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若手道場(大学院生口演、若手研究者口演)
イオンチャンネル、興奮膜、受容体、輸送体 神経細胞死、アポトーシス
1E-道場1-1
線維筋痛症治療薬の有効性に影響を及ぼすABCトランスポーター阻害剤併用療法の可能性
迎 武紘1,2,植田 弘師1
1長崎大院・医歯薬・創薬薬理,2日本学術振興会特別研究員

線維筋痛症(FM)は原因不明で全身性の異常痛が長期間持続する難治性疼痛疾患であり、従来の鎮痛薬であるNSAIDsやオピオイドに対し低い感受性を示す報告も多い。本邦ではプレガバリン(PGB)およびデュロキセチン(Dulo)がFM治療薬として認可されているが、副作用等の観点から必ずしも十分な治療満足度は得られていない。本研究室ではFMモデルマウスとして繰り返し寒冷ストレス(Intermittent Cold Stress:ICS)マウスを報告している。このICSマウスではFMの病態的特徴である全身性かつ持続的な機械アロディニア、熱性疼痛過敏、筋痛、性差、およびモルヒネ抵抗性(Nishiyori, et al.(2008). Mol pain.)などを報告している。これまでの知見からFMは主に中枢性神経疾患と考えられており、中枢移行性の高い治療薬が望ましいと考えられる。薬物の中枢移行性について近年の報告では、ABCトランスポーターなどの薬物排出機構が脂溶性やタンパク結合率などの透過性とともに大きく影響すること(Uhr, M. et al(2008). Neuron.)が報告されている。これまでにICSマウスに対して脳室内PGB投与が腹腔内投与と比較して極めて長い有効時間を示すこと(Mukae, et al.(2016).JPS.)や脊髄くも膜下腔内抗うつ薬投与が慢性疼痛に著効すること(Nishiyori, et al.(2011)Mol pain.)から、疼痛抑制効果に対して中枢作用の亢進が有効性の鍵になると考えた。そこで本研究ではFM治療薬とABCトランスポーターの基質性と有効性の相関性に着目し、ICSマウスに対するPGBとABCトランスポーター阻害剤(ABC inh.)併用療法の治療効果およびABCトランスポーター 非基質性抗うつ薬(Horstmann, S. et al,(2009(2016). Pharmaco ther.)であるミルタザピン(Mir)の有効性ついて検討した。ICSマウスに対してPGBおよびABC inh.であるvalspordar(Val)を併用し熱刺激試験にて疼痛閾値を検討したところ、腹腔内PGB単独作用と比較しVal併用群では疼痛抑制効果が有意に増長することが確認された。また腹腔内Mir単独作用において有意な疼痛抑制効果が明らかになった。これらの結果から、ABCトランスポーター阻害剤併用療法の可能性を報告するとともに、新規治療薬候補として抗うつ薬Mirの有効性を明らかにした。
1E-道場1-2
Ribosomal protein S6 kinaseはアルツハイマー病関連Ser262サイトのリン酸化を介してタウタンパク質を安定化し毒性を悪化させる Ribosomal protein S6 kinase stabilizes tau via tau phosphorylation at Ser262 and enhances tau toxicity
林下 幹輝1,斎藤 太郎1,久永 眞市1,飯島 浩一2,安藤 香奈絵1
1首都大学東京大学院理工学研究科生命科学専攻神経分子機能研究室,22国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター,認知症先進医療開発センター,アルツハイマー病研究部 発症機序解析研究室

微小管結合タンパク質タウは、正常な神経細胞では主に軸索に分布し微小管の安定性を制御しているが、アルツハイマー病や前頭側頭型認知症など多くの加齢依存性神経変性疾患脳では、微小管から離れ異常な修飾を受けて蓄積している。疾患脳ではタウの代謝が変化し、毒性をもつタウの増加が神経細胞死を引き起こすと考えられている。しかし、発症の過程でタウの異常代謝がどのように始まるのかはよくわかっていない。疾患脳ではタウは40箇所以上でリン酸化を受けているが、中でも特に微小管結合リピート内に位置するSer262でのリン酸化は初期におき、またタウの毒性を増加させることが報告されている。最近Ser262でのリン酸化により、微小管から乖離したタウが安定化され、さらなるリン酸化と蓄積につながる可能性が示唆された。これらより、Ser262のリン酸化はタウの異常代謝の引き金となる変化の一つであり、Ser262でリン酸化されたタウの量を減少させることでタウによる細胞死が効果的に抑えられると考えられる。そこで、本研究では、Ser262でリン酸化されたタウの量を変化させる因子を同定することを目的として、優れた遺伝学的モデルシステムであるショウジョウバエを用いたゲノムワイドスクリーニングを行った。ショウジョウバエの複眼にヒトのタウを発現させると疾患関連部位でリン酸化が起き、細胞死が起きる。このモデルでさらにRNAiによる遺伝子ノックダウンを行い、Ser262でリン酸化されたタウの量が変化するかをウェスタンブロッティングにより検討した。その結果、タウ代謝を制御する遺伝子の一つとしてRibosomal protein S6 kinase(S6k)が同定された。S6kのノックダウンにより、Ser262でリン酸化されたタウの量は減少し、またタウの全量も減少した。Ser262を、リン酸化を受けないアラニンに置換した変異体ではこの効果は見られなかったため、S6kの効果はSer262のリン酸化に依存していることが示された。さらに、S6kのノックダウンにより、タウによる細胞死が緩和された。これらの結果より、S6kの活性が増加することにより、タウが安定化され、それによる神経細胞死が悪化する可能性が示唆された。S6kはTOR pathwayの下流にあり、アルツハイマー病脳でその活性が増加していることが知られていること、また老化や寿命への関与も報告されている。今後、S6kを含むシグナル経路の変化とタウの代謝、毒性への影響を検討していく予定である。