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シンポジウム35
聴覚受容体研究の最前線~難聴発症機構の解明をめざして~
S35-1
内耳有毛細胞の機械電気変換機構におけるTMCの役割
川島 慶之1,2
東京医科歯科大学・医・耳鼻咽喉科1,米国国立衛生研究所2

内耳有毛細胞は音、重力、頭の動きといった機械刺激を電気信号に変換する。この機械電気変換機構(Mechanoelectrical transduction:MET)は、機械刺激により有毛細胞の聴毛の先端近くにあるイオンチャネル(METチャネル)が開かれることにより開始されると考えられているが、その構成分子は不明である。
Transmembrane channel-like 1(TMC1)はヒト(DFNA36、DFNB7/B11)およびマウス(Bthマウス、dnマウス)の難聴の原因遺伝子である。Tmc1はTmc遺伝子ファミリーの一員であり、哺乳類においては他に7つのパラロガス遺伝子が存在する。いずれの遺伝子も少なくとも6つの膜貫通ドメインを持つ膜タンパクをコードしているが、その機能は不明である。以下に示すマウスから得られた実験結果は、TMC1およびTMC2が内耳有毛細胞のMETチャネルあるいはその付属器であるという仮説を支持するものである。(1)Tmc1KOマウスは難聴を示すが、Tmc2KOマウスは明らかな異常を示さない。一方、Tmc1Tmc2のダブルKOマウスは難聴に加え平衡障害を示す。(2)Tmc1 mRNA、Tmc2 mRNAともに蝸牛および前庭の有毛細胞に特異的に発現し、Tmc2 mRNAの発現はMET発現に僅かに先行する。(3)ダブルKOマウスの有毛細胞は生後早期には明らかな形態異常を認めないが、パッチクランプ法にて機械刺激電流(MET電流)を認めない。このMET電流の欠落は外因性のTmc1またはTmc2を導入することによりレスキューされる。(4)TMC2のみを発現する有毛細胞(Tmc1Δ/Δ;Tmc2Δ/+)から計測される単一METチャネル電流は、TMC1のみを発現する有毛細胞(Tmc1Δ/+;Tmc2Δ/Δ)から計測される単一METチャネル電流に比較し有意に大きい。また、TMC1Bth(M412K)のみを発現する有毛細胞(Tmc1Bth/Δ;Tmc2Δ/Δ)の単一METチャネル電流は野生型のTMC1のそれに比べて有意に小さい。(5)GFPで標識した外因性のTMCタンパクは聴毛、特にその先端に運ばれる。
しかし、線虫以外のTMCがチャネルとして働くという証拠はないこと、内在性のTMCタンパクの局在は確認されていないこと、TMCと相互作用を示すタンパクは同定されていないことなど未解明な点も多く残されている。
S35-2
マウス蝸牛有毛細胞感覚毛に発現する酸感受性イオンチャネルASIC1bの機能解析
鵜川 眞也1,柴田 泰宏1,熊本 奈都子1,植田 高史1,石田 雄介2,島田 昌一2,野口 佳裕3
名古屋市立大学大学院医学研究科機能組織学1,大阪大学大学院医学系研究科神経細胞生物学2,東京医科歯科大学耳鼻咽喉科3

蝸牛有毛細胞の感覚毛には、機械刺激電気変換(MET)チャネル、すなわち聴覚受容チャネルが存在するが、その分子実体は不明である。我々は、酸感受性イオンチャネル(ASIC)遺伝子ファミリーのチャネル特性が、想定されているマウスMETチャネルのものと類似していることに着目し、ASIC分子がMETチャネルとして聴覚受容に関与していることを想定した。in situ hybridization法を用いて、マウス蝸牛におけるASIC mRNAの分布を検討したところ、ラセン神経節および内・外、両有毛細胞にサブタイプの一つであるASIC1bの発現を認めた。免疫組織化学法を用いて詳細な分布を検討したところ、ASIC1bは、両有毛細胞の感覚毛基部に位置していることがわかった。ASIC1bの聴覚受容への関与を証明するため、遺伝子欠損マウス(KOマウス)を作出し、聴性脳幹反応検査を施行したところ、8、16、32 kHzの各周波数において、20dB程度の聴力低下を認めた。これまでの知見から、KOマウスに認められた難聴の原因は有毛細胞にあることが予想されたので、パッチクランプ法にて有毛細胞の特性を解析した。野生型マウスの未熟な内・外、両有毛細胞(P6)に酸性溶液(pH 5.0)を投与し、水素イオン応答性の電流を調べたところ、アミロライドで阻害される内向き電流が記録され、この応答はKOマウスにおいて有意に減弱していた。遺伝子を欠損させたことによる非特異的な有毛細胞の障害を否定するために、KOマウスの両有毛細胞における電位依存性電流を測定したが、異常は認められなかった。また、KOマウスの外有毛細胞に直接電流を注入し、electromotilityを調べたが、正常であった。さらに、外有毛細胞の機械刺激電流を測定したが、細胞間でのばらつきが大きく、KOマウスにおける機械刺激電流の減弱は確認できなかった。歪み成分耳音響放射は、外有毛細胞におけるMETチャネルの特性を強く反映すると考えられている。そこで、KOマウスにおいて測定したところ、有意に悪化を認め、ASIC1bがMETチャネル複合体の一部として機能している可能性が強く示唆された。
S35-3
蝸牛増幅機構における有毛細胞の役割
任 書晃1,Tobias Reichenbach3,Jonathan AN Fisher4,AJ Hudspeth2
新潟大学医学部 分子生理学教室1,ロックフェラー大学 感覚器神経科学講座2,インペリアル・カレッジ・ロンドン 生物工学講座3,ニューヨーク医科大学 生理学講座4

The cochlear traveling waves'high sensitivity stems from the active process of outer hair cells. The active process possesses two force-generating mechanisms:active hair-bundle motility elicited by Ca2+ influx and somatic motility mediated by the voltage-sensitive protein prestin. Although interference with prestin has demonstrated a role for somatic motility in the active process, it remains unclear whether hair-bundle motility contributes in vivo. We selectively perturbed the two mechanisms by infusing substances into the endolymph or perilymph of the chinchilla's cochlea and then used scanning laser interferometry to measure vibrations of the basilar membrane. Blocking somatic motility, damaging the tip links of hair bundles, or depolarizing hair cells eliminated amplification. While reducing amplification to a lesser degree, pharmacological perturbation of active hair-bundle motility diminished or eliminated the nonlinear compression underlying the broad dynamic range associated with normal hearing. The results suggest that not only somatic motility but also active hair-bundle motility plays a significant role in the amplification, and active hair-bundle motility contributes compressive nonlinearity of the cochlear traveling wave.
S35-4
有毛細胞特異的なカルシウムシグナリング:最近の知見
稲垣 彰
名古屋市立大学大学院医学研究科 耳鼻咽喉・頭頸部外科

聴覚の特徴は、受容された音を迅速に、正確に、持続的に刺激を知覚する聴覚野まで伝達することにある。有毛細胞はこの仕組みの入り口にある感覚受容細胞であり、他の神経細胞同様、様々な局面でカルシウムシグナリングを利用しているが、その特殊な細胞刺激サイクルのため、他の神経細胞にはない、他の神経細胞とは異なるユニークな性質を持つことが知られている。ユニークなしくみの一例として、電位依存型カルシウムチャネルの特異な性質がある電位依存型カルシウムチャネルは一般に、細胞内外の濃度勾配を用いてチャネル周囲のカルシウム濃度上昇瞬時に上昇させることからシナプス伝達に関与することが多いが、有毛細胞においても同様である。有毛細胞の電位依存性カルシウム電流はその9割が神経特異的に発現する電位依存型カルシウムチャネルであるCaV1.3(CACNA1D)を介するが、有毛細胞に発現するCaV1.3は脳に発現する同一チャネルに比して、カルシウム依存性不活性化、すなわち、チャネルが流入させたカルシウムによりチャネルが閉鎖する現象が極めて弱いことが以前より知られていた。この性質により、通常の電位依存型カルシウムチャネルのように脱分極後の不応期を形成することなく、一定の刺激に一定のカルシウムを細胞内に供給することが可能となることから、有毛細胞に必要な持続性に寄与する仕組みと考えられる。不活性化を弱める分子メカニズムは長らく不明であったが、近年、イランの遺伝難聴家系においてカルシウム依存型不活性化を弱めるカルモジュリン類似チャネル修飾タンパクであるカルシウム結合タンパク2(Calcium binding protein 2、CaBP2)が原因遺伝子であることが同定され、分子メカニズムを明らかにする手掛かりと考えられている。本項では、シナプス伝達に寄与する有毛細胞特異的な仕組みを中心に、同細胞におけるカルシウムシグナリングに関する最近の知見を紹介する。