S2-3 脳画像研究における多施設共同研究 笠井 清登 東京大院・医・精神
精神疾患は、精神機能という人間に独自の高次脳機能の障害であり、診断はあくまで患者による精神症状の表明と行動の観察に寄らざるを得ない。そのためげっ歯類等を用いた精神疾患モデルの妥当性を示すのは本質的に困難である。また、特定の精神疾患において、大多数の患者の罹患を説明できる影響力の強い少数の遺伝子は存在しないことが、大規模なgenome-wide association study(GWAS)から経験的に分かってきた。したがって、遺伝子改変による疾患モデル動物の作出と解析という、他の身体疾患であれば病態解明や治療法開発に寄与してきた王道的なストラテジーも本質的にとりづらい。こうした精神疾患研究の本質的な困難性を克服するために、疾患の臨床診断と遺伝子変異の間をつなぐマクロ脳回路指標を、中間表現型(intermediate phenotype)として概念化する試みがなされている。中間表現型の代表は、MRIなどの神経画像計測法を用いた脳構造・機能指標であり、この中間表現型を用いて、脳回路異常と遺伝子変異の関連を見いだそうとする研究分野が「imaging genetics」と呼ばれ盛んに行われている。Imaging geneticsで統計学的に有意な結果を得るには3桁以上の神経画像および遺伝子のサンプルが必要であるため、多施設共同研究が不可欠である。神経画像計測法を施設間で標準化する努力も欠かせない。神経画像を用いた中間表現型という生物学的マーカーを確立することは、精神疾患の客観的な補助診断法の開発にもつながる。こうした検査法の開発は、ひとりひとりの診断に役立てる必要があるため、多施設データでの検証が重要となる。Near-infrared spectroscopy(NIRS)やMRIを用いた精神疾患の診断補助法の開発における多施設共同研究の現状について紹介する。 |
| S2-4 ビッグサイエンスに対する挑戦:スモールサイエンスと基礎研究の融合 橋本 亮太1,2,大井 一高2,山森 英長2,3,安田 由華2,藤本 美智子2,梅田 知美3,武田 雅俊1,2 大阪大院・連合小児発達学・子どものこころ1,大阪大院・医・精神医学2,大阪大院・医・分子神経精神医学3
精神疾患の臨床研究においては、サンプル数が多く質のよい研究が必要とされる。現在、アメリカやヨーロッパにおいて、巨大なコンソーシアムが次々と生まれていわゆるビッグサイエンスと言われる研究が進められており、本邦でも多施設共同研究が立ち上がりつつある。本シンポジウムでは、多施設共同研究の意義について概説し(尾崎教授)、本邦におけるゲノム研究(岩田教授)と画像研究(笠井教授)を紹介し、最後に本演題においては、日本独自のスモールサイエンスの手法に加え、基礎研究分野も含めた多施設共同研究について紹介する。ビッグサイエンスの特徴は、多数の網羅的なサンプルについて多様なデータを収集し解析するものである。一方、スモールサイエンスは、多数のサンプルの中から特徴的なサンプルを選び、多様なデータではなく仮説に従ったデータを収集して解析するものである。統合失調症を例にすると、ビッグサイエンスでは、生物学的に異種性のある統合失調症を網羅して集めて解析するものであることから、統合失調症の中の生物学的に均一な一群の特徴を抽出する統計的なパワーを確保するためには、巨大なサンプル数を必要とする一方、すべての生物学的に均一な一群を捉えられる可能性がある。スモールサイエンスでは、初めに生物学的な特徴のある一群を対象とするためサンプル数は少なくてよい一方、すべての統合失調症の解明にはならず、生物学的な特徴のある一群の抽出すること自体の技術的・概念的困難性が存在する。ビッグサイエンスが隆盛を誇っている中、一方で、スモールサイエンスの積み重ねがそれを支えていることを忘れてはならず、特に日本人は欧米人と比較して緻密な研究が向いていることから、世界を驚かせる発見はここから生まれると考えられる。本講演においては、統合失調症や自閉症スペクトラム障害研究を例として、スモールサイエンスと基礎研究の融合について最新の知見を紹介する。 |