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シンポジウム7
自閉症スペクトラム障害の早期マーカー
S7-1
乳児の知覚発達:選好注視法を用いた乳児発達健診課題
金沢 創
日本女子大学人間社会学部

 従来、自閉症やアスペルガー症候群などにおいて、社会的な能力が大きく取り上げられてきた。しかし近年、脳科学の発展とともに、発達障害児の視知覚を中心とした認知機能が重視されるようになってきた。例えばPellicanoら(2005)は、ASD児が埋め込み図形課題に優れている一方で、運動視の能力については、定型児に比べ半分以下の感度であると報告している。我々のグループは、こうした「認知発達の偏り」が発達障害への連鎖の基礎にあるとの仮説に基づき、発達障害を早期発見する新たな試みとして選好注視法を用いた健診バッテリーを開発した。この健診バッテリーは9ヵ月~18ヵ月の乳児に適用され、1)再注視、2)顔と音声、3)色と運動、4)運動透明視、5)顔認知の5課題で構成されている。本研究では、この健診バッテリーを用いて、発達障害のリスクがある乳児とリスクが想定されていない定型発達児を比較し、5課題の不通過率を検討した。1)~4)の課題については、選好注視法を用いて、また5)については、馴化法を用いて乳児の注視行動を指標に検査が実施され、9ヵ月~18ヵ月の定型児79名と発達障害リスク児35名を対象に健診セッションが実施された。発達障害リスク児は月齢を変えて複数回の合計137セッションの健診が行われた。その結果、発達障害リスク児の不通過率は、1)再注視7.3%、2)顔と声23.4%、3)色と運動13.1%、4)運動透明視7.3%、5)顔認知8.0%であった。一方、定型児における5課題の不通過率は1)再注視0%、2)顔と声5.0%、3)色と運動2.5%、4)運動透明視3.8%、5)顔認知3.8%となり、本健診バッテリーの妥当性が確認された。また、我々のグループでは、主に顔刺激を用いて乳児の側頭部の脳活動を計測することに世界でも初めて成功してきた。具体的には、反転した顔に比べ正立した顔に対して5から8ヶ月の乳児の右側頭部が活動すること(Otsuka, et al., 2007)、5カ月の乳児の側頭部は横顔には活動を示さないが8ヶ月になると反応を示すこと(Nakato et al., 2009)、などの研究がある。これらの成果をベースに、今後はADHD児や自閉症児などの発達障害児を対象にNIRSを用いた検討を試みていきたい。
S7-2
自閉症スペクトラム障害児における聴覚性驚愕反射の特性とエンドフェノタイプ候補可能性の検討
高橋 秀俊1,2,神尾 陽子1
国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 児童・思春期精神保健研究部1,国立精神・神経医療研究センター 脳病態統合イメージングセンター 先進脳画像研究部2

聴覚性驚愕反射(ASR)検査、特にASRの制御機構の一つであるプレパルス・インヒビション(PPI)は、精神医学領域におけるトランスレーショナル・リサーチにおいて、国内外で広く研究されている。ASDのPPIに関しても、欧米で児童や成人を対象にした報告がいくつかあるが、定型発達に比べ、減弱しているという報告や有意な差は認めないという報告など様々である。ASDのPPIに関する報告が一貫しない背景には、ASDにおけるASRの非定型性が関与している可能性が考えられる。
最近、我々は、ASD児と定型発達(TD)児を対象に、通常用いられる驚愕刺激だけでなく、微弱な刺激まで様々な音圧の聴覚刺激を用いて、ASRの基礎指標を評価した。TD児と比較してASD児では、通常用いられる驚愕刺激に対するASRの大きさに有意差は認めなかったが、ASRの潜時が有意に延長しており、微弱な刺激に対する反応が亢進していることが明らかになった。したがって、PPIの測定条件を設定する際には、このようなASDにおけるASRの非定型性を考慮する必要性が考えられた。
そこで、我々は、ASDにおけるASRのPPIを調べるために、驚愕刺激とプレパルスとの間に十分な刺激間隔を設定し、通常用いられる音圧だけでなく複数の微弱な音圧をプレパルスとして設定し、ASD児・TD児におけるASRのPPIを評価し、自閉症特性や情緒・行動の問題なとの臨床指標との関連について検討した。なお本研究は、国立精神・神経医療研究センター倫理委員会の承認を得て行われ、全ての被験者及びその保護者から書面にて同意を得た。
ASDにおいてPPIの有意な減弱は認めなかった。PPIは、自閉症特性とも有意な関連しなかったが、情緒・行為・仲間関係の問題の指標と有意な負の相関を認めた。PPIはASDよりも併存する情緒・行動の問題といった精神医学的指標と関連がみられる可能性が示唆された。ASRの基礎指標や制御機構を包括的に評価し、さらに発達的変化や遺伝子との関係について検討することで、ASDにおける聴覚処理の非定型性や合併する精神医学的問題との関連の解明が進むと考えられた。
S7-3
バルプロ酸投与マーモセットの早期行動解析:自閉症の早期病態解明に向けて
一戸 紀孝
国立精神・神経医療研究センター・微細構造研究部

新世界ザルコモンマーモセットは、明瞭な4層を持つ前頭葉を持つ点で、構造的に最もよく用いられているげっ歯類と異なっている。また、ペアでファミリーを作り、母親の子育てを父親、兄姉が協力するという、prosocialな動物である。霊長類は、げっ歯類とことなり、シナプスが一時的にピークを作るというヒトと同じ"overshoot-type"のシナプスを作り、脳の発達の様態において、似た点が多数存在する。我々は、このマーモセットを用いて、ヒトおよびげっ歯類で、母体投与により自閉症の発現の確率が上昇するバルプロ酸(VPA)の母体投与を行い、その行動を検討し、自閉症症の行動がみられるか、検討を行った。ここで、ヒトと脳発達の同様な時期を推定するために、シナプスのピークを用いた。ヒトのピークは前頭葉で3歳程度、マーモセットのピークは3ヶ月である(Oga, Ichinohe et al., 2011)。言語発達という点において、VPA投与群は、2ヶ月程度から、成体にわたって、Phee callという独特なcallの比率が高く、callにおいて、特異な発達を示す事がわかった。また、3 chamberを用いて、端のchamberに新規な成体の個体を入れておくと、3ヶ月程度で、VPA群が他者をみる確率が低い事を見出した。この点は、目を合わせないという自閉症様の症状とみられる。また、成体でさえ、新規個体と出会わせると、VPA群はほとんどcallを見せないが、control群は、緊張を表すというcall群を有為に発する事がわかった。また、逆転選択性テストを用いて、固執性を調べると、VPA群は学習がはやい事が示されたが、その学習のはやさに比して、餌の位置を逆転させた際の学習の速度はコントロールと変わらない事が示され、固執性の高いという自閉症様の症状が見られた。我々は、このVPA投与群、正常群をジーンチップを用いて比較した。生直後より、両者は全大脳皮質で大きな違いがある事がわかった。とりわけ、神経投射に関わる遺伝子の異常が見られた。現在、DTIやMRI、免疫組織学等で、この変化を検討している。
S7-4
精神疾患の病因に関与する物質・因子の解析:テストステロンおよびリソソーム分解との関連性について
株田 智弘,畑中 悠佑,和田 圭司
(独)国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 疾病研究第四部

自閉症スペクトラム障害(ASD)の病因としては、遺伝要因と環境要因の双方が関係していると考えられている。遺伝要因や環境要因により、胎児期において胎児が過剰なtestosteroneにさらされることがASDの病因と関連する可能性が報告されている。ところがこれらの因果関係は不明である。また、ASD剖検脳においては樹状突起スパインの増加が報告されており、シナプス発達の異常と病態との関連が示唆されている。そこで我々は、妊娠後期の雌マウスにプロピオン酸テストステロンを皮下投与し、仔マウスについて生後の内側前頭前皮質のスパインを観察した。2光子顕微鏡を用いたin vivoイメージングによりスパイン形態とともに動態を解析したので、その結果について報告する。また、我々が最近見いだした新規細胞内核酸分解経路と、精神発達遅滞の関わりの可能性についても報告する。