TOPシンポジウム
 
シンポジウム26
神経系細胞と血管系細胞の相互作用
S26-1
個体発生における神経-血管相互作用
高橋 淑子
京都大学院・理・動物

 近年の研究により、成体内における神経-血管ネットワークの相互作用に関する理解が進んでいる。神経―血管相互作用にもっとも深く関わる神経系に、交感神経系がある。交感神経と血管とのクロストークはどのように成立するのだろうか?私達は、末梢神経の幹細胞ともいわれる神経堤細胞(Neural Crest細胞、以下「NC細胞」)に注目し、この謎に取り組んできた。初期発生過程において、NC細胞由来の交感神経節前駆細胞は、それらが神経管から遊走を開始したのち腹側へと移動し、背側大動脈へとたどり着く。背側大動脈とは、胚体内に作られる最初の血管組織の一つであり、体幹部の正中線に沿って走る。背側大動脈がNC細胞/交感神経節前駆細胞の形成に及ぼす影響を知るために、移植実験や胚内NC細胞へのDNAエレクトロポレーションなどを、主にトリ胚を用いて行った。結果、背側大動脈がNC細胞の移動をダイナミックに制御することがわかった。このとき、背側大動脈内に発現するBMPが中心的な役割を担う。BMPの作用によって、大動脈周囲のケモカイン(SDF1)やNeuregulin1の発現パターンが規定され、その結果としてNC細胞はこれらの分泌因子に誘引されるのである。背側大動脈にたどり着いた交感神経節細胞群のうち、一部の細胞はさらに移動を続け、少し離れた場所で副腎髄質をつくる。このステップにおいても背側大動脈からのシグナルは重要であり、BMPによってNeuregulin1の発現が規定され、このパターンに沿って副腎髄質前駆体が移動する。NC細胞の形態形成を制御する血管性シグナルのダイナミックな作用機構がみえてきた。
S26-2
脳微小血管内皮細胞によるオリゴデンドロサイト前駆細胞の制御
石崎 泰樹1,飯島 圭哉2,Sandra Puentes2,倉知 正1,成瀬 雅衣1,柴崎 貢志1,今井 英明3,好本 裕平2,三國 雅彦4
群馬大院・医・分子細胞生物学1,群馬大院・医・脳神経外科学2,東京大院・医・脳神経外科3,群馬大院・医・神経精神医学4

エンドセリン(ET-1)注射により誘導したラット白質(内包)梗塞巣に、ラット大脳から調製した脳微小血管内皮細胞(MVECs)を移植したところ、脱髄部位の再髄鞘化が促進され、運動機能の改善も認められた。その分子・細胞基盤を明らかにする目的で、in vivoでのオリゴデンドロサイト細胞系譜の動態を解析すると共に、in vitroで脳微小血管内皮細胞がオリゴデンドロサイト前駆細胞(OPCs)に及ぼす効果を解析した。ET-1注射後、MRIで内包梗塞体積の変化を追跡したところ、対照群に比べてMVECs移植群で有意に梗塞体積が減少することが明らかになった。またMVECs移植後、経時的に脳を灌流固定し、オリゴデンドロサイト細胞系譜の動態を解析したところ、対照群に比べてMVECs移植群では、内包梗塞巣周囲のOPCs(NG2陽性細胞)、オリゴデンドロサイト系譜細胞(olig2陽性細胞)、増殖オリゴデンドロサイト系譜細胞(Ki67/olig2二重陽性細胞)の数が有意に増加していた。また対照群に比べてMVECs移植群では、TUNEL陽性細胞の数が減少していることが明らかになった。成体ラット大脳より調製したMVECsの培養上清からエクソソームを抽出し、幼若SDラット大脳皮質から単離したOPCsの生存・増殖・遊走に及ぼす効果を検討した。エクソソーム存在下、OPCsの細胞死は対照群に比べて有意に抑制された。またエクソソーム存在下、多数のBrdU陽性細胞が認められた。さらにエクソソームの存在下、対照群と比較してOPCsの遊走能が促進されることが明らかになった。以上より、MVECsは内包梗塞巣周囲のOPCsを含むオリゴデンドロサイト系譜細胞の数を増加させることが明らかになった。この増加においてin vitroの実験で明らかになったMVECs由来のエクソソームのOPCsへの生存促進効果、増殖促進効果、遊走促進効果のうち、どの寄与が大きいかは今後の検討課題である。MVECs由来のエクソソームに含有される再髄鞘化促進分子を同定することにより、脱髄疾患に対する治療戦略構築が大きく前進することが期待される。
S26-3
Tsukushiによる脳神経幹・前駆細胞の制御
太田 訓正
熊本大院・生命科学研究部

We have been studying the molecular function of Tsukushi(TSK), which is a soluble molecule containing 12 leucine-rich repeats and belongs to the Small Leucine-Rich Proteoglycan family. TSK functions as a multiple signaling modulator at the extracellular region by regulating TGF-β, FGF, Notch, and Wnt signaling cascades. We have generated KO mice lacking TSK function and found that TSK inactivation results in expansion of the adult ciliary body and the increased proliferation of the retinal stem/progenitor cells in vitro. Biochemical assays and overexpression experiments in the retina suggested that these effects are dependent on the ability of TSK to modulate Wnt signaling by direct binding to Fzd 4 receptor. In the adult mouse brain, TSK is strongly expressed in the Subventricular Zone and Dentate Gyrus, where brain stem cells are located. Interestingly, TSK KO mouse showed the enlargement of Lateral Ventricule(LV). By immunochistochemical study, we found that TSK is expressed in the ependymal cell layer. BrdU labelling study showed that the number of BrdU-positive S phase cells is increased in TSK KO mouse brain. We observed the abnormal blood vessel formation along the LV and the enhanced the cell migration with aorta ring assay in TSK KO mouse. Taken together, we uncover a new crucial role for TSK in maintaining the growth and undifferentiated properties of neuronal stem/progenitor cells as a niche molecule.
S26-4
感覚神経系による骨代謝調節機構
福田 亨,竹田 秀
東京医科歯科大学細胞生理学分野

骨は運動器官・支持器官としての役割の他、リン・カルシウムの貯蔵器官としての機能を有する。また近年、骨自身がホルモンやタンパク類を分泌し、リン代謝や糖代謝等、全身の代謝調節にも役割を担っていることが報告されている。これらの機能を維持するため、骨は常に形成と破壊を繰り返しており(骨代謝)、このバランスはホルモンやビタミン、サイトカイン類によって調節されていること知られている。一方、レプチン欠損マウスでの骨量増加の発見により、従来から内分泌系を中心に考えられてきた骨代謝制御が、神経系によっても制御されていることが明らかとなり、神経系による骨代謝調節が注目されている。我々は、神経ネットワーク形成に重要な因子であるSemaphorin3A(Sema3A)の、骨代謝における機能を明らかにすべく、組織特異的Sema3A欠損マウスを用いた検討を行った。すると、神経特異的Sema3A欠損マウスにおいて、全身性Sema3A欠損マウスで認められる骨量減少が観察された。したがって、神経を由来とするSema3Aが骨に作用することが示唆された。また、神経特異的Sema3A欠損マウスの骨での神経形成を観察したところ、感覚神経の低形成が認められた。さらに、薬剤により野生型マウスの感覚神経形成を阻害したところ、骨量の低下が観察された。以上の結果より、骨に投射する感覚神経が正常な骨量維持に重要な役割を果たしていることを見出した。
S26-5
側脳室外側壁に局在する斑点状基底膜の分子的実体とその意義
関口 清俊
大阪大学 蛋白質研究所 細胞外マトリックス研究室

組織幹細胞がその機能を維持するためには、ニッチと呼ばれる特殊な微小環境が必要であると考えられている。成体脳の神経幹細胞は側脳室外側壁の脳室下帯や海馬の歯状回に存在することが知られているが、これらの領域において神経幹細胞のニッチがどのような細胞や分子で構築されているかは未だ不明の点が多く残されている。脳室下帯では、近傍に走行する血管が幹細胞ニッチとして働く可能性が指摘されている。また、毛細血管から上衣細胞に向けて伸びた細網基底膜構造が神経幹細胞のニッチとして機能する可能性がMarcierらにより提唱されている。この細網基底膜構造はフラクトンと呼ばれており、実際、側脳室の凍結切片を基底膜の主要構成分子であるラミニンやパールカンの抗体で染色すると、上衣細胞層に沿って斑点状の基底膜様構造が観察される。我々は基底膜蛋白質の約90%をカバーする抗体ライブラリを用いて成体脳の凍結切片を網羅的に染色し、側脳室の上衣細胞に沿って検出される斑点状構造物が血管基底膜に特徴的なラミニンα4を含まず、その一方で血管基底膜には検出されないラミニンα3を含むことを見いだした。これらの結果は側脳室外側壁のホールマウント染色によっても確認された。ホールマウント染色では、上衣細胞層の近傍に多数の斑点状構造物が観察されるが、この斑点状構造物と近傍の血管基底膜をつなぐ細網構造は高解像度での観察でも確認できない。これらの結果は、側脳室の上衣細胞層に散在する斑点状構造物が血管基底膜から延伸した細網構造の終末ではなく、上衣細胞あるいはその直下の神経幹細胞が構築する特殊な基底膜である可能性を強く示唆している。この点を確認するため、斑点状基底膜の主要成分であるラミニンα5の発現をGFAP陽性細胞特異的に欠失させたところ、斑点状基底膜でのラミニンα5の発現は著しく減少した。一方、血管内皮細胞特異的に欠失させた場合にはラミニンα5の発現は変化しなかった。以上の結果を踏まえて、斑点状基底膜構造が脳室下帯の神経幹細胞の足場としてニッチの役割を果たす可能性について議論したい。