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シンポジウム14
マイクロエンドフェノタイプから考える精神疾患研究
S14-1
うつ病のマイクロエンドフェノタイプとしてのBDNF-TrkBシグナリング
橋本 謙二
千葉大学・社会精神・病態解析

うつ病の発症率は非常に高く、我が国でも大きな社会問題になっている。うつ病の治療には、抗うつ薬が処方されているが、治療効果を発現するためには数週間以上を要する。また現在の抗うつ薬では奏功しない治療抵抗性患者が存在することから、うつ病に対する新たな治療薬の開発が急務である。これまでの多くの基礎・臨床研究から、脳由来神経栄養因子(BDNF:Brain-derived neurotrophic factor)がうつ病の病態および抗うつ薬の治療メカニズムに関わっていることが判ってきた。幾つかの基礎研究から、うつ症状発現に対してBDNFは脳部位により逆の作用を有していることが指摘されている。例えば、海馬、前頭皮質においては、BDNFが低下するとうつ症状を引き起こし、BDNFを海馬に投与すると抗うつ効果が観察される。一方、報酬系である側坐核においては、BDNFの増加はうつ症状の発現に関わっていることが報告されている。今回、うつ病の発症に関わっている海馬、前頭皮質および側坐核におけるスパイン密度およびBDNF-TrkBシグナリングの役割を詳細に調べることにより、うつ病の新規治療ターゲットについて考察したい。
S14-2
恐怖記憶制御とPTSD
喜田 聡
東京農大・応生科・バイオ

記憶は不安定な短期記憶から「記憶固定化」のプロセスを経て安定な長期記憶へと移行する。さらに、記憶が想起されると、短期記憶と同様に不安定な状態に戻り、再び安定化されて貯蔵されるためには、固定化と類似した「再固定化」が必要とされる。また、恐怖記憶の場合、記憶が想起される時間が長くなると、恐怖記憶を軽減する「消去」が誘導される。現在、世界的にも、ヒトと動物の恐怖記憶制御基盤は共通していると捉えられており、PTSD発症と恐怖記憶制御の破綻の関連性が指摘されている。さらに、動物を対象とした恐怖記憶研究から得られた成果がヒト対象の研究に即座に応用されるなど、ヒトと動物研究の距離が比較的に近い。以上の背景から、我々は、恐怖条件付け文脈課題及び受動的回避反応課題を用いて、想起後の恐怖記憶制御プロセスの意義とそのメカニズムの解析を進めている。これまでに世界的に用いられていたパブロフ型の恐怖条件付けでは、恐怖記憶を想起すると、恐怖記憶の消去が容易に誘導されてしまうため、恐怖記憶再固定化の本来の意義が隠されてしまっていた。そこで、この欠点を解消するために、我々は、受動的回避反応課題を用いて、消去が誘導され得ない条件下で恐怖記憶を想起させることで、再固定化の意義とメカニズムの解明を試みた。具体的には、受動的回避反応課題ではマウスが明箱から暗箱に移動すると電気ショックを受け、暗箱に対する恐怖記憶を形成する。従って、マウスを再度明箱に入れた場合には、恐怖記憶は想起されるものの、恐怖記憶消去は誘導されず、暗箱に移動して、電気ショックを受けない場合にのみ消去が誘導される。このように、この課題では、再固定化と消去を区別して解析できるメリットがある。我々は、受動的回避反応課題では、マウスを明箱に戻して、記憶再固定化を誘導すると海馬、扁桃体、前頭前野における遺伝子発現を経て恐怖記憶が強化されることを示し、さらに、この記憶増強の分子機構の解明を進めている。本研究で確立した、恐怖記憶を思い出すだけで、恐怖が増強されるマウスモデルは、PTSD発症の新規モデルであり、PTSD発症予防や治療方法確立に貢献できると考えている。
S14-3
精神疾患のマイクロエンドフェノタイプとしての微細な脳組織構築の異常
久保 健一郎1,石井 一裕1,遠藤 俊裕2,ベナー 聖子2,永井 拓3,しゃん うぇい3,出口 貴美子1,井上 健4,山田 清文3,遠山 千春2,掛山 正心2,5,仲嶋 一範1
慶應大・医・解剖1,東京大院・医・疾患生命工学セ・健康環境医工学2,名大医学研究科医療薬学・附属病院薬剤部3,NICP、NCNP、疾病研究第二部4,長崎大・医・生理25

Abnormal brain cytoarchitecture has been pointed out as one of the micro-endophenotypes of neuropsychiatric disorders, such as schizophrenia and autism. Abnormal brain cytoarchitecture is suggestive of the deficits during brain development, and since genetic and/or environmental factors increase the susceptibility to neuropsychiatric disorders, genetic and/or environmental factors might affect brain development to result in abnormal brain cytoarchitecture, but their influence on brain cytoarchitecture is not completely understood. To analyze the etiological mechanisms of genetic and environmental factors in detail, we have investigated their effects on the development of brain cytoarchitecture. The results suggested that both of genetic and environmental factors affect neurodevelopment and result in the maldevelopment of brain cytoarchitecture. In addition, to reveal the pathological mechanism of the abnormal brain cytoarchitecture, we have generated mouse models with ectopic neurons by the in utero electroporation technique. We performed behavioral analyses at postnatal stages to examine neuropsychiatric functions of mice with ectopic neurons. The mice with ectopic neurons showed abnormal behaviors that were thought to be mediated by hypo-activation of the prefrontal cortex. Based on these observations, the relationship between the abnormal brain cytoarchitecture and the emergence of neuropsychiatric disorders will be discussed.
S14-4
統合失調症の大脳皮質パルブアルブミンニューロンにおけるカリウムチャネル遺伝子発現
橋本 隆紀
金沢大院・医・脳情報病態学(精神医学)

統合失調症の認知機能障害には、大脳皮質における情報処理の低下が関与する。大脳皮質では、パルブアルブミン(parvalbumin、PV)を発現する抑制性ニューロン(PVニューロン)が周囲のニューロンに抑制性シナプスを形成し、それらの活動を同期させることで情報処理の効率化に貢献している。脳波や脳磁図により記録されるγオシレーションと呼ばれる周期的脳活動は、PVニューロンにより形成される同期性を持ったニューロン活動を反映している。統合失調症患者ではγオシレーションの異常が多く報告されており、死後脳解析からはPVニューロンにおける抑制性伝達物質GABAの合成酵素の発現低下などが明らかになっている。すなわち、PVニューロンの機能変化が認知機能障害の神経回路メカニズムの一つと考えられる。KCNS3は、ヒトの大脳皮質でPVニューロンに極めて選択的に発現する遺伝子であり、電位依存性カリウムチャネルサブユニットをコードする。γオシレーションの形成には、PVニューロンにおける速く短い興奮性シナプス伝達が役立っていると考えられるが、KCNS3サブユニットを含むカリウムチャネルは、樹状突起に存在し、興奮性シナプス電位で活性化され、その持続時間を短くすることができる。すなわち、KCNS3遺伝子は、PVニューロンによるγオシレーションの形成を促進することで、認知機能に貢献していると考えられる。統合失調症の前頭前野ではKCNS3 mRNAの発現に有意な低下が存在した。さらに、PVニューロンでは、KCNS3 mRNAの低下に加えて、KCNS3と共にカリウムチャネルを形成するKCNB1サブユニットのmRNA発現にも低下傾向が認められた。また、PVニューロンにおけるKCNS3 mRNAとKCNB1 mRNAの発現には相関が認められた。これらの所見は、PVニューロンにおけるKCNS3/KCNB1チャネルの減少を示している。統合失調症のPVニューロンでは、このチャネルの減少により興奮性シナプス伝達の持続時間が延長し、γオシレーションの形成に異常が生じ、認知機能障害に結びついていると考えられる。
S14-5
シナプス保護の観点より見た統合失調症の病態進行への洞察
林(高木) 朗子
東京大院・医・構造生理部門

シナプスは神経回路の最小単位であり、その適切な形成および可塑性が正常な神経回路の基盤である。興味深い事に、グルタミン酸作動性シナプスの異常が各種精神疾患の病態生理として示唆されており、人類遺伝学、死後脳研究、SPECTやMRS等の患者由来脳画像研究、薬理学的所見など多岐にわたる強固なエビデンスが日々報告されている。しかしながら、どのような病態がシナプスレベルで進行していくのかを生きたままの脳で観察することはヒト研究はおろか、動物モデルですら不可能であった。ところが昨今の日進月歩の目覚ましいイメージング技術の発展、とりわけ2光子顕微鏡の発達に伴い、生体脳を比較的非侵襲的にin vivoで繰り返しイメージングすることが可能になった。本シンポジウムでは、前頭前野特異的なDISC1ノックダウンモデルのin vivo 2光子励起シナプスイメージングを行い、疾患モデルマウスのシナプス病態がどのように進行するかを示し、また同モデル動物の行動解析の結果を紹介する。さらにこれらのシナプス病態を予防出来る化合物スクリーニングした結果、DISC1の下流分子をして知られているPAKの阻害効果を有する低分子化合物を見出した。同化合物をマウスの思春期に相当する時期に投与すると、過剰なシナプスの刈り込み現象が予防され、統合失調症様症状の一つである感覚運動情報制御機能の障害も予防された(Hayashi-Takagi A,PNAS,in press)。これまでの統合失調症の創薬はドーパミン遮断薬を中心とした開発がすすめられてきたが、その効果は限定的であった。PAK阻害剤は各種がんに対する治験がすでに進行しており、正常の細胞機能に対する影響が少ない安全性の高い薬剤であることが示されつつある。シナプス保護という新観点より見た統合失調症治療戦略、特に早期介入による治療効果について考察する。