞が外側へ移動し切らないうちに移動そのものが終わってしまうため、神経細胞の配置がより内側へと変化すると考えられた。
 この結果から、同じ分子の機能阻害であっても、その機能阻害の程度によって、異なった病理所見に結びつく可能性があることが示唆された。


 
図2 移動の遅れの程度による最終配置の違い(出典元;「神経化学」、Vol.50(No.4), 2011, p.305)
 移動が軽度遅れた神経細胞は、より後期に移動する神経細胞の集団に混じるため、最終的な神経細胞の位置が脳の表層側に変化する(上図、中)。移動が大きく遅れると、神経細胞の位置が表層に加え、深層にまで散らばるようにして配置していた(上図、右:位置が上側に変化している緑の細胞に加え、位置が下に変化している緑の細胞がある)。 

子宮内電気穿孔法によるアプローチと今後の展開に関する考察

 子宮内電気穿孔法の特性を考慮した場合、部位特異的遺伝子導入法の確立はそれぞれの部位に責任病変が存在する疾患の病態理解の解明に有用である可能性がある。例えば、大脳皮質前頭前皮質や海馬CA1領域についても、領域特異的な遺伝子導入が可能である4)5)。
 注意する必要があるのは、子宮内電気穿孔法を利用して明らかになった表現型は、正常な挙動を行う細胞のなかで、ラベルの入った一部の細胞の挙動のみが乱れているため、その差異がより判然として現れた可能性があることである。ノックダウンが急性に行われた際には、機能的な代償が追いつかず、より大きな変化が起きる可能性も予想される。それに加えて、子宮内電気穿孔法を用いて特定の細胞集団においてのみ分子の機能阻害が起こった表現型と、機能阻害が全ての細胞で生じる場合の表現型については、別個に検証する必要があると考えられる。
 しかしまた、子宮内電気穿孔法を用いた分子の機能解析は、生体の脳のなかで、培養細胞に近い簡便さで細胞生物学的解析を可能にする画期的手法であり、今後も様々な発展が予想される。今後も、コンディショナルノックアウトやトランスジェニックの作製とともに、子宮内電気穿孔法を用いた機能解析を相互補完的に行うことによって、より大きな進展が神経研究にもたらされることが期待される。

文献

1)    Kubo, K., Honda, T., Tomita, K., Sekine, K., Ishii, K., Uto, A., Kobayashi, K., Tabata, H. and Nakajima, K. Ectopic Reelin induces neuronal aggregation with a normal birthdate-dependent "inside-out" alignment in the developing neocortex. J Neurosci, 30, 10953-66 (2010).
2)    Kamiya, A., Kubo, K., Tomoda, T., Takaki, M., Youn, R., Ozeki, Y., Sawamura, N., Park, U., Kudo, C., Okawa, M. et al. A schizophrenia-associated mutation of DISC1 perturbs cerebral cortex development. Nat Cell Biol, 7, 1167-78 (2005).
3)    Kubo, K., Tomita, K., Uto, A., Kuroda, K., Seshadri, S., Cohen, J., Kaibuchi, K., Kamiya, A. and Nakajima, K. Migration defects by DISC1 knockdown in C57BL/6, 129X1/SvJ, and ICR strains via in utero gene transfer and virus-mediated RNAi. Biochem Biophys Res Commun, 400, 631-7 (2010).
4)    Niwa, M., Kamiya, A., Murai, R., Kubo, K., Gruber, A.J., Tomita, K., Lu, L., Tomisato, S., Jaaro-Peled, H., Seshadri, S. et al. Knockdown of DISC1 by in utero gene transfer disturbs postnatal dopaminergic maturation in the frontal cortex and leads to adult behavioral deficits. Neuron, 65, 480-9 (2010).
5)    Tomita, K., Kubo, K., Ishii, K. and Nakajima, K. Disrupted-in-Schizophrenia-1 (Disc1) is necessary for migration of the pyramidal neurons during mouse hippocampal development. Hum Mol Genet, 20, 2834-45 (2011).