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シンポジウム33
成体脳の細胞編成リモデリングと精神機能―細胞新生から気分を考える
S33-1
霊長類研究で探る大脳皮質の細胞新生と気分の関係
林 義剛1,福家 聡1,渕上 孝裕1,小山 なつ1,楯林 義孝2,等 誠司1
滋賀医科大学医学部統合臓器生理学1,東京都医学総合研究所うつ病研究室2

 躁状態(または軽躁状態)とうつ状態を繰り返す双極性障害とうつ状態を呈する大うつ病は、気分の変調を来すことから気分障害と呼ばれており、どちらも大きな社会的損失を被ることから、その病態解明や新規治療薬の開発が期待されている。これらの疾患における脳画像研究において、前頭前野や海馬、扁桃体といった脳領域において、脳血流やグルコース代謝の異常が報告されている。また、死後脳を用いた網羅的遺伝子発現解析では、オリゴデンドロサイト関連遺伝子の発現低下が報告されている。我々は、フローサイトメーターを用いた迅速かつ簡便な細胞数定量法を新規に確立し、特定の脳部位における総細胞、神経細胞、オリゴデンドロサイト系譜細胞の密度を偏りなく大量に解析することを可能とした。この方法を双極性障害・大うつ病の気分障害患者死後脳に応用し、前頭極灰白質において成熟オリゴデンドロサイトおよびオリゴデンドロサイト前駆細胞の減少を認めた(Hayashi et al., Mol Psychiatry, 2011;Hayashi et al., PLoS ONE, 2012)。この成果は、近年の気分障害死後脳研究で見られてきた報告を支持し、さらにオリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖や分化に異常が生じていることを示唆すると考える。
 死後脳研究において、細胞レベルでのオリゴデンドロサイトの異常が明らかとなったことから、1)成体脳においてオリゴデンドロサイトの新生が生じているのか、2)気分障害で生じているオリゴデンドロサイトで生じている異常とは何か、3)既存の気分障害治療薬(気分安定薬や抗うつ病薬)においてオリゴデンドロサイトを標的とした作用があるか、より脳の発達した霊長類で調査する必要があると考え、カニクイザルを用いた研究を行っている。予備的実験により、成体カニクイザル大脳皮質においてオリゴデンドロサイト系譜マーカー(Olig2)と分裂細胞マーカー(Ki-67)が共局在する細胞が存在することを確認した。ヒトで得られた知見を霊長類に応用し、オリゴデンドロサイトと気分の関係について我々が行っている研究について報告する予定である。
S33-2
統合失調症の病態におけるmiRNAの生合成と成体海馬のニューロン新生の役割
大内 靖夫1,岩本 隆司2
東京大学医科学研究所 国際粘膜ワクチン開発研究センター 自然免疫制御分野1,中部大学・生命医科学科2

統合失調症は、全人口の約1%にみられる重篤な精神疾患であり、陰性症状、陽性症状、認知機能障害などの症状を示す。特に認知機能が障害されることから社会的にも大きな問題となっているが、発症機構は不明であり、有効な治療法も存在しない。この統合失調症の認知機能障害に深く関わる脳領域である海馬は、成体においても神経幹細胞を内在し、新生神経細胞を常に供給することで、認知機能形成に寄与していることが知られている。近年、統合失調症患者では海馬歯状回内在する神経幹細胞の増殖が低下していることが報告されたことから、認知機能障害の病態における神経新生の関与が注目されている。一方、microRNA(miRNA)は非翻訳性の低分子RNAであり、様々な遺伝子の発現制御において重要な役割を果たしている。これまでに様々なmiRNAの発現異常が、癌や難病の病態関与していることが明らかとなってきたが、脳神経科学においては"Neuronal Dark matter"として宇宙を占める暗黒物質となぞられ、その機能が注目されている。我々はこれまでに家族性の統合失調症のうちで最も頻度の高い22q11.2欠失症候群の責任領域に存在するmiRNA生合成因子DGCR8の遺伝子欠損マウスを作成し、海馬における成体神経新生の観点から統合失調症の発症機構の解析を進めてきた。その結果、Dgcr8遺伝子へテロ欠損マウスは、認知機能障害をはじめとした様々な統合失調症様の行動異常を示し、有用な統合失調症モデルマウスであることが明らかになった。マイクロアレイを用いた網羅的遺伝子発現解析から、本モデルマウスの海馬では、ヒトの病態を反映した遺伝子発現を示し、海馬におけるIGF2の発現が低下することで神経幹細胞、新生神経細胞の数が減少している事実を明らかにした。またIGF2の脳内投与により、神経新生を亢進させ、認知機能を改善できた。これらの結果からIGF2による神経新生促進作用は、統合失調症における認知機能障害の新しい治療標的となる可能性が示唆された。
S33-3
インターフェロン療法中のうつ病発症と海馬のニューロン新生の変化
金子 奈穂子,澤本 和延
名古屋市大院・医・再生医学

海馬は感情・情動の制御に関わり、その機能低下が様々な精神・神経疾患の病態と関連していると考えられている。近年の研究により、海馬には神経幹細胞が存在し、生涯にわたってニューロンを新生していることが分かってきた。ニューロン新生が減少することが、うつ病などの精神疾患の発症や病態生理に関与する可能性も示唆されているが、この現象の生理学的/病態生理学的意義は、部分的にしか解明されていない。白血球など様々な細胞が産生するサイトカインであるインターフェロン-α(IFN-α)は、慢性ウィルス性肝炎や悪性腫瘍の治療薬として、臨床的に用いられている。一方、インターフェロンの長期投与により、高頻度にうつ病を発症することが広く知られている。これは治療完遂の大きな妨げとなっているが、そのメカニズムは不明である。我々は、IFN-α誘発性うつ病モデルを作成し、IFN-αがニューロン新生と行動学的変化に与える影響及びそのメカニズムを解析した。IFN-αを1ヶ月にわたってマウス腹腔内に投与したところ、抑うつ行動が出現し、社会性が低下した。これらのマウスの海馬では、神経幹細胞が減少し、ニューロン新生が抑制されていた。中枢神経系特異的にIFN受容体欠損マウスにIFN-αを投与した場合には、これらの効果は生じなかった。IFN-αは培養神経幹細胞の増殖を抑制した。更に、霊長類であるコモンマーモセットにIFN-αを投与しても、ニューロン新生の減少や行動学的変化が生じた。これらの結果から、末梢投与されたIFN-αが、中枢神経系のインターフェロン受容体を介して神経幹細胞の増殖を抑制し、うつ病様行動変化を惹起していることが示唆された。すなわちニューロン新生の抑制は、IFN-α誘発性うつ病の発症メカニズムの一旦を担っていると考えられる。本研究から見出されたIFN-α誘発性うつ病の新たな治療戦略の可能性に加えて、精神機能―免疫システム相互作用やニューロン新生の機能的意義についても議論したい。
S33-4
思春期までの神経新生は不安と感覚運動ゲート機構に関係する
大隅 典子
東北大学大学院医学系研究科発生発達神経科学分野

Human genetic data on psychiatric disorders repeatedly demonstrate the involvement of various genes that are associated with neural development and neurogenesis. Neurogenesis is a biological process that is critical in brain development and continues throughout life. The initial step in neurogenesis is the division of neural stem cells/progenitor cells, leading to self-renewal and simultaneously to the production of lineage-committed cells, including neurons and glial cells. Minor defects in the neurogenesis process, such as production of fewer new neurons and malformation of neural circuits, could represent microphenotypes of psychiatric disorders. We have focused on a physiological condition, sensorimotor gating deficits, that can be scored by a prepulse inhibition(PPI)test. Impaired PPI is one of the compelling endophenotypes(biological markers)of mental disorders, including schizophrenia, autism, and other neurodevelopmental disorders. Because the neural circuit for PPI involves the hippocampus, a unique brain region where neurogenesis occurs postnatally, we hypothesize that an impairment of preadolescent neurogenesis is critical for the onset of sensorimotor gating defects. Actually, we have revealed a critical period of neurogenesis that can affect PPI as well as anxiety. In this paradigm, we introduced an enriched environment to restore neurogenesis, thereby recovering PPI deficits and anxiety in mice. These mechanisms involving impairment of adolescent neurogenesis may underlie later onset of mental disorders including schizophrenia and mood disorders.