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シンポジウム12
意思決定の神経制御とその異常
S12-1
交感神経系活動と意思決定
大平 英樹
名古屋大学大学院環境学研究科心理学

ソマティック・マーカー仮説は、島や前部帯状皮質に交感神経系活動などの身体反応の知覚(内受容感覚)が表象され、これが意思決定に影響すると主張する。この仮説には、交感神経系反応は比較的緩慢に生じるので、局所における意思決定には間に合わない、という批判がなされている。我々は、交感神経系などの身体反応は、局所の意思決定というよりもよりマクロなレベルでの意思決定のモードを調整するのではないか、と考えて検討を行ってきた。参加者の、確率逆転学習課題遂行中の脳活動が15Oを核種としたPETで測定され、同時に各種の交感神経系指標が測定された(研究1)。また、意思決定のモードとして、選択における探索の度合いを、エントロピーを算出することで評価した。結果として、交感神経系活動を表す末梢血中のアドレナリン濃度上昇が、探索傾向(エントロピー)の増大を導くことが示された。また、アドレナリン増加は、背側前部帯状皮質、右前部島という身体反応の表象部位の活動上昇と有意な相関を示し、さらに、島の活動は、アドレナリン濃度と探索傾向の相関を媒介していた。これらの結果は、課題遂行において一過性に生じた交感神経系活動亢進が内受容感覚として脳に表象され、これが探索傾向という意思決定のモードを調整したことを示唆する。次に我々は、一定の刺激-結果随伴性のもとで意思決定を継続する課題で、上記の知見の追試を試みた(研究2)。この課題では、試行が進行するにつれて馴化が生じ、ノルアドレナリンにより反映される交感神経系反応は低下したが、それにつれて探索傾向(エントロピー)も低下した。つまり、先の研究と同様な身体反応と意思決定モードの相関が確認された。ところが、ノルアドレナリン濃度変化と島の活動は負の相関を、島活動とエントロピーも負の相関を示し、先の研究とは逆になった。この一見矛盾する結果は、島に内受容感覚の内的モデルが存在し、現在順応している身体反応水準から、反応の亢進であれ抑制であれ、変化が大きいほど島の活動が大きくなると説明することができる。またそれにより、意思決定のモードへの調整も大きくなると考えることができる。
S12-2
病的賭博の脳イメージング
高橋 英彦
京都大・医・精神

病的賭博は慢性的な精神疾患であり、患者は悲惨な帰結にも関わらず賭博行動を止めることが困難である。病的賭博は物質使用障害と診断基準も多くの類似点を持ち、脳画像研究でも共通の知見も報告されてきている一方、病的賭博に特徴的な行動変容も認められる。また、物質使用障害では、薬物の直接の脳への影響が排除できないが、病的賭博では、その影響を排除でき、依存の脳科学的な研究をするうえで有益な情報をもたらす可能性がある。我々は、病的賭博患者の回復グループの協力を得て、病的賭博患者を対象に、3テスラMRIを用いてマルチモダルMRI(脳構造画像、脳機能画像)による病的賭博の中枢異常を検討している。今回は、報酬予測課題や診断基準にもある損失の深追い(chasing)に関連する課題を施行中の脳活動をfMRIにて検討した。報酬予測時に病的賭博群は健常群と比較して、島皮質、帯状皮質などを含む、報酬系の幅広い領域にて活動性の低下を認めた。病的賭博群ではその際の左島皮質における脳活動が罹病期間と負の相関を示し、左島皮質における脳活動が賭博を中断していた期間と正の相関傾向を示した。また、損失の深追い(chasing)に関連する課題では、患者群は確実に振る舞うべき緩いノルマ条件においてもリスキーに振る舞う傾向が示され、ノルマに応じてリスク選択行動をうまく調整出来ないことが示唆された。また、前帯状皮質(ACC)を含む複数領野におけるノルマを反映したfMRI信号が患者群において減弱しており、ノルマ依存的な行動調整の障害に関わる神経基盤を示唆した。
S12-3
薬物依存症の意思決定異常と島皮質
溝口 博之1,片平 健太郎2,犬束 歩3,大平 英樹2,山中 章弘3,山田 清文4
名古屋大学環境医学研究所近未来環境シミュレーションセンター1,名古屋大学大学院環境学研究科心理学2,名古屋大学環境医学研究所神経分野23,名古屋大学大学院医学系研究科医療薬学・附属病院薬剤部4

薬物依存症患者の意思決定パターンは健常者と異なることが示唆されており、ハイリスクを恐れずハイリターンを好むといったリスク嗜好性が高いことや、安定した小さい利益よりも近い将来の大きな利益を選択する(近視眼的意思決定)などの特徴がある。しかし、意思決定障害の詳細な神経回路について未だ不明な点が多い。そこで、我々が開発した小動物用意思決定評価法を用いて、覚せい剤の効果、さらには意思決定障害の神経回路・責任領域について検討した。実験には、摂餌制限した8週齢の雄性Wistarラットを使用し、8方向放射状迷路を用いてギャンブルテストを行った。Lowリスク・lowリターン(L-L)アームには餌ペレット1個を置いたが、16試行中2-8回の一定の割合でランダムにキニン入り餌ペレット(罰)を置いた。Highリスク・highリターン(H-H)アームにはキニン入り餌ペレット1個を置いたが、16試行中2-8回の一定の割合でランダムに複数の餌ペレット(大報酬)を置いた。16試行中のH-Hアームの選択回数(選択率)を測定した。Methamphetamine(4 mg/kg)を1日1回、30回皮下投与することで、覚せい剤依存ラットを作製した。覚せい剤依存ラットでは、コントロール群と比較してH-Hアーム選択率が有意に増加した。この覚せい剤依存ラットの報酬に対する主観的価値について計算論モデルに当てはめて解析したところ、覚せい剤依存ラットは大報酬に大きな主観的価値をおくことが分かった。また、H-Hアーム選択率が高い覚せい剤依存ラットの島皮質、線条体、側坐核において、c-Fos陽性細胞数は増加していた。覚せい剤依存ラットの島皮質領域にGABA作用薬を注入すると、H-Hアーム選択率の増加は抑制された。最後に、DREADDテクノロジーを用いて、島皮質の活性を操作したところ、H-Hの選択率を操作することができた。以上、覚せい剤依存モデル動物はhighリスク・highリターンを好むことが示唆された。この意思決定障害には、島皮質の活性化が関与することが示唆された。
S12-4
大脳基底核神経回路と意思決定
疋田 貴俊
京都大院・医・メディカルイノベーションセンター

大脳基底核は、報酬や侵害刺激による報酬・忌避学習に基づいた意思決定・認知行動に重要な脳部位であり、薬物依存症や統合失調症などの精神神経疾患病態に深く関与している。報酬や侵害刺激およびその予測誤差が腹側被蓋野のドーパミン細胞の発火パターンを変え、側坐核にシグナルを伝えることが明らかになってきている。それに対して、ドーパミンの受け手である側坐核神経回路ではどのような情報伝達を行い、報酬や侵害刺激に対する報酬・忌避行動を選択する意思決定へとつなげているのかは不明であった。私たちは側坐核神経回路の直接路と間接路に対する可逆的神経回路伝達阻止法(RNB法)を開発し、意思決定行動における大脳基底核神経回路制御機構を解析した。直接路あるいは間接路の中型有棘細胞にドキシサイクリン依存的に破傷風菌毒素を発現させることによって直接路遮断あるいは間接路遮断を行ったモデル動物(D-RNBおよびI-RNBマウス)を作製し、直接路は報酬行動に、間接路は忌避行動と行動柔軟性にそれぞれ重要であることを示した。さらに、可逆的神経伝達阻止法と薬理学的処置の組み合わせによって、意思決定行動とその柔軟性における直接路と間接路のスイッチング機構を解析したところ、報酬行動には直接路D1ドーパミン受容体の活性化が、忌避行動と行動柔軟性には間接路D2受容体の不活性化が、それぞれ必須であることを示した。これらの結果から、意思決定行動においてドーパミンによる直接路と間接路のスイッチングが大脳基底核神経回路制御機構として働いていることが示唆された。