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シンポジウム10
抑肝散の基礎と臨床最前線
S10-1
抑肝散の認知症に対する臨床効果
石田 康1,林 要人1,岡原 一徳2
宮崎大学医学部臨床神経科学講座精神医学分野1,けいめい記念病院2

1984年に高齢者の情緒障害に効果があることが初めて報告されて以来、抑肝散が、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、その他の認知症患者の行動・心理症状(BPSD)を改善することが報告されてきた。今回は、我々が行ったものも含めて、現在までの臨床研究の結果を概説する。これまでの知見を勘案すると、抑肝散をBPSDに対する治療薬として使用する場合、その長所として下記が挙げられる。1)興奮をはじめとするBPSDの陽性症状に対する効果が認められるだけでなく、種々の神経系に作用することから幅広いBPSDへの効果が期待できる。2)抗精神病薬投与時にみられる錐体外路症状、過鎮静を伴うことが少なく、ADLを低下させにくい。3)短期試験では認知機能を低下させることが少なく、長期後方視的検討の結果からは認知機能維持効果も推測され、中核症状に対する効果も期待できる。4)併用により向精神薬を減量できる可能性がある。5)諸症状改善効果により副次的に介護負担が軽減される可能性がある。6)漢方薬は安全という患者本人、介護者への心理的効果があり、服薬に対する抵抗感が少ない。また、短所としては下記が挙げられる。1)副作用として低カリウム血症が認められ定期的なモニタリングが必要である。2)現在の抑肝散の剤型では服用量が多く、独特のにおい、味があり、高齢者の中にはそのまま服用するのが困難な場合がある。服用の仕方に工夫を要するうえに、継続できない場合もある。3)効果に対する作用機序について、セロトニン神経系やグルタミン酸神経系を含む様々な機序の関与が示唆されているが、その全貌はまだ明らかになっていない。
S10-2
Efficacy and Safety of Yokukansan in Treatment-Resistant Schizophrenia
宮岡 剛
島根大学・医・精神医学

Background:Treating schizophrenia patients who fail to respond to antipsychotics is a major challenge, and the percentage of treatment-resistant patients is estimated to be 20-25%. We aimed at evaluating both the efficacy and safety of YKS in patients with treatment-resistant schizophrenia. Methods:This randomized, multi-center, double-blind, placebo-controlled study was conducted between May 2010 and August 2012. One hundred and twenty antipsychotic-treated inpatients from 34 psychiatric hospitals in Japan were included. Patients were randomized to adjuvant treatment with YKS 7.5 g/day or placebo. During a 4-week follow-up, psychopathology was assessed using the Positive and Negative Syndrome Scale(PANSS)five-factor. Other assessments included, Clinical Global Impression-Severity(CGI-S), Global Assessment of Functioning(GAF), and Drug-induced Extrapyramidal Symptoms Scale(DIEPSS). The primary efficacy outcome was the change in PANSS five-factor scores. Results:YKS showed a tendency of superiority to placebo in reducing total all PANSS five-factor scores in treatment-resistant schizophrenia, but the difference was not statistically significant in total, depression/anxiety, cognition, positive, and negative factors. However, compared to the placebo group, the YKS group showed statistically significant improvements in the PANSS excitement/hostility factor scores. No substantial side effects were recorded. Conclusion:The results of the present study indicate YKS to be a potential adjunctive treatment strategy for treatment-resistant schizophrenia, particularly to improve excitement/hostility symptoms.
S10-3
抑肝散アルカロイド成分のモノアミン受容体に対する作用
中村 雪子1,植田 高史2,鵜川 眞也2,島田 昌一1
大阪大学大学院医学系研究科神経細胞生物学1,名古屋市立大学医学研究科機能組織学分野2

抑肝散(YokukansanまたはYi-Gan San)は、認知症患者に認められる攻撃性の亢進、徘徊、幻覚、妄想等の周辺症状に対しての有効性が報告されている漢方薬である。さらに近年境界性パーソナリティ障害や統合失調症等の精神症状も改善することが知られている。このように様々な精神症状に対して使用されており、副作用が少ないことが証明されている。抑肝酸は蒼朮、茯苓、川キュウ、釣藤鈎、当帰、柴胡、甘草の7種の生薬により構成された漢方方剤であるが、釣藤鈎では7種類のアルカロイド成分が単離されている。我々は上記の精神症状と関連性が深い受容体であるドーパミン受容体(D2受容体)およびセロトニン受容体(5-HT1A、5-HT2A、5-HT2C、5-HT7受容体)に注目し、これらのアルカロイド成分に対する応答性について検討した。そのうちgeissoschizine methylether(GM)がドーパミンD2受容体のstabilizerの機能を有すると同時にこれらのセロトニン受容体の応答調節を行うことがわかり、アリピプラゾール様の薬理学的特徴を有することが明らかになった。さらに5-HT3受容体への応答性について検討したところGMによる作用はほぼ認められなかったが、hirustine、hirusteineによる応答抑制効果が認められた。また単独では抑制効果が少ないアルカロイド成分においても同時投与することで5-HT3受容体の応答をより強く抑制したことから、抑肝酸の効果は個々の成分の複合作用として現れていると考えられる。本シンポジウムでは、以上のように釣藤鈎の各アルカロイド成分のモノアミン受容体に対する薬理作用について研究成果を報告する。
S10-4
統合失調症モデルマウスに対する抑肝散及びその構成成分の薬理効果
和中 明生1,森田 晶子1,奥田 洋明1,牧之段 学2,辰巳 晃子1,岸本 年史2
奈良県立医科大学 第二解剖学講座1,奈良県立医科大学 精神医学講座2

抑肝散は認知症の行動・心理症状への効果が認められているが、他の精神神経疾患への薬理効果も期待されるところである。我々は抑肝散及びその構成生薬成分が統合失調症に対してどのような効果を有するかについて、マウスモデルを用いて検討した。モデルとしてはインフルエンザウイルス大流行の年に生まれてきた人口に有意に統合失調症罹患率が高いという疫学データを基に、妊娠マウスにウイルス感染と同様の免疫反応を惹起する二本鎖RNAであるPoly-ICを投与し、生まれてきた仔マウスを成熟させたもの(以降Poly-ICマウスと呼ぶ)と、成熟マウスにCuprizoneを摂取させることで前脳中心に脱髄を起こさせたもの(Cuprizoneマウスと呼ぶ)を用いた。後者は多発性硬化症のモデルとして広く認知されているが、統合失調症様行動異常を呈することから最近統合失調症のモデルとしても使用されている。Poly-ICマウスではPrepulse inhibition(PPI)の低下やMK-801による過剰行動反応などの行動異常が認められるが、抑肝散の3週間経口投与によってこれら行動異常は是正された。Poly-ICマウスではコントロールに比して有意に脳内グルタチオン含量の低下(酸化ストレスに対する脆弱性)があるが、抑肝散投与はこのグルタチオン含量も正常レベルに復帰させることが分かった。Poly-ICマウスでの組織細胞異常はこれまで様々なものが報告されているが、我々は生後早期の髄鞘形成が遅延していることを見出している(Makinodan et al., 2008)。そこで脱髄を主体とするCuprizoneモデルにおいても抑肝散の効果が認められるか否かについて、抑肝散の構成生薬成分のうち、Geissoschizine methyl ether(GM、ツムラ株式会社研究所より供与)に着目し、このGMの効果を検討した。GMはCuprizoneモデルにおける前頭前野の脱髄を抑制(再髄鞘化)した。この効果はオリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖と成熟オリゴデンドロサイトへの分化を促進することによることが認められた。
S10-5
抑肝散の抗ストレス作用
清水 尚子,宮田 信吾,田中 貴士,遠山 正彌
近畿大・東洋医学研究所・分子脳科学研究部門

 うつ病をはじめとする精神疾患の発症率は年々増加しており、患者の精神症状、身体症状の問題、それを支える家族や社会全体の負担の問題、非常に高い再発率など、その経済的・社会的損失は非常に大きな問題である。これらの精神疾患の発症には様々なストレス等の環境要因が大きく関与することが知られている。すなわち、ストレス応答系である視床下部-下垂体-副腎軸(HPA axis)が繰り返し受けるストレス等により過剰に刺激され続けることで調節不全に至り、うつ病などの精神疾患が発症するというストレス仮説が以前から想定されている。しかし、その分子機序や脳の機能的変化はこれまでに明らかにされていないのが現状である。最近になり、認知症に伴う行動心理学的症状(BPSD)の治療に対して漢方薬の抑肝散が有効であるとの報告がなされるようになってきた。これまでBPSDの治療には非定型抗精神病薬だけでなく抗うつ薬も併用されている。以上の事実は、抑肝散の中にも抗うつ薬と類似した成分が含有されている可能性を示しており、抑肝散の構成成分の中にうつ病などのストレス性の精神疾患に有効な成分が含まれている可能性が十分に考えられる。そこでまず我々は、ストレス負荷時のHPA axis活性化を抑肝散が抑制し得るのか否か検討した。ストレス負荷前に抑肝散を経口投与したマウス群では対照群に比べ血中のコルチコステロン量が有意に低下した。この結果は、抑肝散がHPA axisの正常化に関与する可能性を示唆していた。HPA axisの調節系の一つとして、海馬や視床下部等に発現するグルココルチコイド受容体(GR)の発現量変化が知られている。そこで我々は更に、抑肝散がストレス応答時のGRの発現調節に関与するのか否かについて検討を加えた。さらに、我々が既に報告している線維束オリゴデンドロサイトにおけるストレス感受性の調節にGR発現変化が関与するのか否か、抑肝散がGR発現量調節に関与するのか否かについても検討したところ、GR mRNA量調節には関与が認められなかったが、転写後調節機構への抑肝散の関与の可能性を見出したので報告させて頂く。
S10-6
抑肝散活性成分の薬理作用とラット脳内分布
五十嵐 康
株式会社ツムラ製品戦略本部ツムラ研究所

抑肝散は神経症、不眠症、小児夜なき、および小児疳症に効能を持つ漢方薬である。近年この効能が認知症患者のBPSD(神経過敏で興奮しやすく、怒りやすい、イライラする、眠れないなどの精神神経症状)の治療に応用されている。動物実験でも抑肝散は各種病態モデルの攻撃性を改善し、これらの作用機序として脳内グルタミン酸神経系(グルタミン酸トランスポーター機能是正)やセロトニン神経系(5-HT1A受容体活性)を介した興奮抑制が見出されている。また活性成分として、甘草成分のグルチルレチン酸(GA)や釣藤鈎成分のガイソシジンメチルエーテル(GM)が示唆されている。薬物動態学的には、ラットへの抑肝散の経口投与後にGMとGAが血中で検出され、それらの濃度はGMが約1時間後、GAが8時間後にピーク(Cmax)に達する。その時点(Tmax)おいて両成分は脳内でも検出される。実際、in vitro培養系おいても両成分が血液脳関門(BBB)を通過することが確認されている。最近、両成分の脳内結合領域(脳内分布)を明らかにするため、トリチウム標識体([3H]GAおよび[3H]GM)を合成しラット脳切片における定量的オートラジオグラフィー解析を行ったところ、[3H]GAの高密度結合部位は海馬であった。まだその結合分子種(受容体など)を特定するには至っていないが、結合細胞はGA認識酵素11β-HSD1を発現するアストロサイトであることが示唆され、グルタミン酸トランスポーター活性への作用が推察されている。一方、[3H]GMの高密度結合部位は前頭前野を含む前頭葉であった。結合分子種には5-HT1A、5-HT2A、5-HT2B、5-HT2C、5-HT7などの受容体が検出された。その結合は大型細胞(神経細胞)、小型細胞および細胞間基質に認められ、GMの薬理作用との関連性が推察されている。以上、本シンポジウムでは抑肝散の活性成分として推定されるGMとGAの薬理作用とそれらの脳内分布に関する最新の知見を紹介する。