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シンポジウム8
グリアアセンブリの生理と病態
S8-1
もう一つのグリアアセンブリ:ショウジョウバエのグリア細胞種と機能分類
伊藤 啓1,粟崎 健2
東大・分生研1,杏林大・医・生物学2

分子遺伝学的解析技術が高度に発達しており、医学研究のモデル系としても盛んに利用されているショウジョウバエは、他のモデル生物に比べてシンプルな脳神経組織を有している。サイズが小さいショウジョウバエ脳では、哺乳類脳に比べると神経に対するグリア細胞の数の比率は小さいが、概日リズム、交尾行動、寿命、変性神経の除去などにグリアが重要な役割を果たすことが実験的に示されており、哺乳類同様に脳神経組織の高次機能の発現に必要不可欠な存在であると考えられる。
 私たちを中心とした研究によって、ショウジョウバエ脳組織にも哺乳類脳に対応するような特徴的性質を持つグリアサブタイプの存在が明らかにされている。哺乳類ではアストロサイトが、神経伝達物質の回収やシナプス伝達の修飾と、細胞体への物質供給の制御を行うが、シナプスが細胞体から離れた神経突起に局在しているショウジョウバエでは、この2つの機能がアストロサイト様グリアと細胞体グリアと呼ばれるサブタイプで分担されている。また物質交換が血管でなく脳表面を通じて脳外の体液との間で行われるのを反映して、血液/髄液脳関門を作る血管内皮・軟膜・上衣細胞の機能を、表層グリアが担っている。ショウジョウバエの神経には典型的な髄鞘がないため、オリゴデンドロサイトと全く同じ機能のグリアはない一方、神経繊維束やシナプスが密集した領域を取り囲んで隔壁や境界を構成する、被覆グリアが存在している。またショウジョウバエには中胚葉由来のミクログリアはないかわり、発生過程や成虫期において、幾つかのグリアサブタイプが死細胞や変性軸索の貪食除去を行う。これは、ミクログリア様の機能を持つグリア細胞が発生や環境に応じて形質転換によってダイナミックに作り出されることを示唆している。
 私たちは、こうしたショウジョウバエのそれぞれのグリアサブタイプについて、特異的な遺伝子発現誘導系統を同定している。これらの系統を用いて、ショウジョウバエで開発された高度な分子遺伝学的手法を駆使して解析することによって、マウス等を用いた研究とは異なる視点からグリアアセンブリの普遍的機能の理解に迫ることが期待できる。
S8-2
アストロサイトアセンブリ新規可視化技術と新機能
小泉 修一1,2,平山 友里1,繁冨 英治1,2
山梨大院・医工・医学・薬理学1,CREST2

これまでアストロサイトの機能解析には、OGB1、fluo4等の有機系Ca2+指示薬が頻用されているが、AM体として導入されるこれらCa2+指示薬で可視化できる部分は、細胞体等の大きな部分が殆どで、アストロサイト総体積の半分程度に過ぎない。アストロサイトは、複雑・微細な突起を多数有し、これらが神経細胞及びグリア細胞とのインターフェースとして重要と考えられている。しかし上述したCa2+指示薬ではこれら微細部位の可視化が難しい。そこでGCaMPをベースとした、アストロサイト特異的GCaMP発現動物(floxed-GCaMP3×Glast-Cre)及びAAV-Lck-GCaMP3ベクターの作成を開始した。これらGCaMPベース手法により、アストロサイトCa2+ダイナミックスの時空間解析能が大きく亢進したことから、本手法がアストロサイトセンブリの新規動作原理解明に大きく貢献することが示唆された。
次に虚血耐性獲得におけるアストロサイトアセンブリ機能について解析を行った。虚血耐性とは、非侵襲的虚血(PC)経験によりその後の侵襲的虚血に対する抵抗性を獲得する現象で、実験的にも臨床的にも認められている現象である。すでに多くの精力的な研究により、複数の分子メカニズムが報告されているが、そのほとんどが神経細胞に注目したものであり、グリア細胞の役割は不明な点が多い。そこで、中大脳動脈閉塞in vivo脳虚血耐性モデルを用い、虚血耐性現象の分子メカニズムをグリア細胞の視点から解析した。PCは、線条体神経細胞に障害を惹起することなく、ミクログリア及びアストロサイトを活性化し、このうち、アストロサイトの活性化が虚血耐性獲得とリンクしていた。この所謂グリア性虚血耐性獲得は、アストロサイトP2X7受容体発現亢進、P2X7依存的hypoxia-induce factor(HIF)-1α誘導を必要条件としていた。従来型の神経性虚血耐性とその時・空間パターン及び分子メカニズムが異なり、神経性虚血耐性より強力であることを考慮すると、本グリア性虚血耐性は脳保護において極めて重要であることが強く示唆された。
S8-3
in vivo分子画像法を用いた脳内活性ミクログリアの描出
尾内 康臣
浜松医科大学・MPRC・生体機能イメージ

神経科学におけるミクログリアのin vivoでの画像化というと、2光子顕微鏡や多光子顕微鏡を用いて、たとえばマウス脳内の数ミクロンの大きさのミクログリア突起を蛍光色素利用下で観察する研究などが想像しやすい。確かに単一ミクログリアの描出に有力なin vivo画像化のツールであるが、脳表への侵襲性は避けられず、特に脳内環境の異常に反応しやすいミクログリアの観察には脳への刺激がない撮像法が本来ならば望ましい。これまで、われわれは、時間的・空間的分解能では顕微鏡に比して遙かに劣るが、脳侵襲がなくヒトを含めて同一固体を永続的に観察することができるポジトロン断層画像法(PET)を活用して、脳内のミクログリア活性を描出してきた。PETはポジトロン核種で標識した放射性トレーサーを経静脈的に投与してトレーサー結合部位から生じるγ線の量を定量的に同定する画像法である。活性化ミクログリアを描出するトレーサーとしては現在Translocator protein(TSPO)を標的としたものが主流であり、今日広く用いられているのが[11C]PK11195である。ミクログリアが活性化されるとミトコンドリア外膜に位置するTSPOの数が増加するため、TSPOに結合する[11C]PK11195量が増加する。その結合能はコンパートメントモデルを用いて定量的に計算される。[11C]PK11195結合はその後活性化アストロサイトでも認められることが報告されたが、結合の多くはやはり活性化ミクログリアであると考えられている。[11C]PK11195の弱点は特異性が低いことであるため、今日より特異性の高いTSPO標的トレーサーの開発が様々試みられている。本口演では、[11C]PK11195を用いた神経・精神疾患のミクログリア活性の意義を論じ、[11C]PK11195よりも特異性の高いTSPOトレーサーである[11C]DPA713を用いた活性化ミクログリアのin vivo画像化を紹介するとともに、TSPOとは異なるミクログリアイメージングを紹介し、ミクログリアが神経・精神疾患への治療標的に重要であることに触れたい。
S8-4
精神疾患患者のミクログリア活性化特性と精神病理現象との相関を解明するためのトランスレーショナル研究
加藤 隆弘1,2
九州大学大学院医学研究院精神病態医学分野1,九州大学先端融合医療レドックスナビ研究拠点2

 ミクログリアは静止状態では樹状に突起を伸展して脳内の監視役としてシナプス間を含む微細な環境変化をモニターしており、様々なストレス・脳内環境変化に応答して活性化すると、遊走能を有するアメーバ状の形態へ変化し貪食能を呈し、標的部位まで移動し、炎症性サイトカインやフリーラジカルといった神経障害因子および神経栄養因子を産生し、脳内の炎症免疫機構を司っている。
 死後脳研究やPETを用いた生体脳研究において、統合失調症患者や自閉症患者の脳内でミクログリアの過剰活性化が報告されている。ミクログリア活性化抑制作用を有する抗生物質ミノサイクリンに抗精神病作用や抗うつ作用が報告され、演者らは健常者対象の意思決定ゲーム実験で、ミノサイクリンが人格や欲動由来の行動を制御する可能性を見出している。演者らは神経・シナプス系にばかり作用すると信じられてきた抗精神病薬や抗うつ薬が齧歯類ミクログリア細胞へ直接的に作用し、フリーラジカルや炎症性サイトカインの産生抑制を介して、脳保護的に作用する可能性を報告してきた。こうした知見を元に、演者らを含む国内外の研究グループが、ミクログリアの過剰活性化とその制御が精神疾患の病態治療機序に関与するという仮説を提唱している。
 従来の精神疾患に着目したミクログリア研究では、技術的倫理的側面から生きたヒトのミクログリアを直接的に解析できず、モデル動物由来のミクログリア細胞を解析せざるを得ない状況にあった。演者らは、つい最近、ヒトの末梢血からわずか2週間でミクログリア様細胞(iMG)を作製する技術を開発した。精神疾患患者由来iMGの作製により、これまで不可能であった患者のミクログリアの活性化特性や薬剤反応性が予測可能となり、臨床所見(診断・各種検査スコア・重症度など)との相関を解析することで、ミクログリア活性化特性が幻覚・妄想・抑うつなど様々な精神現象にいかに影響するかを探ることが可能となった。
 本シンポジウムでは、ミクログリア仮説解明のために演者らが推進しているトランスレーショナル研究の一端を紹介し、精神疾患におけるミクログリア研究の現状と未来について考える場を提供したい。