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シンポジウム37
気分障害のバイオマーカー探索
S37-1
児童思春期うつ病における多価不飽和脂肪酸とBDNFの役割について
古郡 則雄,土峰 章子
弘前大学大学院医学研究科神経精神医学講座

目的:大人や老年期のうつ病患者では、血清中の多価不飽和脂肪酸(PUFAs)や葉酸などの栄養指標や脳由来神経栄養因子(BDNF)の値が低いという報告がある。しかし、子供のうつ病ではこれらの指標についてはエビデンスが乏しい。本研究では、子供のうつ病患者における血清中の不飽和脂肪酸と葉酸にくわえ、BDNFの値を測定し健常群と比較検討した。
方法:対象は弘前大学医学部附属病院精神科を受診し、うつ病と診断された女児(n=24、11-19歳)と年齢・性別をマッチさせたコントロール群(n=26)であった。うつ評価尺度にはBeck Depression Inventory-II(BDI-II)とDepression Self Rating Scale for Children(DSRSC)を用いた。血清中のPUFAs、葉酸、BDNF値はそれぞれELISA法、ガスクロマトグラフィー、CLEIA法により測定した。なお、本研究は弘前大学医学部倫理委員会の承認後試行され、保護者から書面で同意を得ている。
結果:多価不飽和脂肪酸に関して、子どものうつ病ではアラキドン酸、ドコサヘキサエン酸(DHA)および葉酸が有意に低値を示した。他の多価不飽和脂肪酸には差がなかった。BDNF値は健常児に比較し差はなかった。
考察:これまでの研究同様、子どものうつ病においても健常者と比較して多価不飽和脂肪酸と葉酸の値は低下していた。しかし、子供のうつ病では大人でみられていたようなBDNFの低下は認めなかった。血清中BDNF値の低下はうつ病のバイオマーカーとして考えられてきた。しかし、子どものうつ病においては栄養指標の低下は認められたものの、BDNF値のは健常者と変わらなかったことから、大人と子どものうつ病では病態が異なる可能性が考えられた。
S37-2
気分障害の遺伝的側面
池田 匡志
藤田保健衛生大・医・精神神経科学

精神疾患の多くは、遺伝要因と環境要因が複雑に作用して発症する「ありふれた疾患」である。気分障害の中でも双極性障害の遺伝率は約80%と高く、その遺伝的リスクを同定するべく多くの遺伝子研究が行われてきた。連鎖解析や候補遺伝子関連研究が代表的であるが、最近では全ゲノム関連研究(Genome-wide association study:GWAS)が主流な方法論となっている。他方、大うつ病性障害の遺伝率は約40%と報告されており、相対的に環境要因の寄与が大きい。これらの違いから、双極性障害のリスク遺伝子は、GWAS結果のメタ解析(メガ解析)により同定されつつあるが、大うつ病性障害のメガ解析では、一つのリスクも同定されていない。従って、遺伝環境相互作用を考慮した解析が必要である。本シンポジウムでは、これら概要を説明するとともに、最近の知見を概説する。また、発表者が行っている双極性障害の遺伝子研究、環境要因を考慮した「うつ状態」に関する遺伝子研究の結果も発表したい。
S37-3
Plasma BDNF濃度変化からの大うつ病性障害(MDD)再発予測
吉村 玲児,堀 輝,中野 和歌子,杉田 篤子,香月 あすか,阿竹 聖和,中村 純
産業医科大学精神医学教室

背景少なくとも4つ以上のメタ解析でplasma BDNF濃度が、健常者(HC)と比較して、MDD患者では有意に低下していることが報告されている。目的今回の研究では、我々はplasma BDNFの低下がMDDの再発マーカーにあるとの仮説を立てた。対象寛解したMDD群24例、HC群18例をprospectiveに1年間follow-upした。再発はHamilton Rating Scale for Depression(HAMD)16点以上、閾値下再発はHAMD8点以上と定義した。方法寛解MDD患者をその後3、6、9、12M、HCも同じ時期に採血して、plasma BDNFをELIZA法にて測定した。産業医科大学倫理委員会の承認を得て、患者からの文書による同意を得た。結果1)MDD群24例中4例がdrop outした。2)MDD13例が再発した(再発5例・閾値下再発8例)。(3)LOCF法では寛解維持率は54%であった。(4)MDD群はHC群と比較して全期間でplasma BDNFは有意に低値であった。(5)MDD群で再発群の3か月前のplasma BDNF濃度は非再発群と有意差はなかった。結論3か月前からのplasma BDNF濃度のみから、MDDの再発を予測する事は現時点では困難であった。今後BDNFの前駆体であるproBDNF濃度などとcombineさせて検討を継続する必要がある。本研究は科学研究費(9140016)助成を受けている。
S37-4
うつ病の認知機能障害は臨床的にどのマーカーとして使用可能か?
堀 輝,吉村 玲児,香月 あすか,阿竹 聖和,中村 純
産業医科大学医学部精神医学教室

近年、気分障害においても統合失調症と同様に認知機能障害や社会機能の障害が数多く報告されてきた。うつ病における認知機能障害が治療の反応性や再発・再燃の危険性の予測因子となる可能性、寛解後の社会復帰に影響を与える重要な因子の1つである可能性など、臨床的にも関心が高まりつつある。うつ病の認知機能障害は症状の重症度との相関も指摘されているが、寛解期においても障害が持続しているとの指摘も多い。また、薬物療法の反応性と予後との関連については、いくつかの報告が散見されるものの未だに一定の結論には達していない。うつ病の認知機能障害の生物学的背景には、前頭葉、帯状回、海馬での画像研究の報告や、HPA-axisの異常BDNFの関連等が指摘されている。さらに、うつ病の認知機能障害の改善は就労等の成功やpresenteeismの損失低下につながる可能性があり期待されている。我々は、82例の休職中のうつ病患者の復職継続予測因子に認知機能障害が使用できないか考え、背景情報、精神症状、社会適応度、職場復帰準備性尺度、認知機能障害、血中BDNF濃度を測定し、職場復帰6か月後に職場復帰継続できていたうつ病勤労者を職場復帰成功群、6ヶ月後に再休職もしくは退職に至った患者を職場復帰失敗群と定義し、両者を比較したところ、ワーキングメモリーが良好だったうつ病勤労者が職場復帰成功を予測する可能性があることが分かった。本研究は産業医科大学倫理委員会の承認を受けており、研究参加者からは口頭および書面での同意を得ている。うつ病の認知機能障害に対する研究はまだ少なく、診断、症状、社会機能との関連、病変部位などとの関連についてもまだ十分わかっているとはいいがたい。またうつ病のサブタイプや重症度、服薬の状態によっても影響を受けることが予測されることから一面的な理解では不十分だと考えられる。しかしながら、認知機能の側面に着目することは、気分障害の理解と臨床上治療戦略に大きな展開をもたらすことが期待される。
S37-5
遺伝情報からうつ病個別化治療にたどりつくために知っておきたいこと
加藤 正樹
関西医科大学精神 神経学教室

遺伝情報からうつ病を紐解く試みとし、遺伝子と、①うつ病の罹患そのものとの関連やうつ病の病態生理の探索、②抗うつ薬の治療反応性との関連よりうつ病/治療反応の新たな病態生理や創薬の探索、③介入/薬剤ごとの治療反応との個別の関連より、治療反応予測から個別化治療への探索の3つがあるが、我々は③を中心とした取り組みを継続している。
現状として、Candidateアプローチを用いた試験のメタ解析においては、治療反応予測と関連する遺伝子多型は見出されているが、Genome-Wideなアプローチをしている大規模試験STAR*D、GENDEP、MARSにおいても治療反応予測という観点からは意味のある結果は出てきていない。もともと異質性の高いうつ病を対象としているのに、患者背景や治療薬、現エピソードの治療歴などが均一でない多様なサンプルを用いることで異質性がさらに大きくなってしまっていることが原因であろう。いずれにしろ、その医療経済的観点を含めて、現時点で臨床的に活用できる遺伝子多型は見出されていない。これらより、①その異質性に打ち勝つことができるような、大きなエフェクトサイズのあるCommonな遺伝子変異は無い、②Genome-Wide Association Study(GWAS)の方法論が発展途上である、ことが考えられる。それらに対して、①GWASの結果を単一遺伝子でなく複数の遺伝子からgene ontologyのデータベースを活用し共有する機能的pathwayという視点での探索、②CommonなTag SNPを利用するGWASでなく、フルゲノムシークエンスアプローチ、さらには③遺伝子発現量に寄与する遺伝子多型以外の因子、メチレーションやmiRNAの網羅的解析などが次の手段として考えられるかもしれない。当セッションでは、個別化治療を目標として取り組んでいるこれらの研究について、我々の研究データを中心に概説したい。