TOPシンポジウム
 
シンポジウム11
グリアの最前線
S11-1
神経障害性疼痛関連分子のミクログリア内遺伝子制御
井上 和秀
九州大学大学院・薬学研究院 薬理学分野

神経障害性疼痛は、軽い触刺激を激烈な痛みとして誤認する病態(アロディニア)を主徴とする難治性慢性疼痛であり、物理的損傷、癌、糖尿病、帯状疱疹などにより末梢および中枢神経が損傷することにより発症する。オピオイドやNSAIDs等の既存の鎮痛薬が奏効し難いために世界で2200万人以上の患者が苦しむ臨床上重要な問題となっている。我々は、「神経障害性疼痛発症モデル脊髄では、ミクログリアが活性化し、そこに過剰発現するP2X4受容体の刺激により放出された脳由来神経栄養因子が後角二次ニューロンに働き、KCC2の発現を抑制し、細胞内陰イオン濃度を異常に高める結果、触刺激により介在ニューロンから放出されたGABAがこの二次ニューロンで脱分極を引き起こし、それが痛みシグナルとなる」との仮説を提出した(Nature 2003;2005)。その後、多くのミクログリア由来のサイトカインや液性因子、および各種受容体が、様々なメカニズムで神経障害性疼痛に関与することが分かってきた。しかしながら、それらのタンパク分子群の発現に関してはどのような遺伝子制御がなされているかは不明のままであった。そこで、その遺伝子発現を制御する転写因子を同定する目的で、神経障害性疼痛モデルマウスの脊髄サンプルを用いて、約45000マウス遺伝子の発現変化をDNAマイクロアレイ法により検討した。その結果、神経損傷側で310遺伝子の発現増加が観察され、その中に4種類の転写因子が含まれていた。本研究ではその内のIRF8に着目し検討を行った。そして、末梢神経損傷後、IRF8はミクログリア特異的に発現増加し、ミクログリアの疼痛関連遺伝子各種の発現変化を誘導し、神経障害性疼痛発現に重要な役割を演じている事が明らかとなった。さらに、IRF5との関係性についても非常に新しい知見が明らかとなった。今後は、これらの転写因子の制御がどのように行われているかを検討しなければならない。
S11-2
PETでみる精神疾患の症状形成とマイクログリア
森 則夫
国立大学法人 浜松医科大学

 免疫系と精神疾患との関係をめぐる研究は新しいステージに入った。マイクログリアと精神疾患の研究には死後脳を用いた研究が主流であったが、脳の一部しか探索できないこと、薬の影響を除外できないこと、症状との関連性を調べることができないことなどの限界があった。Positron Emission Tomography(PET)によって、これらの問題点が克服された。本シンポジウムでは、我々が取り組んできたPET研究の成果を紹介する。
 自閉症(未治療の成人)について活性化マイクログリアのPET計測を行った。その結果、健常者においても、活性化マイクログリアの多い部位があり、それが小脳や脳幹であることがわかった。そして、自閉症ではマイクログリアの総数そのものが約2倍になっており、それに伴って小脳や脳幹の活性化マイクログリアも2倍になっていることが分かった。したがって、マーモセットで自閉症モデルを作るには、理論的には、発生の段階でマイクログリアを2倍にする処置を考えればよい。
 統合失調症(初発未治療の成人)の活性化マイクログリアの脳内分布は自閉症患者のものとは全く異なっていた。活性化マイクログリアは陰性症状(意欲の低下や感情の平板化)とは正の相関を示したが、陽性症状(幻覚や妄想)とは負の相関を示した。近年の研究により活性化マイクログリアには神経保護性と神経傷害性の2つのタイプがあることがわかっている。したがって、このPET所見は、神経傷害性の活性化マイクログリアは陰性症状の形成を促進し、神経保護性の活性化マイクログリアは陽性症状の発現を抑えていることを示唆している。そこで、妊娠母ラットにPoly I:Cを投与して、仔ラットの脳内に発現するM1マーカーとM2マーカーを調べたところ、生後4週目では変化がないものの、8週目になると、M1マーカーとM2マーカーが増加していた。死後脳では、M1マーカーが増加していた。しかし、M2マーカーには変化がなかった。M2マーカーに関する陰性所見は薬物の影響によるものと思われた。
S11-3
視神経脊髄炎(NMO)におけるアストロサイト障害と新たな展開
藤原 一男
東北大院・医・多発性硬化症治療学

視神経脊髄炎(neuromyelitis optica、NMO)は重症の視神経炎と横断性脊髄炎を呈する炎症性中枢神経疾患であり、長らく脱髄疾患である多発性硬化症(multiple sclerosis、MS)との異同が議論されてきた。しかし、2004年にメイヨークリニックと我々がNMOに特異な自己抗体NMO-IgGを報告し、その標的抗原がアストロサイトのendfeetに密に発現している水チャンネルのアクアポリン4(aquaporin 4)であることがわかってから、AQP4抗体陽性例の解析によりNMOの臨床、画像、検査所見や治療反応性等についてMSとの様々な相違点が明らかになった。典型例のみならず再発性あるいは両側性視神経炎や3椎体以上に及ぶ長い脊髄炎のみの症例や特異な脳病変を呈することもあり、その全体像はNMO Spectrum Disorders(NMOSD)という名称が用いられるようになった。さらにNMO病変において、1)AQP4やグリア線維性酸性タンパク(GFAP)の染色性の広範な欠失があるがミエリン塩基性タンパクの染色性は比較的保持されている、2)NMOの急性期に髄液GFAP濃度が著明に上昇している、3)AQP4抗体は実験的研究でアストロサイトへの傷害性を呈する等の事実から、我々はNMOは脱髄疾患ではなく、自己免疫性アストロサイト病(Autoimmune Astrocytopathic Disease)という新たな疾患概念であることを提唱している。NMOSDの神経病理学的所見には6つのタイプが知られている。AQP4抗体の検出には様々な方法があり、鋭敏な検出法を診断に用いる必要がある。しかし最も鋭敏な方法でもAQP4抗体が検出されないSeronegative NMOSDが存在し、その一部にミエリンオリゴデンドロサイト糖タンパク(MOG)抗体陽性例があることがわかってきた。このMOG抗体陽性NMOSDはAQP4抗体陽性例とは異なり、脱髄疾患である可能性がある。本講演では、AQP4抗体の特性とNMOSDの病態、Seronegative NMOSD等に関して最新の話題を含めて解説したい。
S11-4
白質と精神疾患
池中 一裕
自然科学研究機構・生理学研究所

The white matter is a region through which axons project to their targets to make neural circuits. Long projection axons are usually covered with myelin, which is rich in lipids, thus making the white matter appear white. Myelin increases the conduction velocity by inducing saltatory conduction. During myelin formation it is well known that extensive neuro-glial(axon-myelin)interaction takes place;for example, induction of terminal differentiation of oligodendrocytes by axonal electric activity, and ion channel clustering on the axonal surface and axonal diameter increase caused by myelin membrane. Recently, this neuro-glial interaction has been demonstrated to be continuing even after completion of myelin formation:elevation of calcium levels in myelin/oligodendrocyte is evoked by axonal activity, and increase in the conduction velocity by hyper-polarization of oligodendrocyte(Yamazaki et al., 2007). These new findings suggested that strong excitation of one axon may increase the conduction velocity of other axons that are myelinated by the same oligodendrocyte. Thus it is possible that axons passing through the white matter are communicating with one another through an oligodendrocyte. We have shown that dysregulation of conduction velocity results in abnormal cognition in mouse(Tanaka et al., 2009)and studies in human indicates association of psychiatric disorder with the white matter abnormality. In this symposium we will discuss the significance of the white matter in higher brain functions and the results of its disorder.
S11-5
精神疾患関連遺伝子のオリゴデンドロサイト発達への影響の検討
服部 剛志1,清水 尚子3,伊藤 彰2,堀 修1,遠山 正彌3,4
金沢大・医・神経分子標的学1,大阪大・医・分子精神神経学2,近畿大・東洋医学研究所・脳科学3,大阪府立病院機構4

統合失調症をはじめとする精神疾患の発症に関連する遺伝子DISC1(Disrupted-In-Schizophrenia 1)は神経細胞の発達(増殖、神経突起伸展、細胞移動、スパイン形成など)に関与していることが知られているが、グリア細胞でのDISC1の発現やその機能についてはあまり研究がなされてこなかった。しかしながら、グリア細胞の異常と精神疾患の関連については多数報告があるため、我々はDISC1のオリゴデンドロサイトにおける機能解析を行った。その結果、DISC1はオリゴデンドロサイト前駆細胞で強く発現しており、分化を負に制御していることが明らかとなった。また、DISC1の結合因子であるDBZ(DISC1 Binding Zincfinger Protein)もオリゴデンドロサイトに発現しており、分化を制御していることが明らかとなった。さらに、DBZ KOマウスではadultではオリゴデンドロサイトに異常は認められないものの、生後10日においてオリゴデンドロサイトの発達が遅れていることが明らかとなった。DISC1は神経細胞において多くのタンパクと結合し機能しているが、オリゴデンドロサイトにおいてもDISC1は他のタンパクと結合し機能していることが考えられる。
S11-6
オリゴデンドロサイトの機能とストレス
宮田 信吾,清水 尚子,田中 貴士,遠山 正彌
近大・東洋医学・分子脳科学

 うつ病などの精神疾患の発症には環境要因が大きく関与することが知られており、ストレス暴露による視床下部-下垂体-副腎軸(HPA axis)の過剰刺激が、うつ病を引き起こす大きな原因として想定されているものの、その分子機序や脳の機能的変化はこれまでに明らかにされていない。そこでまず我々は、うつ病の病態モデルとして水浸拘束法による慢性的なストレス暴露マウスの作製を試みた。このマウスでは、恒常的に血中のコルチコステロン量が増加しており、尾懸垂法などの行動解析による無気力感の増加や海馬歯状回における神経新生レベルの低下などの、うつ病態を示した。このモデルマウスを用いた検討から、これまでに我々は、慢性ストレス負荷により特異的に発現上昇を示す因子としてSerum/glucocorticoid regulated kinase 1(Sgk1)を同定し、その活性化機構を明らかにしてきた。さらに、この慢性ストレスによるSGK1の活性化シグナルは神経細胞では観察されず、線維束オリゴデンドロサイト特異的であることを見出している。では次の問題として、このオリゴデンドロサイト特異的なSGK1シグナルがどのような影響を及ぼすことによりストレスシグナルを伝えているのかについて検討した。その結果、慢性ストレス負荷によりオリゴデンドロサイト内での接着因子群の発現変化が誘導され、オリゴデンドロサイトの形態変化が引き起こされること、さらにはこの構造変化がうつ症状発現との関連性があることを見出した。そこで我々は、線維束におけるこのオリゴデンドロサイトの構造変化が軸索機能に影響を与えうるのか否かについて更に検討を行った。オリゴデンドロサイトは中枢の神経軸索に髄鞘形成を行う細胞であり、その形成レベルは跳躍伝導速度と密接に関連し、この跳躍伝導システムは脱髄などのランビエ絞輪構造異常により劇的に低下する。そこで、慢性ストレス負荷によるランビエ絞輪の構造異常の有無の検討と共にチャネルや接着因子群の動態について検討したところ、脱髄ではない慢性ストレス特異的なランビエ絞輪の構造変化および軸索活性変化を見出したので報告させて頂く。