TOPシンポジウム
 
シンポジウム3
末梢神経の分化・変性・再生のバイオロジーとその応用戦略
S3-1
末梢神経の髄鞘発生のオンとオフを制御するスイッチ・シグナル
山内 淳司
国立成育医療研究センター研究所・薬剤治療研究部

神経の髄鞘(ミエリン)形成に要する期間は、通常の他の器官発生にかかる期間に比べ、際だって長い。それは、髄鞘形成後のグリア細胞の細胞膜の表面積が、形成前のそれと比較して、100倍以上にもなる場合があるからである。しかし、これらの形態学的研究に比べ、髄鞘形成を司る分子メカニズムに関する研究には不明な点が多くあり、今後の髄鞘研究の課題のひとつであるとされている。一方、髄鞘形成は、このように、長期間のダイナミックな形態変化を伴うため、発生期における髄鞘形成不全を伴う多くの疾患が知られている。現在まで、私共は、この髄鞘形成の制御に、低分子量GTP結合蛋白質を中核とした新しい調節分子ネットワークが関与することを明らかにし、それによるユニークな髄鞘形成制御メカニズムを明らかにしてきた。低分子量GTP結合蛋白質は、結合するグアニンヌクレオチドの状態によって、下流エフェクターへのシグナルのオン・オフを担うスイッチ分子として機能し、細胞内シグナル伝達の中核を形成している分子群のひとつである。今回、ADPリボシル化因子(Arf)とよばれる低分子量GTP結合蛋白質の制御分子に着目し、細胞生物学的手法や遺伝子改変動物を用いた研究技術を駆使し、新規の髄鞘形成の制御メカニズムを明らかにしたので報告する。また、分子モデリングを利用して、如何にして髄鞘形成を司る分子の活性がコントロールされているのかを推定したい。一方、これらの新しい分子メカニズムを髄鞘形成不全の治療に応用する基礎研究も行っており、その研究の過程で「髄鞘形成を正に制御する分子経路を人為的に活性化する」または「髄鞘形成を負に制御する分子経路を人為的に不活性化する」と髄鞘形成不全が改善することを見出した。今後、髄鞘形成の研究から同定された分子メカニズムの背景を詳細に検討し、そのメカニズムが疾患研究に応用できるか慎重に見極め、髄鞘形成不全の創薬研究につなげたいと考えている。
S3-2
神経損傷に応答するミトコンドリアダイナミクス
桐生 寿美子,木山 博資
名古屋大学大学院医学系研究科機能組織学

脳損傷や神経変性疾患によりダメージを受けた神経細胞を回復させる手掛りを得るため、我々は神経系の中では損傷に耐性があり生存・再生する末梢運動神経の再生メカニズム解明に取り組んでいる。神経再生には莫大なエネルギーが必要とされるが、そのエネルギー供給源はミトコンドリアである。近年ミトコンドリアが細胞内をダイナミックに動き回り、外部刺激に素早く応答し形態変化や他のオルガネラとの相互作用を通して自身の機能を制御することが次第に明らかになってきている。しかしin vivo損傷神経細胞内でのミトコンドリア動態の詳細は不明であった。本シンポジウムでは、新たに作製した遺伝子改変動物を用いて我々が最近明らかにした神経損傷後のミトコンドリアダイナミクスについて紹介する。我々は、神経損傷応答性転写因子ATF3遺伝子全領域を含む大腸菌人工染色体(BAC)を用いて、損傷神経細胞特異的にミトコンドリアを蛍光標識し同時にCreリコンビナーゼを発現するトランスジェニック(Tg)マウスを作製した。このマウスを用いることにより、神経損傷後には径の短いミトコンドリアが細胞体から軸索へ積極的に輸送されミトコンドリアターンオーバーが加速することが明らかになった。これは神経損傷後ミトコンドリア分裂が亢進したためと考えられた。そこでBAC Tgマウスとミトコンドリア分裂因子Drp1 floxマウスとを交配し(Drp1 CKO)、損傷運動ニューロン特異的にミトコンドリア分裂を阻害した。Drp1 CKOマウスの損傷運動ニューロン細胞体では巨大なミトコンドリアが出現する一方、損傷軸索では著しく長いミトコンドリアが認められ、これらミトコンドリアの軸索輸送スピードや膜電位は顕著に低下していた。この結果、損傷運動ニューロンは再生することができず、細胞死・軸索変性に至った。従って神経損傷後のミトコンドリアの分裂亢進は、不良ミトコンドリアを処理しミトコンドリアの品質を確保するために必須の応答であると考えられた。こうした初期防御応答を経て、損傷運動ニューロンは再生に要求される莫大なエネルギー産生に耐え神経再生プロセスを進めるのではないかと考えられる。
S3-3
末梢神経軸索におけるミトコンドリア動態の役割
大野 伸彦1,2
山梨大学大学院 医学工学総合研究部 解剖分子組織学教室1,自然科学研究機構 生理学研究所多次元共同脳科学推進センター2

ミトコンドリアは軸索内において分子・オルガネラ輸送や神経伝達に係る代謝に重要な役割を果たしている。軸索のミトコンドリアの一部は近位・遠位端に向かって輸送されているが、その大部分は軸索全長に渡って点在する一部の領域に静止している。軸索内のミトコンドリアの大部分を占めるこの静止した集団の機能が、軸索の代謝や生存に大きく影響すると考えられる。本発表では末梢神経軸索においてこの静止したミトコンドリアの機能を調節する因子やその役割に注目し、新しい電子顕微鏡による3次元微細構造解析やライブイメージングを併用することで得られた最近の知見を紹介する。有髄軸索においてはNa+-K+-ATPaseやミトコンドリアのエネルギー基質に富むと考えられる絞輪間部に多くのミトコンドリアが静止して観察される。軸索の電気的興奮に伴い、ランビエ絞輪部においてCa2+依存性にミトコンドリアの輸送の停止と静止ミトコンドリアの増加が認められる。病的な髄鞘の喪失である脱髄は、軸索の静止ミトコンドリアの体積を増加させる。脱髄に伴う静止ミトコンドリアの体積増加には微小管とミトコンドリアを結合するSNPHが必要である。SNPHの欠損下では脱髄に伴う軸索の腫大・変性が増悪するが、この軸索変性はNa+チャネルブロッカーによって抑制される。一方、無髄軸索の腫大・変性の際には、Ca2+依存性のミトコンドリア輸送の停止と静止ミトコンドリアの断片化が認められる。その際に静止ミトコンドリアを伸長することで、ミトコンドリア機能の低下が有意に改善され、また軸索の腫大・変性が抑制される。これらの結果から、静止ミトコンドリアのサイズや形態は細胞骨格との相互作用を介し、軸索の代謝に応じて動的に制御されており、またその動態を積極的に修飾することは、種々の病態下における軸索の生存に寄与しうると考えられる。
S3-4
グルタミン酸代謝調節による末梢神経髄鞘化調節メカニズム
荒木 敏之1,齋藤 文典1,2,若月 修二1,藤枝 弘樹2
独立行政法人国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 疾病研究第五部1,東京女子医大2

末梢神経のグリア細胞であるSchwann細胞は、末梢神経の発達過程ならびに傷害後の脱分化・再ミエリン化のプロセスにおいて、脱分化型フェノタイプと分化型フェノタイプのオン・オフを共役させて分化状態の調節を行っているが、その共役を可能にする分子機序は明らかでない。我々は以前、髄鞘形成型Schwann細胞に発現するグルタミン合成酵素(Glutamate synthetase:GS)が、Schwann細胞の脱分化に伴って分解されることが脱分化を促進し、GSの発現が高まることが髄鞘形成促進的に作用することを示した。その後の研究によって、我々はさらに、GSの基質であるグルタミン酸がSchwann細胞に発現する代謝型グルタミン酸受容体を介した細胞内シグナルを惹起することによって脱分化・増殖を活性化することを、その細胞内シグナル機序と共に明らかにし、またグルタミン酸によるシグナルが脱分化型フェノタイプと分化型フェノタイプの両方を制御することを示した。代謝型グルタミン酸シグナルの抑制が分化促進だけでなく脱分化抑制的な作用を持つことは、分化・脱分化の両方が亢進している末梢神経の先天性脱髄疾患に対してグルタミン酸シグナルの阻害が有効である可能性を示すものと考えられる。