神経化学トピックス

神経化学のトピックを一般の方にもわかりやすくご紹介します。
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23. ドーパミンが快感を生み出す仕組み:リン酸化プロテオミクス解析による報酬シグナルの発見
  永井拓1、黒田啓介2、貝淵弘三2
  名古屋大学大学院医学系研究科 1医療薬学・附属病院薬剤部,2神経情報薬理学
DOI 10.11481/topics36
掲載日:2016年11月7日 登録日:2017年2月9日

はじめに

 ドーパミンは運動機能、意欲および快感に関連する行動を担っている神経伝達物質です。脳が興奮すると線条体と呼ばれる特定の脳領域でドーパミンが大量に放出されます。線条体にはドーパミンD1受容体(D1R)を発現する中型有棘神経細胞(D1R-細胞)とドーパミンD2受容体(D2R)を発現する中型有棘神経細胞(D2R-細胞)の異なる2種類の神経細胞が存在します。D1Rは、プロテインキナーゼA(PKA)と呼ばれるリン酸化酵素を活性化し、逆にD2RはPKAを抑制します。PKAは細胞の興奮性や報酬(快感)関連行動に関係していることから、ドーパミンはPKAを介してD1R-細胞の興奮性を高め、D2R-細胞の興奮性を抑制すると考えられてきました。しかし、過去の報告では活性化薬や阻害薬を使用した薬理学的な実験であり、神経細胞のサブタイプを個別に解析することは困難でした1)。したがって、ドーパミンによるPKAの活性化がD1R-細胞の興奮性や報酬関連行動を亢進するのかどうかは実際には証明されておらず、そのメカニズムもよく分かっていません。

D1Rの下流に存在するPKAのリン酸化基質を新たに同定した
 私たちは、独自に開発したリン酸化タンパク質の網羅的な解析方法(Kinase-oriented substrate screening, KiOSS)を使用して、PKAの下流でD1R-細胞の興奮性や報酬(快感)関連行動を制御するシグナル伝達経路の存在について探索しました(図1)。マウスの線条体を用いてKiOSSを行った結果、D1Rの下流に存在するPKAのリン酸化基質として100種類以上のタンパク質とそのリン酸化部位を同定しました2)。同定した基質のほとんどがドーパミンのシグナルとして報告されていない新規のタンパク質やリン酸化部位でした。得られたデータを基にパスウェイ解析を行った結果、Rap1シグナルを含めて数種類のシグナル伝達経路を有力な候補として発見しました。



PKAによるRasgrp2のリン酸化はRap1を活性化する
 Rap1シグナル経路に含まれるPKAの基質には、Rap1活性化因子であるRasgrp2とRap1不活性化因子であるRap1gapがありました。Rap1は学習・記憶など脳機能に重要な役割を果たすと推定されているタンパク質です。私たちは、Rap1シグナル経路がD1Rを介した神経機能に関係していると推測し、Rap1を活性化するRasgrp2の解析を行いました。その結果、ドーパミンはPKAを介してRasgrp2の116、117、554および586番目のセリン残基をリン酸化することが分かりました。また、Rasgrp2のリン酸化はRap1の活性化に必要であることも分かりました。さらに、ドーパミンを増加させる薬物のコカインを投与したマウスでは、線条体の一部を構成する側坐核のD1R-細胞でRasgrp2のリン酸化が増加し、Rap1の活性化も観察されました。

Rap1の活性化は神経の興奮性を高め報酬関連行動を促進する
 私たちは、側坐核のD1R-細胞で特異的にPKAやRap1が恒常的に活性化しているマウスを作製し、これらのマウスではD1R-細胞の興奮性とコカインの効果が普通のマウスと比べて増加することを示しました。また、側坐核のD1R-細胞で特異的にRap1が欠損しているマウスでは、D1R-細胞の興奮性とコカインの効果が普通のマウスよりも減少することを確認しました。さらに、Rap1の下流にはMAPKと呼ばれる分子が関係していることも見つけました。以上の結果から、Rap1シグナルは報酬(快感)シグナルとして機能することを世界で初めて明らかにしました(図2)。通常はドーパミン濃度が低く、D1R-細胞の興奮性や神経活動は抑制されている状態にあるため、報酬(快感)関連行動は起こりません(図2A)。ドーパミンが側坐核で大量に放出されると、D1Rを介してPKA-Rap1シグナルの活性化が起こります。Rap1シグナルにより細胞の興奮性が高まると、グルタミン酸などの興奮性入力に応答して神経活動が増加し、報酬(快感)関連行動が引き起こされるのです(図2B)。 つまり、ドーパミンはPKA-Rap1シグナルを介して応答性の低い神経細胞を応答性の高い状態に遷移させ、神経回路を作動しやすくすることで快感を生み出しているのです。



おわりに
 本研究によりドーパミンがD1R-細胞の膜興奮性を制御する分子メカニズムを解明することができました。私たちはPKAの他にも様々なキナーゼのリン酸化基質の探索も実施しており、得られた情報を蓄積してデータベースKinase-Associated Neural Phospho-Signaling Database(KANPHOS; https://kanphos.neuroinf.jp)を作製しています3)。KANPHOSには、15種類以上のキナーゼによってリン酸化される基質が登録されており、質量分析装置を使用した独自の方法で同定された新規のデータを多数含んでいます。また、登録されているデータはスペシャリストによってクオリティコントロールされています。私たちはすでにKANPHOSを一般公開していますので、是非有効活用して頂きたいと思います。

1) Nicola SM, Surmeier J, Malenka RC. Dopaminergic modulation of neuronal excitability in the striatum and nucleus accumbens. Annu. Rev. Neurosci. 23, 185–215, 2000. 
2) Nagai T, Nakamuta S, Kuroda K, Nakauchi S, Nishioka T, Takano T, Zhang X, Tsuboi D, Funahashi Y, Nakano T, Yoshimoto J, Kobayashi K, Uchigashima M, Watanabe M, Miura M, Nishi A, Kobayashi K, Yamada K, Amano M, Kaibuchi K. Phosphoproteomics of the dopamine pathway enables discovery of Rap1 activation as a reward signal in vivo. Neuron, 89, 550–565, 2016.
3) Nagai T, Yoshimoto J, Kannon T, Kuroda K, Kaibuchi K. Phosphorylation signals in striatal medium spiny neurons. Trends Pharmacol. Sci. 37, 858–871, 2016.

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