タイトル
2008年度 奨励賞 味岡 逸樹
概要

マウス網膜発生における個々のRbファミリーの役割解明

The role of the individual Rb family member during mouse retinal development

味岡 逸樹   Itsuki AJIOKA

セント・ジュード小児研究病院・発生神経生物学
St. Jude Children's Research Hospital Department of Developmental Neurobiology

<研究概要>
癌の発症を抑制する癌抑制遺伝子は、網膜芽細胞腫の家系解析でその概念が提唱された。その後、RB1(Retinoblastoma susceptibility gene)が網膜芽細胞腫の患者から最初の癌抑制遺伝子としてクローニングされ、癌の発症機構に関する理解が飛躍的に進められてきた。特に、Rbファミリータンパク質(Rb1、p107、p130)の細胞周期進行における抑制機構は、細胞株を用いた研究によって詳細に記載されてきた。しかしながら、個々のRbファミリータンパク質が未分化な網膜前駆細胞の細胞周期制御に必須なのか、あるいは、分化した網膜神経細胞の細胞周期制御に必須なのかどうかは謎に包まれていたにも関わらず、網膜芽細胞腫の起源細胞は未分化な前駆細胞だと信じられていた。その理由は、分化した神経細胞が細胞周期を進めた場合、増殖せずに死に至るというのが従来の定説だったからだろう。それでは本当に神経細胞は増殖しないのだろうか?

我々は、網膜発生における個々のRbファミリータンパク質の役割を検討するために、Rbファミリーの6つのアリルのうち5つを網膜特異的に欠失させたマウス、「Rb-single」(Chx10-Cre; Rb1Lox/+; p107-/-; p130-/-)、「p107-single」(Chx10-Cre; Rb1Lox/Lox; p107+/-; p130-/-)、「p130-single」(Chx10-Cre; Rb1Lox/Lox; p107-/-; p130+/-)マウスを作成して、詳細な解析を行った(Ajioka et al. Cell, 131, 378-390, 2007)。

興味深いことに、「p107-single」マウスでは、6種類ある網膜神経細胞の中で水平細胞の数のみが増加したが、「Rb-single」と「p130-single」マウスでは、その数は正常であった。したがって、Rb1 とp130 は1アリルのみで水平細胞の数の制御に十分であることが判明した(図1)。また、p107 を2アリル持つマウス(Chx10-Cre; Rb1Lox/Lox; p107+/+; p130-/-)でも水平細胞の数が正常だったことから、p107 は水平細胞の数の制御にハプロ不全であることが判明した(図1)。「p107-single」水平細胞は、従来通りの分化過程、すなわち、細胞周期からの離脱、水平細胞への運命決定、最終配置部位への移動、視細胞と双極細胞とのシナプス形成を経た。意外なことに、未分化な前駆細胞が水平細胞を過剰に生み出したのではなく、シナプス形成を終えた「p107-single」水平細胞が、再び細胞周期を進行させ脱分化することなく増殖を繰り返した。さらに増殖を続けた「p107-single」水平細胞は、その分化形態を保ったまま網膜芽細胞腫として振る舞い、最終的には終脳や骨髄へと転移した。

本研究により、p107 は分化した水平細胞の細胞周期進行を抑制するのに必須であることが判明し、分化した水平細胞が網膜芽細胞腫の起源細胞となりうることが判明した。従来、分化した神経細胞は増殖しないと考えるのが一般的だったが、少なくとも一部の分化神経細胞が脱分化することなく増殖することが判明した。また、従来、悪性腫瘍は未分化な細胞ほど進行性が高いと考えられているが、「p107-single」マウスでは分化した水平細胞が進行性の高い癌細胞として振る舞うことが判明した。神経細胞が増殖しうるという事実は、今後、再生医療研究に対しても新しい治療戦略を提唱できるだろう。