TOPシンポジウム
 
シンポジウム15
酸化ストレス・炎症と精神疾患
S15-1
カルボニルストレス代謝障害と統合失調症
新井 誠1,宮下 光弘1,2,小堀 晶子1,堀内 泰江1,畠山 幸子1,鳥海 和也1
東京都医学総合研究所 統合失調症・うつ病プロジェクト1,信州大学医学部精神医学講座2

統合失調症の非均一性の背景には遺伝と環境因の量的・質的な違いが脳内、末梢における代謝システムへ影響を及ぼしている可能性ある。我々は、DSM-IVで統合失調症の診断基準を満たす45名と健常者61名を対象にしてカルボニルストレスを解析した結果、統合失調症患者では終末糖化産物(AGEs)のひとつであるペントシジンが、健常者のおよそ1.7倍にまで達していることを明らかにした。また、統合失調症患者156例および健常者221例の末梢血を利用した再検討においても、統合失調症の11.8%でカルボニルストレスを認めた。一方、健常者群ではわずか0.01%であった。カルボニルストレスを呈する患者の臨床特徴について、163名の統合失調症患者をカルテ調査と統合失調症の精神症状評価尺度であるPANSSを実施して臨床特徴を比較検討した結果、カルボニルストレスを呈する患者群では、非カルボニルストレス群と比較して、入院患者の割合が高く、入院期間が4.2倍と長期であること、さらに、PANSSの総合計スコア、陽性症状スコア、総合精神病理スコアにおいて、ビタミンB6が独立した相関因子であることを見出した。現在、我々は、統合失調症患者においてカルボニルストレス代謝に関わる幾つかの分子の変動を明らかにしつつある。AGEsは、主にAGEs受容体(RAGE)に結合し、ミクログリアの活性化、NF-κBを主体とした炎症反応、サイトカイン放出あるいはレドックス関連遺伝子の発現変化などを惹起する。このAGEs-RAGE系は、カルボニルストレスを制御する重要なパスウェイと考えられる。末梢血中でのAGEs蓄積が認められた統合失調症では、末梢ばかりでなく脳内においてもAGEsとRAGE経路の暴露が生じ、カルボニルストレスを助長している可能性も推測され、現在、カルボニルストレスの脳内局在化とAGEs-RAGE経路を介したシグナリングがどのような関連性があるのか、また、その分子基盤についても継続した検討を進めている。本学会当日は、カルボニルストレス性統合失調症の生物学的研究から見えてきた分子基盤に基づく、早期診断、治療、予防に向けた我々の取り組みについても紹介したい。
S15-2
免疫系と精神疾患―BDNFと細胞内Ca2+シグナリングの関与―
溝口 義人,門司 晃
佐賀大学医学部精神医学講座

糖尿病、ガン、心血管疾患などの身体疾患、肥満など生活習慣病、うつ病をはじめとする精神疾患にはいずれも慢性炎症が病態に関連すると示唆される。心身相互に影響する共通の分子機序として、免疫系の関与が重要であるが、精神疾患の病態においては脳内ミクログリア活性化が重要な位置を占める。ミクログリアの生理的機能を解明しつつ、向精神薬の効果を検討していくことは今後も重要であるが、うつ病を含む各精神疾患の病態仮説に関わるBDNFおよび向精神薬のミクログリア活性化制御機序には細胞内Ca2+シグナリングが関与すると考えられる。当日は慢性炎症とうつ病、その他炎症関連疾患における免疫系の関与について触れ、ミクログリア制御機序に関する実験結果を報告したい。
S15-3
糖酸化依存的な蛋白変性マーカーとしてのAGEsの検出
永井 竜児
東海大学農学部バイオサイエンス学科食品生体調節学研究室

アミノ酸と還元糖の縮合反応であるメイラード反応が食品化学の分野で報告されておよそ100年が経過する。本反応は生体内では主にグルコースと蛋白からゆっくりと進行すると考えられ、実際、前期生成物の一つであるヘモグロビンA1cは、過去1-2ヶ月の血糖値を反映する糖尿病のマーカーとして世界中で測定されている。その後、アマドリ転位物は酸化や脱水反応などによって後期生成物AGEsに変化する。AGEsは加齢に伴って生体に蓄積するが、糖尿病合併症をはじめとする生活習慣病の発症でさらに蓄積が増加し、生体タンパクに障害を与える。つまり、ATP産生になくてはならない炭水化物が、その代謝に異常をきたすと生体に悪影響を及ぼす反応が進行する。また最近の研究からAGEsは解糖系、脂質過酸化、炎症反応などから生成する中間体カルボニルによって迅速に生成することも明らかとなっている。以前より、アルツハイマー病の老人斑にはAGEsが蓄積していることが知られている。最近、糸川らのグループ(Arai M et al. Arch Gen Psychiatry 67(6):589-597, 2010)は、家族性統合失調症の患者で血中ペントシジン値が上昇していることを報告し、統合失調症をはじめとする精神疾患とAGEsの関連が改めて注目されるようになった。しかしながら、各AGEsの安定性や物理化学的特性が異なるため、生体におけるAGEsの正確な定量は依然として困難である。これに関連して、具体的なAGEs構造と病態との関係は余り明らかとなっていない。今回の発表では、蛋白のAGEs化に伴う蛋白の変性、加齢関連疾患のマーカーとしての可能性、AGEs生成阻害化合物(Nagai R et al. Amino Acids 46(2):261-266, 2014)について紹介したい。
S15-4
酸化的ストレス・炎症からみた精神疾患発症予防の可能性
橋本 謙二
千葉大学・社会精神・病態解析

近年の多くの研究から、酸化的ストレスや炎症が、統合失調症を含む多くの精神疾患の病態に深く関わっていることが知られている。一方、統合失調症の認知機能障害は、この疾患の中核症状であり、発症前から観察されることがメタ解析からも明らかになっている。この事は統合失調症の発症前の認知機能障害を治療することにより、精神病の発症を抑制できる可能性を示唆している。これまで我々は、抗酸化作用、抗炎症作用を有する化合物スルフォラファン(野菜に含まれる安全な化合物)が、覚せい剤やNMDA受容体拮抗薬PCP投与による行動異常を抑制することを報告してきた。また最近、スルフォラファンが、PCPの投与による認知機能障害を治療・予防することを見出した。今回、スルフォラファンの統合失調症の発症予防の可能性について考察したい。