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シンポジウム6
精神疾患動物モデルの可能性と課題
S6-1
恒常的活性化型mTORによる神経疾患モデルマウスの作製と解析
葛西 秀俊,饗場 篤
東大・院医・疾患生命工学セ・動物資源

Mammalian(or mechanistic)target of rapamycin(mTOR)is an evolutionarily conserved serine/threonine kinase that regulates cellular metabolism in response to multiple environmental stimuli, such as growth factors and amino acids, as well as energy availability. mTOR functions in two structurally distinct protein complexes, named mTOR complex 1(mTORC1)and 2(mTORC2). Activation of mTORC1 pathway facilitates protein synthesis, but suppresses protein degradation by inhibiting autophagic pathway. mTORC1 is hyperactivated in many human diseases such as cancer and diabetes. In central nervous system, hyperactivation of mTORC1 is implicated in tuberous sclerosis, autism and neurodegenerative disease. In this study, we generated transgenic mice carrying mTOR kinase with gain-of-function mutations that direct selective activation of mTORC1 pathway in a spatially and temporally controlled manner. Active mTOR expression in embryonic cortex induced progressive apoptotic cell death of cortical neuronal progenitors, thereby resulting in cortical atrophy. In contrast, mTORC1 activation in postmitotic neuron led cortical hypertrophy and severe epileptic seizures. In addition, cytoplasmic inclusions were rapidly accumulated in the cortical neurons after chronic activation of mTORC1, indicative of neurodegeneration. These data demonstrate that neuronal functions of mTORC1 are different between embryonic and adult brains, and involved in human neurological diseases such as microcephaly, tuberous sclerosis and neurodegeneration.
S6-2
自閉症ヒト型マウスモデルの開発
内匠 透
理研・BSI

精神疾患の創薬は、社会的期待の大きさに比べて困難を極めているという状況である。精神疾患そのものに、客観的診断法が欠如しており、決定的な動物モデルの存在も見当たらない。精神疾患の病態理解及びそれに基づく創薬の開発に対して、現在考えられる方法論の一つは、ヒト患者の生物学的異常を同定し、その情報に基づくヒト型マウスモデルを作製し、解析を行うことである。自閉症は小児の代表的な精神疾患であるが、精神疾患スペクトラムの一つとして考えることができる。自閉症スペクトラム症(Autism Spectrum Disorders、ASD)は近年増加傾向にあり、子どものこころの発達障害として注目される。しかしながら、日本ではこれまで主に障害者支援としての心理学的な研究が中心で、生物学的な研究はほとんど存在しなかった。米国に遅れること数年、日本でも最近ようやく自閉症の生物学的研究が注目されつつある。自閉症は脳の発達障害と考えられ、その生物学的異常としては、ヒト染色体15q11-13重複が細胞遺伝的異常としてもっとも多いものとして知られている。また、本領域はインプリンティングをうける領域としても知られている。我々は、Cre-loxP系に基づく染色体工学の手法を用いて、ヒト染色体15q11-13相同領域であるマウス染色体7cの6.3 Mbにわたる重複をもったマウスを作製した。本マウスは、自閉症様行動を示すという表現型妥当性のみならず、その生物学的異常としてヒトと同じ染色体異常を有するという構成的妥当性をも充たす自閉症モデルマウスである。本重複領域には、GABAA受容体サブユニットやnon-coding RNAであるsno(small nucleolar)RNAのクラスターを含んでいるだけでなく、エピジェネティクス的視点からも注目される。また、本マウスにおいてはセロトニンの異常が見いだされた。本マウスは、ヒト自閉症の前向き遺伝学のための人工的ファウンダーマウスとして、また創薬のためのモデルとして今後の解析が期待されるところである。
S6-3
精神疾患のマウスモデル
糸原 重美
理化学研究所脳科学総合研究センター

Human genetic studies have brought to light several complex genetic architectures underlying most psychiatric disorders. Comorbid phenotypes across various disorders further increase the complexity. To better understand the fundamental entities of the disorders, the precise roles of individual candidate genes and gene-gene and gene-environment interactions must be determined. In this context, the relative ease of conditional mutagenesis makes mouse models highly advantageous. Cre/loxP-mediated conditional mutagenesis reveals clear cause-effect relationships at the neural circuit levels. In this talk, based on data from conditional mutants for Chn1(α-chimerin/chimaerin)and Rapgef4(cAMP-GEF2, Epac2), which locate in a susceptibility locus for autism, the significance of mouse models of psychiatric disorders will be discussed.
S6-4
遺伝子改変マウスの行動解析を起点とする精神疾患の研究―マウスはモデルになります―
宮川 剛1,2
藤田保健衛生大・総医研・システム医科学1,自然科学研究機構生理学研究所 行動代謝分子解析センター 行動様式解析室2

統合失調症と双極性気分障害は認知機能の障害を伴う精神疾患であり、多くの遺伝要因と環境要因が複雑に関与する脳の疾患である。その病因・病態について様々な仮説が提唱されているものの、未だ決定的な合意が得られていない。演者らは、脳で発現している遺伝子の機能の最終アウトプットレベルは行動である、という視点にたち、多くの系統の遺伝子改変マウスについて「網羅的行動テストバッテリー」を行うことによって、遺伝子・脳・行動の関係を調べてきた。この10年間で、国内外90以上の研究室との共同研究として、160系統以上の異なる系統のノックアウトマウスやトランスジェニックマウスについての解析を行ってきたが、興味深いことにほとんどの系統で何らかの行動レベルの表現型が見いだされている。さらにこれらのマウスから、活動性や作業記憶、社会的行動などの「マウスの精神疾患」とも言って過言でないような行動異常のパターンを示す系統が10~20系統ほど同定されている。演者らはこれらのマウスの一部において、海馬歯状回でほぼすべての神経細胞が擬似的な未成熟状態でとどまっている「未成熟歯状回」という表現型が共通して生じていることを発見した。加えて、これらの「未成熟歯状回」様の表現型を示すマウスの海馬や前頭葉は、統合失調症や双極性気分障害の患者の死後脳と比較した場合、遺伝子・タンパク発現パターンが酷似していることもわかり、「未成熟前頭葉」といった中間表現型が存在することも示唆されている。この「未成熟脳」様の表現型を示す他の遺伝子改変マウスや野生型のマウスに同様な現象をもたらす薬物などが次々と見つかっており、この現象が一般的なものであることがわかりつつある。本シンポジウムでは、マーモセットなどの霊長類を用いて得られたデータも紹介しつつ、モデル動物を種横断的に活用した精神疾患の研究戦略についても議論する。
S6-5
統合失調症モデルマウスの可能性と課題
笹岡 俊邦
新潟大学脳研究所生命科学リソース研究センター動物資源開発研究分野

 統合失調症は、思春期以降に発症する慢性・進行性の精神疾患であり、幻覚や妄想、まとまりのない会話や行動、感情の障害、思考の貧困、意欲の低下等を特徴的症状とする。統合失調症の新たな治療法の開発には、適切な病態モデル動物を用いた病態の解明や新規治療薬の有効性の評価を行う為の基礎研究が必須である。これまで統合失調症のモデル動物と考えられてきたものは、行動薬理学的手法を駆使して、新しい治療薬の開発の為に極めて重要な役割を担って来た。しかし、ヒトと動物では、脳の構造に大きな違いがあり、行動表現にも差異がある。さらに、身体疾患に比べ、統合失調症は診断基準が複雑であり、本疾患の診断は患者自身の言葉を介して、ならびに患者の精神症状/行動異常の観察から行なわれる。一方、統合失調症モデル動物の妥当性については、言語を介して評価する事は不可能であるため、動物が示す行動の変化から推察することになる。これまでに集積された知見から、統合失調症の病態に関するいくつかの仮説(ドパミン過剰仮説、グルタミン酸低下仮説、神経発達障害仮説など)が提唱され、それぞれの仮説に基づき、ドパミンなどのモノアミントランスポーターノックアウトマウスや、NMDA受容体ノックアウトマウスなど、病態を反映したモデル動物の作成が試みられている。また、統合失調症の病因には遺伝的要因が関与していることが、家系研究・双生児研究などから示唆されており、多くの候補遺伝子が見いだされている。それらの候補遺伝子を改変させたマウスも作成され、モデル動物として注目されている。これらのモデル動物を用いて、陽性症状様、陰性症状様、行動障害、認知障害を指標とする実験法が考案されている。本演題では、様々な統合失調症モデルマウスとこれらのモデル動物を用いた評価方法を概説し、その可能性と今後の課題について討論したい。
S6-6
α1,6フコース転移酵素欠損による行動異常とその機序について
福田 友彦,顧 建国
東北薬科大学 細胞制御学

糖タンパク質に付加された糖鎖は様々な生物活性を持つと考えられているが、特定の糖鎖構造との関係を示した研究は少ない。しかし、脳組織に発現するN型糖鎖はα1,6フコース修飾されている割合が高いことが知られている。我々はN型糖鎖の根元にα1,6フコースを転移する糖転移酵素(Fut8)欠損マウスの表現型が神経疾患のいくつかの症状・特徴と類似していることを見いだした(Fukuda T. et al. JBC.286:18434, 2011)。海馬の機能を電気生理学的に検証したところ、欠損マウスの海馬CA1領域での長期増強(LTP)の形成が野生型マウスより減弱していた。その分子メカニズムを明らかにするために、LTPの形成に中心的な役割を果たすと考えられているAMPA受容体、NMDA受容体に焦点をあて、受容体の性質とα1,6フコース欠損の関係を検討した。AMPA受容体とNMDA受容体のシナプス後肥厚における発現に量的変化は見られなかった。しかし、興味深いことに、AMPAとNMDA受容体のリン酸化が欠損マウスでは亢進していた。そこで、NMDA受容体の下流に位置するCaMKIIの活性化を検討したところCaMKIIが野生型マウス、テロ欠損とホモ欠損マウスの順にFut8の発現量に反比例してリン酸化されていることがわかった。以上の結果は、欠損マウスで認められたLTPの減弱は、無刺激な海馬でCaMKIIが活性化されているために、高頻度刺激によるCaMKIIの反応が弱くなるためと考えられる。AMPA受容体はそのサブユニットの構成によりチャネルの性質が決まるので、GluA2との複合体について検討したところ、GluA1/2複合体・GluA2/3複合体ともにホモ欠損マウスで増加していた。この複合体の増加とグルタミン酸刺激に対する応答が対応していたことから、Fut8欠損神経細胞でAMPA受容体の複合体形成の変化とそれに伴うシグナルの変化が、恒常的にCaMKIIを活性化させていると考えられる。