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シンポジウム27
神経ペプチドや神経栄養因子の小胞輸送と精神神経疾患
S27-1
低分子量GTPase Rabファミリーによる有芯顆粒開口放出の制御機構
福田 光則
東北大院・生命・膜輸送機構解析

低分子量GTPase Rabファミリーは全ての真核生物に保存された小胞輸送の普遍的制御因子で、ヒトなどの高等哺乳動物では60種類以上の異なるアイソフォームが存在することが知られている。RabはGTPを結合した活性化型とGDPを結合した不活性化型の二つの状態をサイクルするスイッチ蛋白質で、活性化型の時に輸送すべき小胞上に局在し、特異的なエフェクター分子をリクルートすることにより小胞輸送を促進する。内分泌細胞の有芯顆粒からのホルモン分泌(有芯顆粒の開口放出)においても、Rabファミリーは重要な役割を果たすと考えられており、Rab3やRab27など幾つかのRabアイソフォームの関与が既に報告されている。我々はこれまで、副腎髄質クロマフィン細胞由来のPC12細胞を用いて、有芯顆粒に局在するRabファミリーの機能解析に取り組んで来た(Traffic 2013;14:949-963)。Rab3AやRab27AはSlp4-a、rabphilin、Noc2などのエフェクター分子を介して有芯顆粒の細胞膜へのドッキングやその開口放出を制御することが明らかになっている。最近、我々は有芯顆粒に局在する新たなRabアイソフォームとしてRab33Aを見出し、この分子が有芯顆粒上にオートファジー(自食)に必須の因子Atg16L1をリクルートすることを明らかにした。興味深いことに、Rab3AやRab27Aの機能阻害は刺激依存的なホルモン分泌(調節性分泌)のみに影響が認められるが、Rab33AやAtg16L1の機能阻害は刺激の無い状態でのホルモン分泌も抑制した(Mol. Biol. Cell 2012;23:3193-3202)。近年、Atg16L1は分泌異常を伴うクローン病(炎症性腸疾患の一種)の感受性遺伝子として報告されていることから、Rab33A-Atg16L1複合体は新たな分泌制御マシナリーとして機能する可能性が示唆される。本シンポジウムでは、これらの知見をもとにRab33Aによる有芯顆粒開口放出の制御機構について議論する。
S27-2
シナプス小胞内のプロトン動態
高森 茂雄
同志社大院・脳科学

After exocytotic release of neurotransmitter from synaptic vesicles(SVs), SVs are regenerated by endocytosis, re-acidified by the V-ATPase, and refilled with neurotransmitters by the respective vesicular transporters. Refilling of neurotransmitters critically depends on a proton electrochemical gradient(ΔμH+)generated by the V-ATPase, which consists of two components, the membrane potential(ΔΨ)and the pH gradient(ΔpH). Biochemical investigations using isolated SVs and reconstitution systems have revealed that relative contributions of ΔΨ and ΔpH to drive neurotransmitter transport vary depending on neurotransmitters. For instance, transport of glutamate is predominantly driven by ΔΨ, whereas that of GABA depends on both components without clear preference. However, little is known as to how the ΔμH+ is built up in vivo, and if it were different depending on neurotransmitter types. Furthermore, it has been controversial how Cl- affects glutamate transport and ΔμH+ in isolated SVs. To investigate how the proton motive force is built up under physiological circumstance in a neurotransmitter-specific manner, we established an improved method to monitor vesicular pH and proton flux into SVs. We found that(1)re-acidification of SVs takes longer than previously reported, (2)SVs exhibit large buffering capacity which enables glutamatergic SVs to accommodate~1,000 H+ during re-acidification, (3)GABAergic SVs has higher luminal pH and remarkably smaller buffering capacity compared to glutamatergic SVs, resulting in only ~5-fold less H+ influx. These parameters will be helpful for the mechanistic understandings of the proton-driven transmitter uptake into SVs.
S27-3
有芯顆粒を介したインスリン分泌動態の可視化
今泉 美佳,青柳 共太,岸本 拓磨,永松 信哉
杏林大学医学部生化学

インスリンは膵β細胞内の有芯分泌顆粒に貯蔵されており、グルコース刺激に応答して細胞外へ2相性に開口放出される。2型糖尿病ではこの分泌2相性が破綻し、第1相分泌の著しい低下を特徴とするインスリン分泌障害を呈するため、2相性インスリン開口放出機構の解明は2型糖尿病の成因解明のためにも解決すべき重要課題である。2相性インスリン分泌はインスリン分泌顆粒の細胞内輸送制御機構によってダイナミックに調節されており、単一顆粒レベルでの時空間的イメージング解析が強力な研究手段となる。私達は、インスリン分泌顆粒の光学的ラベルと全反射蛍光顕微鏡(Total internal reflection fluorescent microscopy:TIRFM)を用いた画像解析システムを用いて、グルコース刺激による2相性インスリン分泌における分泌顆粒の動態すなわち、顆粒の形質膜への供給、ドッキング、フュージョン/開口を時間的空間的に解析することに成功している。このシステムにより、1)インスリン分泌第1相は主にあらかじめ形質膜にドッキングしている顆粒(previously docked granules)からの放出であり、第2相は細胞内部に貯蔵されている顆粒(newcomer granules)からの放出により構成されていること、また、2)インスリン分泌第1相は形質膜蛋白質Syntaxin 1A依存性であり、第2相はSyntaxin 1A非依存性であることから、分泌第1相と第2相におけるインスリン開口放出は共通のメカニズムではなく、空間的にまた関与する分子が異なる機構であることを欠損マウスを用いて明らかにしてきた。本講演では、分泌第2相の分泌機構、また妊娠期でのインスリン分泌増加機構について解析を進めているので、合わせて報告したい。
S27-4
BDNFの分泌と自閉症
定方 哲史1,篠田 陽2,古市 貞一2
群馬大学 先端科学研究指導者育成ユニット1,東京理科大学理工学部応用生物科学科2

CAPS2(Ca2+-dependent activator protein for secretion 2)は、有芯小胞のトラフィッキング・分泌に関与するCAPS1のホモログであり、小脳においてBDNF(Brain-derived neurotrophic factor)を含む顆粒の分泌に関与していることなどが知られている。また、我々のヒト自閉症患者の血中におけるCAPS2の発現解析の結果から、自閉症患者特異的にCAPS2のexon 3がスキップしていることが明らかになってきた。我々は今回CAPS2 exon 3のみがスキップを起こす自閉症モデルマウスを作製した。CAPS2 exon 3スキップマウスの行動解析により、様々な自閉症様行動を示すことが分かってきた。1)オープンフィールドにおいて、新奇物体を置いたときに、行動量の低下や、新奇物体への接触の低下が見られた。2)高架式十字迷路において、不安が高進していた。3)回転かごにおいて、恒暗状態ではサーカディアンリズムが消失するケースが見られた。4)オープンフィールドを用いた社会性相互作用テストにおいて、社会性相互作用の低下が見られた。5)母マウスの哺育行動に異常が見られた。さらにこのマウスの細胞生物学的解析により、BDNFの分泌パターンの異常が示された。また、電気生理学的解析においては、paired-pulse facilitationに異常が見られた。以上より、このマウスはBDNF分泌の異常により自閉症様形質を示すことが明らかになった。
S27-5
神経ペプチドPACAPによる精神機能調節:創薬への展望
橋本 均1,2,3,新谷 紀人1,早田 敦子2,笠井 淳司1,4,永安 一樹3,中澤 敬信3
大阪大学大学院薬学研究科神経薬理学1,大阪大学・金沢大学・浜松医科大学・千葉大学・福井大学 連合小児発達学研究科附属子どものこころの発達研究センター動物モデル解析部門2,大阪大学大学院薬学研究科附属創薬センターiPS脳神経毒性プロジェクト3,大阪大学未来戦略機構4

 神経ペプチドは一般に、大型の有芯小胞に貯蔵されるのに対し、グルタミン酸などのいわゆる低分子性神経伝達物質は、小型のシナプス小胞に貯蔵され、両者の分泌制御機構が違うことが明らかにされて来ている。神経ペプチドは、セカンドメッセンジャー応答を介して、共存する低分子性神経伝達物質の作用の時間や強度、さらには方向性を、長く調節する働きも知られる。このような神経ペプチドの特性は、遺伝子発現による生合成、翻訳後修飾・軸索輸送、分泌機構の差異、特異的受容体の活性化や脱感作の程度、分解による不活化機構など、様々な要因が関与するものと考えられる。
 そのような神経ペプチドの1つPACAPは、神経伝達・可塑性の調節や神経栄養など多様な作用を有しており、固有の情報伝達系としての働きとともに、グルタミン酸やモノアミン系シグナルへの調節作用により、その機能を発揮するものと考えられている。PACAPとその選択的な受容体が脳に豊富に発現することから、その脳機能に興味を持ち、PACAP欠損マウスを作製して解析したところ、多動性、高頻度の異常な飛び跳ね、プレパルス抑制の障害、記憶保持能の障害、海馬神経可塑性の障害、うつ様行動など多彩な精神神経機能の障害が見いだされた。興味深いことに、これらの行動学的な異常のほとんどは、非定型抗精神病薬リスペリドンによって正常化することが明らかになった。また、新規の統合失調症治療薬として期待される代謝型グルタミン酸2/3受容体の選択的アゴニストによっても正常化したことから、PACAPシグナル系の機能欠損に伴い、統合失調症に類似した脳機能異常と治療薬機序がモデル動物で再現されたものと考えられた。
 分子的な機序については、これまでにPACAPシグナルが、セロトニン受容体の内在化をサブタイプ特異的に誘導すること、神経突起の生成や伸長をBDNFと同程度に促進すること、有望な統合失調症のリスク遺伝子DISC1とその結合因子DBZの解離を惹起する働きなどが明らかになっている。
 本シンポジウムでは、このようなPACAP研究について紹介しながら、創薬的な視点を含めた今後の神経ペプチド研究の展望について討論したい。