TOPシンポジウム
 
シンポジウム29
うつ病における栄養・運動の役割
S29-1
栄養素および食事パターンと抑うつ症状に関する職域疫学研究
南里 明子,溝上 哲也
国立国際医療研究センター臨床研究センター疫学予防研究部

2012年、WHOはうつ病などの精神疾患で苦しむ人が世界で3億5千万人を超えるとの推計を発表した。さらに、年間約100万人の自殺者のうち過半数がうつ病の兆候を示しており、うつ病や自殺は日本だけではなく世界的にも重要な公衆衛生上の問題である。うつ病や自殺に心理社会的要因が関連していることはよく知られているが、食事要因については明らかではない。当研究部では、平成18年に北部九州の2つの地方自治体の職員約550名(21~67歳)を対象に抑うつに関する栄養疫学研究を行い、血中の葉酸やビタミンD、ビタミンB6、コーヒー・緑茶、食事全体を考慮した食事パターンと抑うつ症状との関連を検討した。本研究は、「疫学研究に関する倫理指針」に則し、国立国際医療研究センター倫理委員会の承認を得て実施した。対象者には研究内容を文書で説明し署名入りの同意を得た。
男性において血中葉酸濃度が高いほど抑うつ症状を有する人が少ないことや、冬季のビタミンD濃度が高いほど抑うつ症状の割合が少ないという傾向を認めた。また、ビタミンB6濃度が高いほど、あるいはコーヒーや緑茶摂取が多いほど抑うつ症状が少なかった。食事パターンとの関連では、野菜や果物、きのこ、大豆製品などの高摂取によって特徴づけられる「健康日本食パターン」の得点が最も高い群は最も低い群に比べ抑うつ症状を有する人が約5割少なかった。さらに、平成21年に追跡調査を行い、抑うつの発症との関連を調べたところ、ベースライン(平成18年)時の血中葉酸及びビタミンB6濃度が高いほど、抑うつのリスクが低下した。
本研究より、抑うつ症状に対する健康日本食パターンや葉酸、ビタミンD、ビタミンB6の予防的関連が示唆された。「健康日本食パターン」は、葉酸やビタミンC、ビタミンEなどの摂取と関連しており、抑うつ症状の低下はそれらの複合効果によるものかもしれない。近年、食事・栄養と抑うつに関する報告が増えてきており、メタ分析などでも本研究の知見を支持する結果が報告されている。今後さらに規模を拡大し前向き研究や介入研究により、うつ病予防につながる食事要因を明らかにする必要がある。
S29-2
うつ病患者における栄養学的アプローチ
功刀 浩
国立精神・神経医療研究センター神経研究所疾病研究第三部

【背景】海外では、うつ病患者において肥満、脂質異常、n-3系脂肪酸、ビタミンB12や葉酸、鉄、亜鉛などにおける栄養学的異常が発症や再発のリスクと関連するという報告が増えている。トリプトファンなどの必須アミノ酸の不足がリスクに関与するという報告もある。栄養学的アプローチも治療ガイドラインの中に記載されつつある。しかし、わが国におけるエビデンスは今のところ乏しい。特に精神科受診患者を対象とした研究は殆どない。われわれは、うつ病患者における栄養素・食生活について検討し、うつ病患者に対する栄養学的アプローチについて考察した。【方法】対象は、研究参加について文書で同意した大うつ病患者149名(DSM-IV)と健常者138名である。末梢血を採取し、アミノ酸・脂肪酸・ビタミン濃度等について詳細に測定した。食生活調査は、簡易型自記式食事歴法質問紙(BDHQ)、国民健康・栄養調査に準じた生活習慣質問紙を使用した。本研究は国立精神・神経医療研究センター倫理委員会の承認を得ている。【結果】うつ病患者では肥満、脂質異常が多く、葉酸が低値を示す者が有意に多かった。他のビタミンについては患者群における低下はみられなかった。鉄や亜鉛などのミネラルでは患者群と健常者との間で有意差は見られなかった。アミノ酸では、うつ病患者ではトリプトファン値やメチオニンの濃度が有意に低下していた。EPA/アラキドン酸比は、両群の間で有意差は見られなかった。予想に反して、うつ病患者では健常者と比較してn-6系不飽和脂肪酸の低下がみられた。食生活では、うつ病患者は緑茶を飲む頻度が低い傾向がみられた。【考察】海外での先行研究と必ずしも一致しないものの、日本のうつ病患者においても栄養学的問題が多数みられることが明らかになった。葉酸はメチオニンと共に1炭素代謝において中心的な役割を果たし、DNAメチル化や脳内神経伝達物質合成等に重要である。当日は、うつ病患者における栄養学的異常のメカニズムや栄養学的アプローチの有用性についてさらに考察したい。
S29-3
海馬の可塑性を高める軽運動効果:新たな運動プログラムの開発をめざして
征矢 英昭
筑波大学大学院人間総合科学研究科体育科学専攻運動生化学・神経内分泌学

運動は脳とりわけ海馬に作用し、神経可塑性を高め、気分の好転など向精神薬的効果をもつことからうつ病患者への臨床導入に期待がかかる。しかし、どんな運動強度が良いかなどの検討は未だ決着をみない。内科的な運動療法は中強度ベースで継続性が低いことから、誰でもどこでも楽しく行える運動プログラムの開発が望まれる。私どもはこれまで動物や人の運動モデルを開発。人では活性度や安定度を高める短時間の低~中強度運動(最大酸素摂取量[VO2max]の30~50%)が背外側前頭前野の刺激を通じて実行機能を高めることを報告してきた(Neuroimage,2010,2014;Neurobiol Aging,2012)。今回は動物海馬でうつ病とも関連する海馬の可塑性に着目し、成熟海馬神経新生(AHN)を高める運動条件とその神経基盤について紹介する。
私どもは運動強度を重視し、速度可変のトレッドミルを用いた独自の運動モデルを開発。50%VO2max相当の中強度運動を基準に海馬への運動効果を最大化する運動条件を探索中である。運動時のFosタンパク/遺伝子発現や局所血流変化の解析から運動時の神経細胞の活性化は脳の部位や運動強度で異なり、特に海馬は低強度運動で十分活性化する(BBRC, 2007;J Appl Physiol,2012)。また、この低強度運動を2週間続けると歯状回でAHNが高まり、更に6週間続けると空間認知機能も高まることなどが明らかとなった。
その背景としてIGF-Iが血中から脳内に移行し(Neuron, 2010)、神経可塑性を高めること、また、海馬で独自にde novo合成される男性ホルモン(特にDHT)が運動で増加し、パラクリン作用で神経新生を促すなど(PNAS,2012)、神経可塑性の予備力を高める運動効果が示唆されている。現在DNAマイクロアレイによる網羅的解析を通じ、AHNや空間認知機能を促す要因の全体像やヒエラルキーを解析中である。Apo-Eの増加や炎症性サイトカインTNFの抑制など、運動の新たな標的が浮きぼりになりつつある。
運動は軽運動でも海馬を刺激し神経可塑性を高める効果を持つ。この分子基盤を背景に、高うつ・抗認知症効果に特化した最適運動プログラム作成が今後期待できそうである。
S29-4
勤労者における運動療法の可能性~うつ病の予防から治療、社会復帰まで~
堀 輝,杉田 篤子,香月 あすか,吉村 玲児,中村 純
産業医科大学医学部精神医学教室

 現代はストレス社会、24時間社会などと言われ、過剰なストレスや生活リズムの乱れが起こりやすく、それが誘因となってうつ病に罹患する症例も少なくない。うつ病治療においては、薬物療法や精神療法を組み合わせてなされることが多いが、近年では非薬物療法である運動療法の役割にも注目が集まっている。欧米では、運動療法は薬物療法や精神療法と運動療法を併用することによる効果や、代替する治療法として推奨されている。本シンポジウムでは特に勤労者を対象とした我々の研究から職域における運動療法の可能性について言及したい。(1)健常勤労者に対するウォーキングの介入研究 約500名の健常勤労者を対象に、ウォーキングによる介入を行った。介入前後でSDS、SASS、日本語版ピッツバーグ睡眠質問票を施行したところ、入眠までの時間や総睡眠時間の改善を認めた。またこの健常勤労者を運動習慣のある群とない群に比較したところ、睡眠障害の改善効果は運動習慣のない群で大きかった。また、運動習慣のない勤労者において、SDS得点の低下、SASS得点の増加が認められ、抑うつ症状、社会適応度の改善が推察された。(2)うつ病患者に対するウォーキングの効果と生物学的マーカーの推移 うつ病患者(12名)と健常者(37名)を対象に、8週間の運動療法を施行した。運動療法は、17.5Kcal/Kg/Week以上のエネルギー消費を目安にウォーキングを行うこととし、週3日以上に分けて行った。開始時、8週後に血中BDNF、NOx、カテコラミン代謝産物(HVA、MHPG)、血液生化学的検査を測定した。うつ病群では、運動療法により、抑うつ状態は有意に改善し、血中NOx、血中MHPG濃度は有意に増加した。(3)うつ病勤労者の復職前の運動療法の介入による効果 うつ病勤労者の復職前に運動療法をする群としない群に無作為割り付けを行い、その後アクチグラフを用いた評価、精神症状、認知機能評価などを行いその後の就労継続率を比較した。結果については当日に成果を発表する。なおこれらの研究は、産業医科大学の倫理委員会の承認を受けており、研究参加者からは口頭および文書にて同意を得ている。