TOP特別プログラム
 
Interactive Case Conference2
新たな病態理解と治療戦略に向けて「抗NMDA受容体抗体と精神症状」
ICC2-1
一級症状を呈した抗NMDA受容体脳炎の一例:原発性精神錯乱(P. Chaslin)との関係から
松本 卓也
自治医科大学精神医学教室

統合失調症との鑑別が問題となる器質性疾患は数多いが、とりわけ近年では抗NMDA受容体脳炎が注目されている。本疾患は、その多くが卵巣腫瘍を併存する若年女性に好発する自己免疫性脳炎であり、経過中に統合失調症に類似した精神病症状を呈する。本稿では、緊張病症状に加えて一級症状(妄想知覚)を呈し、緊張型統合失調症と考えられたが、後に抗NMDA受容体脳炎と診断された一例について精神病理学的検討を行う。その症状は一見、統合失調症に似ているが、精神病理学的にみれば、Chaslinの原発性精神錯乱(confusion mentale primitive)に相当する特異な急性精神病であることが分かる。また、本疾患を疑うべき所見として、認知行動障害、急激な性格変化、感冒症状の先行、不随意運動、自律神経症状の5つを挙げた。急性精神病患者にこれらの特徴が見られた場合には、積極的に腫瘍性疾患の検査や、本疾患の抗体価の測定を行うことが、本疾患の診断、治療および臨床研究に寄与するものであると考えられる。なお、発表にあたっては口頭および書面にて十分なインフォームド・コンセントを得た。また、プライバシーに関する守秘義務を遵守し、匿名性の保持に十分な配慮をした。
ICC2-2
精神科での抗NMDAR脳炎:悪性緊張病と非定型精神病と電気治療
神林 崇1,2,筒井 幸1,田中 惠子3,大森 佑貴1,高木 学4,朴 秀賢5,面川 真由1,来住 由樹6,西野 精治7,清水 徹男1,2
秋田大学大学院医学系研究科医学専攻病態制御医学系精神科学講座1,筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構2,金沢医科大学総合医学研究所生命科学研究領域/神経内科学3,岡山大学医学部精神科4,神戸大学大学院医学研究科精神医学分野5,岡山県精神科医療センター6,スタンフォード大学睡眠・生体リズム研究所7

 自己免疫性脳炎のなかでも抗NMDAR脳炎は病初期に統合失調症(SZ)様の症状を呈するため、精神科の関与する機会が多い。興奮や妄想様の言動を認め、昏迷を呈することもあるため、多くの場合は急性精神病とみなされる。典型例ではけいれん発作や意識レベルの低下、自律神経症状や呼吸不全などを生じて、神経内科やICUに転科となり強力な免疫療法を施行され改善に至ることが多い。精神科的には、緊張病に重篤な自律神経症状合併した致死性緊張病(あるいは悪性緊張病)と考えられて、加療されてきたと考えられる。抗NMDAR脳炎の疾患概念は最近確立されたものであるが疾患自体は古来より存在したと思われる。日本で提唱された非定型精神病でも抗NMDAR抗体の陽性例が見いだされている。Vincent(2011)らとSteiner(2013)も多数例での検討を行い、SZのうちのおよそ1割程度で抗体が陽性であることを報告している。抗NMDAR脳炎のパイオニアであるDalmau(2012)はSZで陽性例はないと報告していたが、抗NMDAR脳炎の初発や再発群の中に精神症状のみの症例が存在するとも報告している(2013)。我々の検討では、緊張病では14例中で6例、緊張病型以外では、いわゆる非定型精神病の概念にあてはまる症例が多く、135例中の10例で陽性であった(Tsutsui2013)。悪性緊張病や非定型精神病に含まれたであろう抗NMDAR脳炎をこれまでどのように治療してきたかは興味が持たれる。両疾患では電気治療(ECT)が有効であるとされていた。脳炎にECTは相対禁忌であるが、最近では抗NMDAR脳炎に随伴する精神症状にECTを行った有効例の報告もみられる(安藤2012)。一方、抗精神病薬の治療では、鎮静効果はあるが、精神症状への有効性は不十分と考えられる。かつて致死性緊張病として不幸な転帰を辿った症例の中には本脳炎が含まれていたと思われる。安藤ら(2014)は初発及び再燃の急性精神病の50例中で6例が抗体陽性であったと報告している。演者の印象ではあるが、SZの数%は抗NMDAR抗体によるものではないかと考えている。SZの中の異種性を明らかにし、その一部の原因追求に抗NMDAR脳炎は重要な端緒になると思われる。なお本研究は秋田大の倫理審査委員会での承認を得て行っている。
ICC2-3
抗甲状腺抗体を有する精神疾患患者における抗グルタミン酸受容体抗体
千葉 悠平
横浜市立大学医学部精神医学教室

橋本脳症は、抗甲状腺抗体(anti-Thyroid antibodies:ATAs)陽性者において精神・神経症状を呈する自己免疫性脳症である。臨床症状は多様で、急性から亜急性に意識障害、けいれん発作、振戦などを呈する症例や精神症状や認知症症状を呈し慢性の経過をたどる症例もある。橋本脳症の診断は症状と経過、血液検査、髄液検査、脳波検査、画像検査、免疫療法への反応性などから総合的になされる。我々は橋本脳症患者を2症例報告しているが、2症例とも抗グルタミン酸受容体ε2(Glutamate Receptor ε2 subunit:GluRε2)抗体が陽性であった。GluRは、NMDAタイプのグルタミン酸受容体の一種であり、統合失調症や認知症の病態に重要な役割を果たしていると注目されている。また、精神神経症状を呈する全身性エリテマトーデスneuropsychiatric systemic lupus erythematosus(NPSLE)患者においても、抗NMDA受容体抗体が精神神経症状形成に関与している可能性を指摘されている。ATAを有する精神疾患患者(psychiatric patients with ATAs:PPATs)は、慢性橋本脳症を含むと考えられるが、PPATsと抗GluRε2抗体の関係は不明である。そこで、15例のPPATsより、血清および髄液における抗GluRε2抗体の陽性率を調査し、それをNPSLE患者11例と比較した。結果、PPATsにおいて、抗GluRε2抗体の陽性率は血清で6.7%、髄液で41.7%であり、髄液の方が有意に高かった(p=0.040)。また、PPATsにおける髄液の抗GluRε2抗体の陽性率は、NPSLE患者における髄液の抗GluRε2抗体の陽性率と有意差を認めなかった。抗GluRε2抗体陽性のPPATsでは、陰性のPPATsに比較して、情動不安定の頻度が有意に高く(100%対33.3% p=0.03)、一方妄想、幻覚は、有意に低かった(妄想:0%対100% P=0.001、幻覚:17%対83% P=0.038)。これらの結果から、抗GluRε2抗体が、PPATsの精神神経症状の内容と関連していることが示唆された。今後は、慢性型の橋本脳症や、抗GluRε2抗体を有するPPATsを多数例で検討を行い、他の自己免疫介在性の精神神経疾患との関連を明らかにし、同様の病態を有する患者に対する治療法を確立していくことが必要である。
本発表は、横浜市立大学附属病院の倫理委員会で承認を受けており、症例報告については、本人から文章による同意を得たうえで、個人情報を排除し、匿名性の保持に十分な配慮をした。