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教育シンポジウム
生物学的精神医学会会員のための神経化学教育講座
2A-教育-1
アストロサイトの構造と機能
工藤 佳久
東京医大・八王子医療センター

典型的なアストロサイトはprotoplasmic astrocyte(原形質性アストロサイト)と呼ばれ、ニューロンが織りなすネットワークの中に,多数の突起を伸ばしている.その突起のほとんどが細かく枝分かれし,最終的には薄い膜状構造(ラメラ)を形成して,ニューロンの樹状突起やスパインに作られるシナプスを覆っている.突起のうち数本は分岐しないで伸びて,細動脈または細静脈にその先端を接触させている.このアストロサイトについては20世紀半ばから神経化学研究の重要テーマとなって,脳の構造維持,多様な神経栄養因子や線維芽細胞成長因子の遊離,血液脳関門としての役割や神経伝達物質除去など重要な機能が発見されていた.しかし,電気生理学を軸として進められてきた脳研究おいては電気的に不活発なアストロサイトが脳機能発現に関与すると考えるグループは皆無に近かった.このアストロサイトを脳科学の表舞台に引き出したのは現在では脳科学分野に不可欠な研究手段として定着している細胞内Ca2+計測法である.Tsienらが発明した細胞内移行型蛍光Ca Ca2+指示薬(特にFura-2/AM,1985)を脳細胞に負荷し,蛍光顕微鏡―ビデオシステムによって,単一細胞内のCa2+動態が実時間計測にできるようになり,グルタミン酸やATPによる単一アストロサイトにおける特徴的なCa2+濃度変動,すなわち,アストロサイトのダイナミックな活動が観察できるようになったのである.アストロサイトにはほとんどすべての神経伝達物質受容体が発現しうることが知られている.さらに,アストロサイトがグルタミン酸,アデノシン,ATP,D-セリンなどの物質を遊離することが発見され,これらの物質はグリオトランスミッターと呼ばれている。この仕組みによって,ニューロンからアストロサイトへの情報伝達のみではなく,アストロサイトからニューロンへの逆向性の伝達も生じていることが明らかにされている.その結果,脳機能が単にニューロンが作る回路のみではなく,アストロサイトとニューロンが作るもっと複雑な回路の中から生み出されるのではないか考えられるようになった.これが三者間シナプス(tripartite synapse)(Haydon 1999)という概念である.しかし、ニューロンに比べるとアストロサイトの活動は時間的に遅く,ニューロンのシナプス間において引き起こされている伝達に比べると広範囲に生ずる.従って,もし,この相互作用があるとしても,それはニューロン間で生じている情報伝達とは全く異なった次元の情報処理に関わっていると考えなければならない.高速でピンポイントに伝達されるニューロンの情報を,時間スケールも空間スケールも全く異なるシステムで大きく包み込み,ニューロン活動にやんわりとフィードバックするシステムの存在は安定で,高次な脳機能発現に重要な役割を果たしているのではないかと考えられる。
2A-教育-2
脳白質異常と精神疾患
池中 一裕
自然科学研究機構・生理学研究所・分子神経生理

われわれのグループは長い間グリア細胞の機能に関して研究をして来た。アストロサイトは多くのシナプスを覆い、シナプス活動に応答して細胞内カルシウム濃度を上昇させる。その結果、アストロサイトはグルタミン酸やATPのようなグリア性神経伝達物質(gliotranmitter)を放出し、神経回路活性に大きな影響を与えることが明らかになってきた。精神疾患(特に統合失調)においては神経情報の統合を行うことが正常に行えないので、当初われわれはアストロサイトの機能異常が神経回路間の情報伝達を悪くし、統合失調症(少なくともその一部の症例で)を引き起こすのではないかと考えていた。そこで、10年ほど前にポスドクで入ってきた田中謙二君とアストロサイト機能異常マウスをいろいろと作製してみた。しかし、マウスに思ったような症状は出せなかった。ちょうどその頃、山形大学の山崎良彦先生がオリゴデンドロサイトを脱分極させると、神経軸索伝導速度が上昇することを見出した(Yamazaki et al, Neuron Glia Biology, 2008)。またわれわれも脱髄マウスモデルにおいて、脱髄前に認知障害の起きることを見出した(Tanaka et al, J Neurosci, 2009)。これらのことからわれわれは白質においても神経情報の統合が行われ、その機能異常は統合失調症様の症状を引き起こすのではないかと考えるに至った。事実、拡散テンソルイメージングにより統合失調症患者白質においてシグナル異常が見つかっているし、死後脳解析により統合失調症患者脳において髄鞘関連遺伝子の発現異常が報告されていた。白質は単なる軸索の通り道であると考えられているところであるが、ヒト脳においては灰白質より多くの部分を占めているので、もっと重要な役割を果たしているのかも知れない。本教育講演では、脳白質の脳機能における役割と、精神疾患治療薬の標的としての可能性について議論したい。
2A-教育-3
脳内ミクログリアの機能
佐柳 友規1,佐々木 哲也1,一戸 紀孝1,高坂 新一2
1国立精神・神経医療研究センター神経研究所微細構造研究部,2国立精神・神経医療研究センター神経研究所

脳内のグリア細胞としてアストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミクログリアが存在しているが、これらグリア細胞は細胞間相互作用を通じ神経細胞や神経回路の機能に様々な影響を与えていることが知られている。ミクログリアは他のグリア細胞とは異なり中胚葉由来の細胞で、モノサイトやマクロファージなどの細胞と類似した性質を有している。ミクログリアの機能として、貪食、抗原提示、炎症性サイトカインの分泌などが知られ、これまで免疫応答や炎症との関連性が主な研究対象となっていた。しかし近年になりシナプスの伝達効率や脳発達期におけるシナプス数の調節など、神経回路の成熟や機能調節にもミクログリアが積極的に関与することが明らかにされつつあり、精神疾患や脳発達障害など脳高次機能の障害との関連性にも注目が集まっている。ヒト大脳皮質では出生直後から小児期にかけシナプス数が急速に増え、その後成人となる過程でシナプスの減少、いわゆる「シナプス刈り込み」現象が生じることが知られている。この一過性の過剰なシナプス形成とその後の減少は機能的な神経回路成熟に不可欠な過程とされ、自閉症ではこの過程の異常が生じていることやミクログリアが異常に活性化していることも併せ報告されている。最近我々もこのシナプスの刈り込み現象におけるミクログリアの役割に興味を持ち、小型霊長類であるコモンマーモセットを用いて研究を開始している。これまでの研究では、マーモセットの前頭前皮質12野を含む複数の大脳皮質領野において生後2-3ヶ月齢でスパイン数が最大に達し生後6ヶ月齢には減少するヒトと同じシナプス数の変動を示すことが明らかとなっている。ミクログリア数に関してはシナプス数と同様生後2-3ヶ月齢までにその数は急増し、成体になるにつれ減少していた。また生後3ヶ月齢ではミクログリアの突起の先端がブートン状に肥大した構造のもの、生後6ヶ月齢では細いスティック状構造のミクログリア突起が多く観察された。これらのことは生後3ヶ月齢と6ヶ月齢におけるミクログリアの機能やミクログリア突起と接しているシナプスの性状が異なっていることを想像させる。我々は正常マーモセットの解析にとどまらず、病態モデルとしてバルプロ酸投与による自閉症様モデルマーモセットも作製し、形態的な解析のみならず網羅的遺伝子発現解析も行っている。本講演ではミクログリアの総論的な説明に加え、我々のマーモセットを用いた自閉症研究の解析結果についても一部紹介したい。