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シンポジウム17
脳機能画像研究の精神・神経疾患への応用
S17-1
MRIによる脳構造・機能と精神・神経疾患
松田 博史
国立精神・神経医用研究センター脳病態統合イメージングセンター

 生体の詳細な脳構造の体積測定は精神神経疾患の早期診断や鑑別診断、および進行度評価に必須の診断法となりつつある。この体積測法として最も良く用いられている画像は、間隙のない1mmぐらいの薄いスライス厚で撮像された3次元のT1強調のMRIである。この画像を統計学的に解析する方法としてVoxel-based morphometry(VBM)が広く普及している。VBMの有用性が期待される精神疾患として、大うつ病が挙げられる。過去の23論文での986症例からのメタアナリシスでは吻側の前部帯状回に限局性萎縮がみられるとされている。うつ状態の重症度とこの領域の萎縮程度に関連は見られないとする報告が多い。吻側の前部帯状回は実行抑制、悲しみの誘導、および否定的感情の処理などに関連する。高齢者うつ病は認知症との鑑別が重要であるが、うつ病から認知症への移行も少なくなく、また認知症においてもうつ症状がみられる。高齢者のうつは、アルツハイマー型認知症や血管性認知症と相互に関連した病態と考えられており、症状のみから、うつ病と認知症を鑑別することはしばしば困難であることからもVBMが期待される。このように、吻側の前部帯状回の体積低下の検出は大うつ病への脆弱性を示す生物学的マーカとなりうる可能性を秘めており、多施設での今後の検討が望まれる。MRIは、構造ばかりでなく精神・神経疾患の脳機能イメージングとしてもその有用性が確立されつつある。特に、造影剤を用いることなく脳血流を連続的に測定することが可能なArterial Spin Labeling(ASL)は高い信号対雑音比の得られる3T MRI装置の普及とともに広く用いられるようになりつつある。このASLは、賦活部位や機能連結を評価するBlood Oxygen Level Dependent法とは異なり脳血流像そのものを得ることができることから、PETやSPECTに準じた解析を行うことができる。ASLは種々の精神・神経疾患に対する治療効果を判定する目的として有用性が高い。本シンポジウムでは、これらのMRIによる構造・機能研究におけるわれわれの経験を述べる。
S17-2
神経メラニンMRIと精神・神経疾患
佐々木 真理
岩手医科大学 医歯薬総合研究所 超高磁場MRI診断・病態研究部門

神経メラニンは黒質緻密部ドパミン作動性神経細胞と青斑核ノルアドレナリン作動性神経細胞にほぼ限局して存在する黒色色素である。神経メラニンは金属との結合時にT1短縮効果を持つが、従来のMRIでは描出することはできなかった。我々は、3TeslaによるFSE法T1強調画像ではT1延長や磁化移動効果増強による脳組織信号低下のため神経メラニン由来の高信号を描出できることを見出し、神経メラニンイメージング法として提唱している。従来のMRIでParkinson病の主病変である黒質緻密部や青斑核の変性を捉えることは難しかったが、本手法を用いることで、同部の神経メラニン由来信号の低下として直接描出することが可能となった。黒質緻密部外側部や青斑核の信号はParkinson病早期から低下し、多系統萎縮症や進行性核上性麻痺など類縁疾患との鑑別の一助となりうる。また、軽度認知障害においても青斑核の信号低下を認め、早期認知症の補助診断法としても期待できる。精神疾患では、うつ病において青斑核の不明瞭化、統合失調症では黒質緻密部の明瞭化を認め、精神疾患におけるノルアドレナリン系・ドパミン系の機能異常を反映する所見と考えられる。最近では3D撮像法や定量解析法も登場し、中脳腹側被蓋野の描出も可能になりつつある。神経メラニンMRIは精神・神経疾患における脳幹モノアミン系の形態・機能解析法として有望と思われる。
S17-3
脳機能画像研究の精神・神経疾患への応用『精神・神経疾患の脳代謝』
石井 一成
近畿大学放射線医学教室放射線診断学部門

神経細胞はグルコースをエネルギー源としており、このグルコース代謝を脳機能画像としてin vivoで測定できるのがF-18で標識したフルオロデオキシグルコース(18F-FDG)によるポジトロン断層撮影(PET)である。FDGは脳組織内でhexokinaseによってリン酸化をうけFDG-6リン酸になった後は代謝されずに細胞内に留まる。これをPETにて撮像することにより脳糖代謝画像を得ることができる。ここでは認知症の中で最も多いアルツハイマー病(AD)、変性性認知症ではADについで多いレビー小体型認知症(DLB)についてFDG-PETによる局所脳代謝について早期診断・鑑別診断における有用性について述べる。1.PETによる画像解析法の発展最初、H215O-PETによる脳賦活試験の解析用に開発された画像統計解析法が発展し、大きさ・形の違った個々人の脳を定位脳座標の標準脳に合わせこむことにより、ボクセル毎に統計を行って群間比較を行うことにより疾患に特徴的な代謝低下部位を提示することができる。2.ADの局所脳糖代謝従来、ADの初期の段階では両側頭頂側頭連合野の糖代謝低下が指摘されていたが、前述の画像統計解析法を使用した解析によりADでは比較的早い段階から後部帯状回・楔前部の糖代謝が低下していることが判明し、これらの所見がADの診断に用いられている。また軽度認知症(mild cognitive disorders:MCI)の段階で上記の所見がみられればADの前駆段階MCI due to ADである可能性が高いと言える。3.DLBの局所脳糖代謝DLBにおける局所脳代謝低下部位はADの低下パターンと非常によく似ている。すなわちADで低下する頭頂側頭連合野、前頭連合野、後部帯状回・楔前部で代謝低下がみられ、小脳、線条体、視床、一次感覚運動野の代謝は比較的保たれる。しかしDLBがADと大きく違う点は後頭葉の糖代謝が低下する点である。またDLBでは認知機能障害の程度がさほど強くないにもかかわらず、広範囲に糖代謝が低下するのは特徴的である。
S17-4
神経伝達と精神・神経疾患
平野 成樹1,2
放射線医学総合研究所分子イメージング研究センター分子神経イメージング研究プログラム1,千葉大学大学院医学研究院神経内科学2

脳PETを用いることで、モノアミンやアセチルコリンの神経伝達機能をin vivoで調べることが可能である。ここでは主にドパミンとアセチルコリン神経系の画像研究について神経変性疾患をモデルに概説する。ドパミン神経系は運動のみならず報酬、運動学習、気分、睡眠、意欲、感覚にも関連し、広く画像研究の対象とされている。パーキンソン病やレヴィー小体型認知症では、本年より臨床使用が開始となったSPECT用のドパミントランスポーターイメージング剤が、臨床診断にも用いられるようになった。PET用イメージング製剤としては、同じドパミン節前神経画像でも、ドパミントランスポーターだけでなく、芳香族アミノ酸脱炭酸酵素、小胞性モノアミントランスポーターなど異なった部位と結合するイメージング剤があり、パーキンソン病などでそれぞれ異なる情報を提供する。アセチルコリン神経系は記憶のみならず、注意、睡眠、遂行機能、歩行などの機能と関連していると考えられている。アセチルコリンエステラーゼ(AChE)はアセチルコリン節前神経のシナプス膜上に多く存在すると考えられている。[11C]MP4Aおよび[11C]MP4Pは、AChEの局所活性を定量できる放射線性トレーサーであり、これらを用いることで、アルツハイマー病やパーキンソン病およびその関連疾患のコリン神経機能の病態や役割を知ることができる。大脳皮質AChE活性は前脳基底部に存在するマイネルト基底核より広く大脳皮質に投射されるアセチルコリン神経系機能を反映しており、遂行機能などの認知機能と関連している。PETを用いた研究で、大脳皮質のAChE活性は、アルツハイマー病においては発症年齢が若い群が高い群よりも低く、レヴィー小体型認知症ではアルツハイマー病よりも強く障害されていることが分かった。視床のAChE活性は橋脚被蓋核などの脳幹からの上行性コリン神経系の機能を反映し、歩行と関連すると考えられている。精神・神経疾患での神経伝達物質の評価は、薬物の効果予測や病態を説明するのに有効であり、今後も神経伝達物質画像研究の発展が日常臨床の向上への礎となることが期待される。
S17-5
異常蓄積タンパクと精神・神経疾患
島田 斉
放射線医学総合研究所 分子イメージング研究センター 分子神経イメージング研究プログラム

神経変性疾患においては、脳内にβアミロイドタンパク(Aβ)、過剰リン酸化タウタンパク、α-シヌクレイン、TDP-43など様々な異常タンパクの蓄積がみられる。これらの異常蓄積タンパクは、神経病態カスケードの中核をなすものと考えられているが、近年生体内の異常蓄積タンパクを可視化する神経病理イメージングは、病態研究や創薬研究において欠かすことが出来ない基幹技術のひとつとなってきている。病理イメージングの中でも、生体内でAβを可視化するアミロイドイメージングは、約10年前に実用的なPETリガンドである[11C]PIBを用いたヒトでの初めての報告がなされて以降、アルツハイマー病を中心とする認知症研究を力強く牽引する原動力となったのは周知の事実である。アミロイドイメージングの登場により、アルツハイマー病の診断基準が27年ぶりに改訂されるに至り、創薬分野においても、被験者の組み入れや治療評価判定などに用いられるようになった。さらに半減期が長く、デリバリーが可能な18F標識のアミロイドPETリガンドが、国内外で医薬品としての使用が承認されたことで、初期にはその適用範囲は限定的であるとしても、日常臨床の場にアミロイドイメージングが登場する日も遠くはないと予想される。最近になって実用的な技術が登場した、過剰リン酸化タウの異常蓄積を可視化するタウイメージングは、現在最も注目を集める画像技術の一つである。アルツハイマー病のみならず、Aβ蓄積を認めない非アルツハイマー病性の認知症においても、脳内にタウタンパク病変を認める疾患は少なくない。さらに単発ないしは反復性の外傷を契機として、後に様々な精神神経症候を呈する慢性外傷性脳症においても、タウタンパク病変が神経障害に密接に関与する一群があると想定されている。タウイメージングは、タウタンパク病変が神経障害に関与する疾患群の病態カスケードの解明や、タウタンパク病変を標的とする新規治療薬の開発を促進し得る技術として、大いに期待される。本講演では、既述のアミロイドイメージングとタウイメージングを中心に、神経病理イメージングの現状を俯瞰し、将来の精神・神経疾患への応用に関する展望を述べる。