タイトル
2006年度 最優秀奨励賞 澤本 和延
概要

澤本 和延

慶應義塾大学医学部生理学教室
ブリヂストン神経発生・再生学寄附講座


<研究概要>
近年、成人の脳においても神経細胞が継続的につくられることが明らかになった。動物実験の結果から、脳の中心部分にある「脳室」という空洞の壁付近(脳室下層)で生まれる神経細胞は、この壁に沿って前方へ移動し、臭いの情報処理に関わる「嗅球」に到達することが知られている。この神経細胞は、どのようにして長距離の複雑なルートを迷わずに高速で移動できるのであろうか。
脳室には脳脊髄液という液体が流れている。我々は、新しい神経細胞が、脳室の表面にある繊毛(運動性を持った毛)によって産み出される脳脊髄液の流れに沿って移動することを明らかにした 1)。脳脊髄液が正常に流れないマウスの脳では、神経細胞の移動方向が乱れることがわかった。脳脊髄液の流れは、細胞の移動をガイドするタンパク質の分布に影響を与え、嗅球への細胞の移動方向を調節すると考えられる。
次に、脳室の壁で生まれる神経細胞が病気の脳でどのように移動するかを調べた 2)。脳の血管が詰まって神経細胞が死ぬ「脳梗塞」のマウスでは、神経細胞の移動方向が変わり、失われた神経細胞を再生させた。また、この神経細胞は血管に沿って移動していることがわかった。
現在、失われた神経細胞を新しい神経細胞で置き換えて病気を治療することを目指す「再生医学」の研究が活発に行われている。このような治療においては、ダメージを受けた場所に正確に細胞を移動させたり、必要のない場所への移動を防ぐことが重要だと考えられる。我々のグループでは、正常な脳と病気の脳、マウスの脳とサルの脳を比較しながら、成体脳における神経細胞の移動のメカニズムの解明に取り組んでいる。この研究がさらに進み、神経細胞の移動をコントロールすることが可能となれば、安全で効率の良い治療法の開発にも役立つと考えている。
1.Science 311: 629-632, 2006.
2.J. Neurosci. 26: 6627-6636, 2006.

脳室下層(SVZ)で生まれる神経細胞の移動。正常時と障害時では移動方向が異なる。