タイトル
2014年度受賞 奨励賞 増田 隆博
概要

IRF転写因子ファミリーによる活性化ミクログリアの表現型制御

九州大学大学院薬学研究院薬理学分野 
増田 隆博


ミクログリア細胞は、脳や脊髄といった中枢神経系組織に存在する免疫担当細胞である。その機能は多岐にわたり、末梢マクロファージなどと同様に貪食機能を有し、死細胞の除去や組織修復にも関与している。一方、神経変性やウィルス感染などの病態生理学的条件下に置かれた際には、細胞増殖や形態変化、種々の遺伝子発現変化を伴って「活性化型」へと表現型移行する。こうした活性化ミクログリアは、多発性硬化症やアルツハイマー病、パーキンソン病など様々な中枢性疾患の発症に重要な役割を果たしていると考えられている。これまでに蓄積されてきた研究成果をもとに、最近では脊髄内で活性化したミクログリアが神経障害性疼痛の発現過程における「Key Player」であるという概念が一般認識されつつあるが、どういった細胞内メカニズムによってミクログリアが「活性化型」へと移行するのかというミクログリアの表現型決定メカニズムは未解明であった。
我々は、脊髄ミクログリアが多くの機能分子の発現変化を伴って活性化状態へと移行することを踏まえ、転写因子が活性化状態への誘導を担っているのではないかという仮説のもと研究を進め、interferon regulatory factor (IRF)ファミリー転写因子であるIRF8とIRF5が神経損傷後のミクログリア内で発現増加することを突き止めた(Cell Rep 1(4), 334-340, 2012; Nature Commun. 5, 3711, 2014)。発現増加したIRF8は、様々な機能分子の発現誘導を介してミクログリアを活性化状態へと移行させ、神経障害性疼痛発症に重要な役割を果たしていることが明らかになった。また、IRF8はミクログリアの遊走性を転写レベルで制御していることも明らかになった(Purinergic Signal 10(3), 515-521, 2014)。一方、IRF5はIRF8によって直接発現制御を受けているターゲット因子であることが明らかになった。IRF5はミクログリア内で活性化すると、核内移行しP2X4受容体のプロモーター領域に結合し、その発現を直接制御していることが明らかになった。以上の結果から、ミクログリアにおけるIRF8-IRF5転写因子軸は、神経障害性疼痛発症に重要な役割を果たすP2X4受容体高発現ミクログリアの形成に重要な役割を果たしていることが明らかになった(Nature Commun 5, 3711, 2014)。
 近年、神経障害性疼痛以外にも、アルツハイマー病や多発性硬化症など様々な中枢性疾患においても、活性化ミクログリアがその病巣部で認められ、疾患発症に重要な役割を果たしていることが明らかになっている。そのため、本研究によって得られた成果は、神経障害性疼痛のみならず他の中枢性疾患をターゲットとした研究分野においても重要な意味を持つと考えられる。今後、ミクログリア特異的転写因子を切り口として、ミクログリアの機能解明が大きく前進するとともに、中枢性疾患の治療薬開発の一助となることを望みたい。