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シンポジウム24
放射線神経生物学の夜明け
S24-1
神経膠芽腫細胞を用いた研究から明らかになった放射線誘発バイスタンダー応答と適応応答のメカニズム
松本 英樹
福井大・高エネ研セ・がん病態制御治療

平成23年3月11日午後2時46分、三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の東日本大地震が起き、その直後巨大津波が東北地方の太平洋沿岸を襲い、そして福島第一原子力発電所の事故が発生した。たび重なる水素爆発により放射性物質が放出され、福島県内はヨウ素131・セシウム134・セシウム137で汚染された。今日本は、原発事故という初めての経験、そして原発事故処理および除染という初めての課題に直面している。
現在、低線量放射線のリスクは、しきい値を有しない直線(LNT)モデルに従って高線量放射線のリスクの外挿によって評価されている。しかしながらヒトを含めた生物は、低線量放射線に対して高線量放射線に対するものとは異なった応答をすることが明らかにされてきている。その低線量放射線に対して生物が示す特異的な応答様式が、「放射線適応応答」、「遺伝的不安定性」、「低線量放射線超感受性」、および「バイスタンダー応答」である。予めの低線量放射線被ばくによって誘導される放射線障害の軽減応答(一過性の放射線抵抗性の獲得)が「放射線適応応答」であり、放射線が通過した細胞(標的細胞)の近傍に存在する全く放射線が通過していない細胞(バイスタンダー細胞)において誘発される応答が「放射線誘発バイスタンダー応答」である。
今回の講演では、神経膠芽腫細胞を用いた研究から明らかになった放射線誘発バイスタンダー応答および放射線適応応答のメカニズムに関する知見、特にそれらのメカニズムに神経伝達物質の一つでもある一酸化窒素(NO)が関与していることを紹介する。
S24-2
放射線と脳の発達―DNA修復異常疾患からの知見―
榎戸 靖
愛知県心身障害者コロニー・発達障害研究所・病理学部・運動障害病理研究室

放射線が脳の発達や機能に多大な影響を及ぼす事が古くから知られるが、そのメカニズムには未だ明らかでない点が多い。こうした中、放射線障害の主たる原因とされるDNAダメージの蓄積やその修復機構の異常が、脳の発達や機能、老化、細胞死を制御する様々な遺伝子の発現変化をもたらし、神経疾患の直接的あるいは間接的な原因となる事が明らかとなりつつある。例えば、色素性乾皮症(Xeroderma pigmentosum)や毛細血管拡張性運動失調症(Ataxia telangiectasia)などのヒト遺伝性疾患では、紫外線や放射線に対する高感受性や高頻度の発ガンに加え、小頭症や精神発達遅滞、神経変性など、放射線障害でみられる典型的な神経症状を示すことが知られている。今回、DNAダメージ応答/修復関連遺伝子の異常で生じる神経症状の分子メカニズムについて最近の知見を紹介し、脳神経系に備わるDNA修復機構のユニークな特徴およびそれらの異常がもたらすヒト疾患の病態メカニズムを概説する。これらは、放射線で生じたDNAダメージが、脳の一生を通じてどのような影響を及ぼすかを分子レベルで理解する上で役立つのみならず、DNAダメージが関与する神経疾患の発症機構ならびにその治療法の開発にとっても重要な手がかりとなると考えられる。
S24-3
放射線による恐怖条件付とシナプスタンパク質への時間依存的影響
小金澤 紀子1,Puspitasari Anggraeini1,児島 伸彦1,2,磯野 真由3,吉田 由香里3,白尾 智明1
群馬大学大学院医学系研究科神経薬理学1,東洋大学生命科学部生命科学科分子神経生物学2,群馬大学重粒子医学研究センター医学生物学部門3

放射線療法は頭頸部腫瘍のような切除術により著しく生活の質の低下を生じる疾患では第一選択とされることが多い。しかし頭部への放射線療法では認知機能の低下が見られることが報告されている。それにもかかわらずその障害メカニズムは不明な点が多く、これまでの研究報告では細胞死に着目したものがほとんどであった。我々はin vitro系でX線照射による脳神経細胞への影響を解析しており、X線照射により培養細胞のスパイン密度が低下することやその形態が変化することを報告している。さらに、アクチン線維結合タンパク質であるドレブリンをシナプス機能の指標として用い、X線照射によりその集積具合が変化することをも報告している。そこで本研究では細胞レベルでの放射線照射の影響をシナプスタンパク質の局在で解析し、個体レベルでの影響を恐怖条件付を用いた行動実験で解析した。それぞれ解析結果を時系列的に比較することで、放射線照射による障害、特に急性の記憶障害の神経基盤を解明することを目指した。in vitro系においては培養神経細胞をX線照射後2時間、8時間、24時間で固定し、免疫細胞化学的手法を用いてシナプスタンパク質の集積を解析した。その結果、ドレブリンが集積しているクラスター数は8時間後で減少するが、24時間後には元のレベルまで戻っていた。一方、シナプス前部のマーカーであるシナプシンIは8時間後と24時間後でクラスター数が減少したままであった。行動実験ではX線照射後7時間、24時間で恐怖条件付を行い、その24時間後と48時間後にそれぞれ文脈と音の再提示を行った。X線照射後7時間で条件付を行った動物群では文脈と音の再提示に対してすくみ反応を見せず、条件付が成立していなかった。しかし、照射後24時間で条件付を行った動物群では条件付が成立していた。以上の事からX線照射によるドレブリンの集積変化が記憶障害の基盤にあることが示唆された。加えて近年、より副作用の少ない重粒子線治療に注目が集まっていることから、本研究ではX線照射だけでなく重粒子線照射による影響も解析を行っており、その結果についても紹介する。
S24-4
多形性性膠芽腫に対する陽子線治療
坪井 康次
筑波大学医学医療系陽子線医学利用研究センター

【背景】多形性膠芽腫(GBM)は極めて予後不良である。最大限の摘出、60 Gy/30fracのX線治療、Temozolomide併用が標準的治療とされているが、ほぼ全例が再発する。我々はGBMに対してX線と陽子線を用いて高線量過分割追加照射を行ってきたが、今回その長期生存症例の解析を行った。【方法】対象は、23例のGBM症例(男13例、女10例)で、平均年齢は56歳(31-76歳)である。午前中にT2-high領域へ50.4 Gy/28fracのX線照射を行い、6時間以上後にGd増強領域へ46.2 GyE/28fracの陽子線ブーストを行った。ACNUまたはTZMを同時併用した。【成績】追跡期間の中央値70.9ヶ月で6例が生存しており、全例に放射線壊死が出現した。5例にNecrotomyが行われ、さらに2例では術後にベバシズマブが投与された。また、1例は治療から7年経過した時点で腫瘍の再発を認め、摘出術が行われた。これら長期生存者6例の最終追跡時点でのKPSは、治療前の状態と比較して10-30%減少したが、放射線壊死は制御されており、7年目に再発を認めた1例を除き、再入院することなく同レベルのKPSを維持していた。【結論】腫瘍浸潤範囲を高線量領域に含むことができれば、96.6GyEによりGBMは制御できる可能性が示唆された。また、高線量照射部位では放射線壊死は避けられないが、陽子線を用いることにより周囲の脳組織を温存できる可能性も示された。
S24-5
中枢神経系への放射線照射によって生じる高次機能障害の評価及び予防法
石内 勝吾
琉球大学大学院医学研究科脳神経外科

琉球大学では、悪性グリオーマの放射線治療抵抗性の克服を目的に高気圧酸素療法(Hyperbaric Oxygenation Therapy:HBO)を併用した臨床第II相試験を施行している(中間報告Int. J.Radiation Oncology Biol.Phys. 2011)。HBO併用治療による安全性は確立しているものの、高次脳機能に対する影響は不明である。近年、放射線による高次脳機能障害の原因として、海馬歯状回の神経新生能との関連が示唆されている(Monjeら。Nature Med.2002, Science 2003)。本研究では、HBO併用放射線化学療法施行患者の海馬神経新生能および高次脳機能に着目しGBM22例GIII 18例を対象に海馬機能をfMRI、神経心理学的検査およびDTI画像にて健側大脳superior longitudinal fasciculusのFA、DA値を手術前、手術後、治療終了時に評価した。半数の20例ではmemantineによるneuromodulationを併用し非併用群と比較検討した。全例で放射線(照射線量22.7±18.3Gy;from 10 to 60Gy)により海馬神経新生能が抑制された。fMRIによる海馬機能検査ではmemantine併用群では併用直後から回復傾向を示し治療終了後には正常化しBOLD信号もnegative BOLDからnormal patternへ変化した。照射群のFA値は非照射control群より低下しmemantine併用群は非併用群より有意にFA高値でかつDA値が低値であった。神経心理額的検査では手術後に一時的に悪化したが治療終了後には回復しviso-motor codinationは術前より改善しこの回復はmemantine併用有無は関与しなかった。NMDA受容体拮抗薬がヒトにおいても海馬新生能の改善だけでなく白質線維の修復に関与することが示唆され今後ランダム化第III相試験を準備している。