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精神疾患と興奮性アミノ酸神経伝達
O14-1
アクチン結合タンパク質WAVE1は脆弱X症候群の認知機能障害に関与する
上江洲 章吉,ニューファー トーマス,ロドリゲス ラモーナ,ウェッスル ウイリアム,ソダリング スコット
デューク大学

脆弱X症候群(FXS)は自閉症様症状、感覚障害、認知障害などを示す遺伝性の疾患であり、原因遺伝子Fmr1がコードするFMRP(fragile X mental retardation protein)の発現低下によって起こる。モデル動物であるFmr1ノックアウトマウスは学習・記憶障害などの表現型を示し、樹状突起棘の形態異常、代謝型グルタミン酸受容体の活性化による長期抑制(LTD)の亢進などが観察されている。RNA結合分子であるFMRPはタンパク翻訳を負に制御しているが、マウスモデルではシナプス関連タンパク質の翻訳亢進が認められ、病態の元になっていると考えられている。現在まで、mGluR5からFMRPに至る上流のシグナル伝達経路の亢進が明らかにされている一方で、800以上に登ると予想されるFMRPの標的RNAのうちFXS発症に関わる主要な分子群はどれか、どのようにFXSの病態に寄与するのか、に関する知見は乏しい。今回私たちはFMRPの標的分子として、アクチン結合タンパク質であるWAVE1を新たに見出した。WAVE1は突起棘のアクチン線維重合に関わり、その形態やシナプス可塑性を制御している。Fmr1ノックアウトマウスでは大脳皮質のWAVE1発現上昇が認められたが、WAVE1+/-マウスと交配することで正常化された。さらに、Fmr1ノックアウトの表現型である棘突起密度の増大やモリス水迷路試験での学習記憶障害などもWAVE1+/-マウスと交配することで正常化された。ただし聴原発作発現に変化は認められなかった。これらのことから、Fmr1ノックアウトマウスではmGluR5-mTORシグナル伝達系の亢進だけでなく、FMRPの標的分子のひとつWAVE1の過剰発現自体が様々な表現型に関与すると考えられる。
O14-2
前脳部CaMKII発現ニューロン特異的dsm-1欠損マウスの脳内アミノ酸濃度
石渡 小百合,海野 麻未,西川 徹
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 精神行動医科学分野

NMDA型グルタミン酸受容体(NMDA受容体)の内在性コ・アゴニストであるD-セリンは、脳高次機能の発現に重要な役割を果たすと考えられている。その分子機構の解明は精神・神経疾患の病態解析や新規治療薬開発の標的として注目されているが、未だ不明な点が多い。これまでに我々は、D-セリンを調節する因子として、D-セリンの取り込みや放出に立体選択的に影響する分子D-serine modulator-1(dsm-1)を明らかにした。そこで今回、前脳グルタミン酸神経上に発現しているdsm-1がD-セリン調節に関与しているか否かを検討した。実験には、前脳グルタミン酸神経特異的にdsm-1が欠損したマウス(CAMKII-dsm-1:dsm-1 fl/fl、CaMKII-Cre tg(dsm-1CKO)マウス)を用い、細胞外液および組織中の、D-セリンおよびD-セリン関連アミノ酸濃度の測定を行った。細胞外液中アミノ酸濃度の測定にはin vivo microdialysis法を用い、ダイアリシスプローブをマウスの内側前頭葉皮質(AP+1.5、LP+0.35、VP+3.5)に挿入後、自由運動下で細胞外液を回収した。回収した細胞外液および前頭葉皮質領域組織中のアミノ酸定量分析は蛍光検出器付高速液体クロマトグラフィーにより行った。
dsm-1CKOマウスでは、controlと比較して細胞外液および組織中のD-セリン濃度に有意な変化は認められなかった。また、D-セリンの前駆物質であるL-セリン、D-セリンと同様にNMDA受容体の内在性コ・アゴニストであるグリシンの濃度に関しても有意な変化は認められなかった。一方、細胞外液中のL-グルタミン濃度は有意な減少が認められた。
以上、dsm-1CKOマウスの細胞外液および組織中D-セリン濃度には変化が認められなかったことから、内側前頭葉皮質領域においては脳内D-セリンの調節に密接に関与している可能性は低いと考えられる。これに対し、前脳部ニューロンのdsm-1遺伝子または産生タンパクはグルタミン酸-グルタミン系調節に影響を与えていることが示唆された。
O14-3
ストレス誘発性グルタミン酸放出の抑制がリルゾールの持つ抗うつメカニズムである可能性
岩田 正明,山梨 豪彦,楠瀬 未菜,山内 崇平,三浦 明彦,兼子 幸一
鳥取大学・医・精神行動医学

ストレスは神経やシナプスの新生を抑制することでうつ病様の行動を呈することが知られているが、ストレスがどのようにして神経にダメージを与えるのか、そのメカニズムは明らかでない。我々はこれまでストレスが脳内でATPを上昇させ、マイクログリアに補足されることでインターロイキン1βを放出させ、その結果神経新生の抑制やうつ病様の行動を呈すること、またこれらの変化はATPの受容体であるP2X7受容体の阻害薬で改善されることから、ATPがストレス因性のうつ病に重要な役割を持つもつ可能性を示してきた。今回我々はストレスによりATPがどこから放出されるのか調査した。これまでストレスはグルタミン酸も上昇させることが確認され、グルタミン酸はシナプスを覆うアストロサイトによって取り込まれること、またアストロサイトはATPをグリオトランスミッターとして利用することから、ストレスはグルタミン酸の上昇をアストロサイトに感知されることでATPを放出するとの仮説を立てた。これをラットの初代培養アストロサイトを用いて検証したところ、グルタミン酸投与によりATPが上昇することが確認された。そこで過剰なグルタミン酸の放出を抑制することでストレス反応を抑制することができるか、拘束ストレスモデルを用いて検証した。これまで我々はP2X7受容体阻害薬がストレスホルモンであるコルチゾールの上昇を抑制できることを示し、ATPがコルチゾールの放出を制御していることを示してきた。そこで、グルタミン酸の放出抑制とアストロサイトによるグルタミン酸の取り込みを促進すると考えられているリルゾールをラットに投与しコルチゾール値を測定したところ、リルゾール投与群では拘束ストレスによるコルチゾール値の上昇が抑制された。以上の結果より、ストレスはグルタミン酸の放出を促進させることでアストロサイトを介してATPを放出し、コルチゾールの上昇を含むストレス反応をもたらすと考えられ、リルゾールはこの経路を阻害することで抗うつ作用を示す可能性が考えられた。
O14-4
精神症状が主体の抗NMDA受容体脳炎における精神症候学的特徴:予備的検討
宋 龍平1,掘込 俊郎1,吉村 文太1,別所 和典1,矢田 勇慈1,北川 航平1,高木 学2,田中 惠子3,来住 由樹1
岡山県精神科医療センター1,岡山大学 精神科2,金沢医科大学 神経内科3

背景:典型的な抗NMDA受容体脳炎は若年女性に好発する急速進行性の多彩な精神症状、緊張病性昏迷様の無反応状態に続き、不随意運動、痙攣発作、中枢性低換気などの身体症状を呈する。近年、精神症状のみの非典型例の報告が散見され精神科臨床でも注目を集めているが、非典型例の診断的価値が高い精神症候学的特徴については明らかではない。方法:2013年1月より統合失調症または気分障害と診断され、抗NMDA受容体脳炎に典型的な身体症状を欠く患者において、1.緊張病症状、2.幻視、3.記憶・見当識障害、4.治療抵抗性の1つ以上を認め、担当医が精査が必要と判断した場合に、髄液抗NMDA受容体抗体検査(NR1-NR2 co-transfected HEK293 cell-based assay、IgG)を行った。本発表については岡山県精神科医療センター倫理委員会で承認を受け、患者または代諾者から匿名性保持の上で発表する可能性について書面同意を得ており、症例の詳細についてはプライバシー保護に留意した内容としている。結果:3/25例が髄液の抗NMDA受容体抗体陽性であった。陽性例の特徴を示す。症例1は47歳女性で36歳発症の双極性障害。繰り返す緊張病と記憶障害を認めた。症例2は48歳女性で28歳発症の統合失調感情障害。緊張病と健忘のエピソードを複数回認めた。症例3は33歳女性で31歳発症の初回エピソード統合失調症。幻視を認め、治療抵抗性であった。尚、症例2、3では血清抗甲状腺抗体も陽性であった。考察:身体症状に乏しい非典型的な抗NMDA受容体脳炎患者が精神科医療に潜んでいることが本検討で示された。Steinerら(2013)は統合失調症121例中2例のみが髄液陽性(NR1/IgG)であったと報告している。本検討は対照群がなく症例数も少ないものの3/25が陽性であり、緊張病症状、幻視、治療抵抗性、記憶・見当識障害のうち1つ以上という条件が検査前確率を上げた可能性が示唆される。より妥当性の高い研究でこれらの精神症候学的特徴の診断的価値を調べることが、精神科臨床における非典型例の検出率向上、症例蓄積につながり、予後や治療に関する研究の進展にも寄与できるものと考える。
O14-5
抗NMDA受容体抗体陽性の20例の検討
神林 崇1,3,筒井 幸1,田中 惠子2,大森 佑貴1,石川 勇仁1,森 朱音1,草薙 宏明1,面川 真由1,鈴木 りほ1,加藤 信之1,清水 徹男1,3
秋田大学大学院医学系研究科医学専攻病態制御医学系精神科学講座1,金沢医科大学総合医学研究所生命科学研究領域/神経内科学2,筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構3

【Introduction】抗NMDA(N-メチルD-アスパラギン酸)受容体抗体に関連した脳炎(以下、抗NMDA受容体脳炎と略する)は若年女性に多く、経過中に精神症状を呈する頻度が高いことが知られている。非特異的な感冒様症状の後、統合失調症の初発を疑わせる活発な精神症状を生じ、典型例は病期が進むと、自律神経症状、不随意運動、呼吸不全、意識障害、けいれん発作など多彩で重篤な身体症状を呈する。これらの特徴的な一連の経過が悪性緊張病に類似しており、過去の症例の一部は抗NMDA受容体脳炎であったのではないかと推察されている。また我々は、典型例とは別に身体症状を認めない精神症状のみの群、あるいは睡眠障害に難治の精神症状を合併した群の中に本受容体抗体陽性群を指摘した。なお本研究は倫理委員会の承認を得て、患者が特定されないよう配慮した。研究対象者またはその代諾者にはインフォームドコンセントを行い、書面による同意を得た。【Method】2005年1月1日から2013年9月30日までに当院と関連病院で経験した163例(12-72歳)の抗NMDA受容体抗体を測定した。合計20例が抗NMDA受容体抗体陽性であり、これを3群に分け、比較検討を行った。【Result】我々が経験した20例は、男女比が3:17、12才-61才(平均32.7才)であった。典型的な脳炎群が6例、睡眠障害に精神症状を合併した群が4例、精神症状主体の群が10例という内訳だった。【Conclusion】初発の緊張病例、あるいは悪性症候群や悪性緊張病を生じた場合は、本疾患の可能性を考慮する必要があると思われる。また、精神症状を合併した睡眠障害例についても、本受容体抗体の存在を考慮に精査を行う必要がある。更に、統合失調症圏以外の非定型例についても、本受容体抗体測定を行う価値はあるものと思われた。精神症状を主とする群については、抗体陽性が本質的な役割を果たしているのか、今後も症例を集積し精査を行う必要がある。
O14-6
抗NMDAR抗体、抗GluR抗体陽性の難治性統合失調症患者3例に対する免疫抑制療法の効果
権 淳嗣1,4,高木 学1,大島 悦子1,吉村 文太2,竹之下 慎太郎1,千田 真友子1,稲垣 正俊1,武久 康3,来住 由樹2,内富 庸介1
岡山大学病院精神科神経科1,岡山県精神科医療センター2,岡山赤十字病院3,慈圭病院4

抗NMDAR脳炎は重篤となりうる疾患であり、主な治療は抗免疫療法、抗腫瘍療法である。Vincent(2011)とSteiner(2013)が統合失調症のおよそ1割程度で抗体陽性と報告し、統合失調症の病態へ抗NMDAR抗体が与える影響の検討が必要である。抗NMDAR抗体陽性の難治性統合失調症患者3例に対し、免疫抑制療法を行った経験を報告する。発表、治療に十分なインフォームド・コンセントを得て、プライバシーに関する守秘義務を遵守し、匿名性の保持に十分な配慮をした。(症例1女性)25歳ごろ自閉的となる。31歳、幻聴、被害妄想、興奮。アリピプラゾール30mg、リスペリドン6mg、オランザピン20mgで各1月以上加療したが効果なし。TPOAb 981H、TgAb 172.9H、TRAb 2.27H。脳波異常なし。髄液検査施行し抗NMDAR(+)(金沢医大神経内科)。33歳時、ステロイドパルス2クール、IVIG1クール行い、症状の軽度改善がみられた。(症例2男性)14歳、不登校、無為自閉、手洗い強迫。26歳時、緊張病様状態にて入院。オランザピン20mgに部分反応も再び昏迷状態。m-ECT10回2クールに反応乏しく、加療後に頻脈、著しい興奮を認めた。リスペリドン6mgで軽度改善も体幹ジストニアを認めた。TPOAb 6.1H、TgAb 11.9。脳波異常なし。髄液検査行い、抗GluR(+)(静岡てんかんセンター)。28歳時、血漿交換療法1回、ステロイドパルス2クール、IVIG2クールにて、流涎減少など自律神経症状の軽度改善を認めた。クロザピン導入し精神症状の軽度改善がみられたが、50mgで肺炎を起こし中止した。(症例3女性)、14歳、自我漏洩体験、幻聴。入退院を繰り返した。19歳時、下垂体腺腫摘出術施行。以後ホルモン補充療法を受け、小康状態であった。36歳時、再燃し入院。オランザピン20mg、リスペリドン8mgは無効。クロザピンを導入。23日目(150mg)、40度の発熱、舞踏様不随意運動、26日目、意識障害、呼吸抑制にて神経内科病院へ転院。血漿交換5回で救命したが、不随意運動や構音障害は残存、精神症状は不変。抗GluR(+)、抗NMDAR(+)(静岡てんかんセンター)と判明した。長期経過を見る必要性と、前駆期、発症直後の症例に対する、検査や治療の可能性の検討が必要と思われた。