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シンポジウム34
精神神経疾患の新しい治療薬の展望
S34-1
ω-6脂肪酸高含有製品による自閉症スぺクトラム障害の中核症状の改善と機序
油井 邦雄1,山内 英雄2,今高 城治3
芦屋大大学院発達障害教育研究所1,埼玉医科大学医学部小児科学講座2,独協医科大学医学部小児科学講座3

「はじめに」自閉症スぺクトラム障害の成因として、脳内シグナル伝達の障害が挙げられる。シグナル伝達は主にomega-6 PUFAのアラキドン酸(ARA)由来のeicosanoidsが調整している。Omega-3 PUFAsの上昇はomega-6 PUFAのARAの低下を生じ、eicosanoidsが減少する。ASDではシグナル伝達は等閑視されてきた。ARAがeicosanoidsを生成し、omega-6とomega-3PUFAsの比が4:1は神経機能の促進効果(Yahuda, 2003)を持つので、ARAを主としたomega-6とDHAを主としたomega-3の含有比が4:1の製品はシグナル伝達と中枢神経機能の促進によって、ASDの改善し得る。他方、別ルートのシグナル伝達機構でコミュニケーション障害や多動を改善する治療薬として、リスペリドン内用液が報告されている(Nagaraj et al, 2010)。今回はomega-6/omega-3PUFAsの比が4/1の製品の臨床効果とシグナル伝達について、リスペリドン内用液と比較した。「方法」ARAを主としたomega-6とDHAを主としたomega-3の含有比が4:1製品の投与群(n=11)の1日投与量はomega-6PUFAsが480mg、omega-3PUFAsが120mgであり、12歳以下はこれらの半量である。リスペリドン内用液投与群(n=9)は1mg、12歳以下は0.5mgであり、これらを16週間投与した。臨床効果はAberrant behavior checklist-C(ABC-C)、Social Responsiveness Sale(SRS)を用いて投与前、投与後4週毎に評価した。シグナル伝達機能はceruloplasmin(CP)、transferrin、superoxide dismutase(SOD)の血漿濃度を投与前、投与後8週、16週に測定し、年齢がマッチした正常群(n=11)と比較した。「結果と考察」omega-6/omega-3製品群は服用12週目からABC尺度のirritabilityとhyperactivity、SRSのawareness以外の全項目が有意に改善した。リスペリドン内用液群は16週後にmotivationが有意に改善したのみであった。omega-6/omega-3製品群は投与前に対照群に比べてDHAとSOD濃度が有意に高く、リスペリドン内用液群はSODが有意に低かった。この偏倚は両群とも16週間の服用後に正常になった。omega-6/omega-3群ではCpの濃度が16週後に有意に上昇し、投与前のDHAとSODの高値の是正とともに著明改善の要因になったと推察された。
S34-2
統合失調症の脳内中間表現型としての軽度慢性炎症―マウスモデルを用いた研究―
宮川 剛1,2
藤田保健衛生大学 総合医科学研究所 システム医科学1,自然科学研究機構 生理学研究所 行動・代謝分子解析センター 行動様式解析室2

演者らはこれまで、国内外90以上の研究室との共同研究で、160以上の異なる系統の遺伝子改変マウスに対して網羅的行動テストバッテリーを行ってきた。驚くべきことに、これらのうち9割以上の系統のマウスが何らかの行動異常を示しているが、この中には「マウスの精神疾患」に罹っているといっても過言ではないような顕著な異常を示すものも多数含まれている。演者らが行動評価した遺伝子改変マウスの中でも、Schnurri-2(Shn-2;HIVEP2)欠損マウスは、作業記憶の障害や社会的行動の障害など、統合失調症の症状に似たとりわけ顕著な行動異常のプロファイルを示した。Shn-2は主要組織適合遺伝子複合体(MHC)領域に強く結合する分子として同定された。MHC領域は、複数のゲノムワイド関連解析により統合失調症との関連が報告されており注目されている。この領域は炎症反応において中心的役割を果たす転写因子であるNF-kBが結合するゲノム配列を多数有しているが、Shn-2はこの結合モチーフに競合的に結合することでNF-kBの活性を阻害することが知られている。Shn-2欠損マウスの脳では、パルバルブミン陽性細胞の減少、GAD67の発現低下、大脳皮質の薄化、脳波のうちガンマ波の低下など、統合失調症患者の脳で報告されている多くの特徴が見いだされた他、演者らが統合失調症の中間表現型候補として提唱している「未成熟歯状回」という表現型も確認された。このマウスの前頭皮質の遺伝子発現変化パターンを調べたところ、統合失調症患者の死後脳のものと酷似していた。この遺伝子発現変化パターンについてインフォマティクス解析を行ったところ、特徴的な軽度の慢性炎症が見られることがわかった。さらに、抗炎症作用を持つ薬物であるイブプロフェンとロリプラムをShn-2欠損マウスに3週間にわたって投与したところ、海馬歯状回で増加していた未成熟細胞マーカーのカルレチニンの発現が低下し、正常な状態に近付いた。またこのマウスで見られた作業記憶の障害と巣作り行動の異常も改善した。本シンポジウムでは、この軽度慢性炎症の特徴について紹介し、これをターゲットとした創薬戦略についても議論する。
S34-3
新しい作用機序による統合失調症治療薬の探索
上原 隆1,住吉 太幹2,倉知 正佳3,4
金沢医科大学精神神経科学1,独立行政法人 国立精神神経医療研究センター臨床研究推進部2,有沢橋病院3,福島県立医科大学会津医療センター精神医学講座4

統合失調症の病態は未だ明らかでなく、根治的な治療法はまだ開発されていない。クロルプロマジンの発見以来、今日に至るまで様々な薬物が開発されてきた。第一選択薬として現在用いられる第2世代抗精神病薬はドーパミンやセロトニン受容体などに対する作用を介し、精神病症状を軽減するとされてきた。さらに認知機能障害に対する有効性も期待されたが、未だ十分なエビデンスは得られていない。
神経発達障害による脳の形態学的変化が、統合失調症の病態生理に関与する可能性が指摘されている。このような変化は、症状が顕在化する以前(前駆期)にすでに生じているとされる。さらに、発症後の再発の繰り返しにより神経変性が進行し、難治化につながると考えられる。従って、ミクロレベルを含む形態学的変化への作用を有する薬物が、統合失調症の根治療法につながると思われる。
神経栄養因子様作用を有する低分子化合物であるT-817MAは、アルツハイマー病などの神経変性性疾患の治療薬として開発された薬物である。神経突起伸展の促進作用や、酸化ストレス抑制作用を有する。今回われわれは、統合失調症モデル動物を用いて、T-817MAの統合失調症治療薬としての可能性を検討した。
新生仔期(生後7-10日:PD7-10)にN-methyl-D-aspartate(NMDA)受容体阻害薬MK-801を投与したラットでは、PD35-63(思春期前後)におけるprepulse inhibition(PPI)が障害される。さらに、前頭前皮質(PFC)と海馬におけるパルブアルブミン陽性GABA介在ニューロン(pv-GABA)数の減少が、同時期に認められる。同モデル動物にT-817MAを14日間経口投与すると、PFCおよび海馬におけるpv-GABA数の減少が抑制され、PPI障害が改善された。
統合失調症におけるpv-GABAの機能異常の存在が、死後脳および神経生理学的研究により報告されている。われわれの結果は、T-817MAが新規の作用機序を有する統合失調症治療薬開発につながることを示唆する。
S34-4
Minocycline improves recognition memory and attenuates microglial activation
宮岡 剛
島根大・医・精神医学

Objectives:Accumulating evidence indicates that neuroinflammation plays a significant role in the pathophysiology of schizophrenia. We previously reported evidence of schizophrenia-like behaviors and microglial activation in Gunn rats. We concluded that the Gunn rat, which exhibits a high concentration of unconjugated bilirubin, may be useful as an animal model of schizophrenia. On the other hand, there have been numerous reports that minocycline is effective in treating schizophrenia. Methods:In the present study, we investigated the effects of minocycline on performance of behavioral tests(prepulse inhibiton(PPI)and novel object recognition test(NORT))after animals received either 40 mg/kg/d of minocycline or vehicle by intraperitoneal(i.p.)injection for 14 consecutive days. Furthermore, we examined the effects of minocycline on microglial activation in the hippocampal dentate gyrus of Gunn rats and Wistar rats. Results:We found that administration of minocycline for 14 days significantly increased the exploratory preference in retention sessions and tended to improve the PPI deficits in Gunn rats. Immunohistochemistry analysis revealed that microglial cells in the minocycline-treated Gunn rat group showed less expression of CD11b compared to vehicle-treated Gunn and Wistar groups. Conclusions:Our findings suggest that minocycline improves recognition memory and attenuates microglial activation in the hippocampal dentate gyrus of Gunn rats. Therefore, minocycline may be a potential therapeutic drug for schizophrenia.
S34-5
D-サイクロセリンおよびバルプロ酸による恐怖再燃の予防効果
栗山 健一
国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所成人精神保健研究部

NMDA受容体部分作動薬であるD-サイクロセリン(DCS)およびHDAC阻害剤であるバルプロ酸(VPA)は恐怖記憶の消去学習を促進することが動物研究で確かめられている。しかし、ヒトの恐怖記憶消去への有効性を明確に示した研究はない。これらの薬剤はPTSDにおける持続暴露(Prolonged Exposure:PE)療法の効果促進薬としての期待が高く、本研究はヒトにおけるDCSおよびVPAの消去学習促進効果を、Conditioned Stimuli(CSs)に視覚刺激、Unconditioned Stimulus(US)に指先電気刺激を用い検討した。さらに、恐怖記憶学習は睡眠中に強化・固定化プロセスが促進されることから、DCSおよびVPAの消去学習促進効果と睡眠依存性記憶強化プロセスとの交互作用を検討した。
DCSおよびVPAのいずれも、恐怖消去の即時学習に影響を及ぼさなかったが、消去学習翌日の学習効果に有意な差が生じた。特に、再強化刺激としてUSを再暴露した直後の皮膚電気抵抗(Skin Conductance Response:SCR)において、対照群に比し有意に低い反応が示された。これは、恐怖消去遅延学習を促進した結果であることを示唆し、PTSDのPE療法への併用により治療促進効果が期待できる結果であった。また、DCSは恐怖消去学習につづく覚醒区間中の遅延学習を促進したのに対し、VPAは睡眠中の遅延学習を促進するという、異なる薬理作用点を示した。これは、DCSがPE療法直後の投与が有効であり、VPAはPE療法当日眠前の投与が有効であることを示唆する。
PE療法は、高い有効性とともに、抗不安薬や抗うつ薬投与に伴う副作用や依存・離脱の問題が生じないことから、高い評価を得ておりニーズも高まっている。他方で、PE療法は薬物療法に比べコストが高いとともに、治療者、患者双方の時間的・心理的負担が高いことから、普及が遅れている。DCSやVPAは、補助投与によりこれらPE療法の弱点を補完し、治療成績をさらに向上させる可能性を示唆する。そして、薬理効果の発現タイミングを限定することで、補助投与薬量をできうる限り減量し、コンプライアンスの向上が期待できる。