神経化学トピックス

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6. 脳血管形成を制御するアストロサイトのBMPシグナル
  山田真久(理化学研究所脳科学研究センター 山田研究ユニット)

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神経化学トピックス-6

Araya et al., (2008) Mol Cell Neurosci. 38:417-430.
脳血管形成を制御するアストロサイトのBMPシグナル


DOI 10.11481/topics6
登録日:2017年2月9日


脳血管新生は、血管内皮細胞の増殖、移動、さらに細胞外マトリックスの構築といったプロセスの進行により完結する。endfeetと呼ばれる突起で脳毛細血管を取り囲むように接しているアストロサイトが、血管新生を担う分子を放出しており、脳血管内皮細胞とともに血液脳関門(BBB)の形成と維持を担っている。BBBの成熟はアストロサイトの細胞分化過程と密接な関係がある。アストロサイトの分化に伴い、細胞内において血管新生促進分子であるVEGFの産生が減少する。この時期に血管内皮細胞の結合が強化され、血管形成が安定化する。これまで、骨形成因子(BMP)を発現する血管内皮細胞とBMP受容体を発現するアストロサイトの相互関係がどのような働きを持つか分かっていなかった。

BMP2/4に対して特異性に結合能を持つtype I受容体にBMPRIA受容体とBMPRIB受容体がある。Bmpr1a 受容体遺伝子を全身で破壊したマウスは胎生7.5日齢で死に至る(参考文献1)。従って、神経系組織にとってBMPRIAがどのような機能を持つ分子か検証する為には組織特異的遺伝子破壊の方法を用いる必要があった。我々は、Emx1 遺伝子のプロモーター下でCreリコンビナーゼを発現するマウスにより、終脳の幹細胞でBmpr1a 遺伝子を破壊する実験を考えた。Emx1-Cre のトランスジーンの発現する部位を特定する実験から、大脳皮質の興奮性神経細胞と背側のmarginal zone (MZ) の90%以上のアストロサイト、さらに大脳皮質の第2/3層のアストロサイトでCreリコンビナーゼが発現していることを示した。作成したEmx1Cre/+ 組織特異的Bmpr1a 遺伝子破壊マウスは、神経細胞の数や第4/5層の興奮性神経細胞の突起数に変化を認めることは無かった。ところが、Bmpr1a 遺伝子破壊マウスは毛細血管密度の増加が大脳皮質第2/3層で観察された。我々は、遺伝子発現プロファイリングを行った結果に基づき、Bmpr1a 遺伝子破壊により、アストロサイトにおけるvegf 遺伝子発現および蛋白質の増加を確認した(図1)。さらに、Bmpr1a 遺伝子破壊マウスでは、大脳皮質第2/3層や大脳縦列においてBBBの崩壊による血液成分の脳組織内への浸潤が観察された。従って、Bmpr1a 分子がBBB形成、維持に必須の分子であることが分かった。我々は、アストロサイトではBMP2/4に対する受容体としてBMPR1AとBMPR1Bが共に発現していることを明らかにした(論文未発表)。BMPRIB受容体遺伝子を全身で破壊したマウスは、正常マウスと同等の生存期間を持ち、脳構造に大きな異常を認める所見は無いことが報告されている(参考文献2)。このようなBMP受容体遺伝子破壊マウスにおける表現型の違いは、受容体それぞれに特異的なシグナルカスケードが存在する可能性を示唆している。BMPRIAとBMPRIBの刺激は、細胞内のSmads(Smad1, Smad5そしてSmad8)をリン酸化することによって、Smadsの核移行を促す。最終的に、核へ移行したSmadsの複合体は標的となる遺伝子発現を促進することになる。また、一方でBMPRIA受容体は、細胞内のextracellular signal-regulated kinase (ERK) や mitogen-activated protein kinases (MAPKs) を活性化する。従来、BMP受容体によってリン酸化され、活性化したSmadsが核へ移行することにより、vegf 遺伝子発現が促進されると考えられている。しかし、驚いたことにミュータントマウスではリン酸化されたSmads蛋白質量の減少にもかかわらず、vegf 遺伝子発現が促進されるという結果が得られた。この理由は未解明であるが、我々は、アストロサイトにおいて、各BMP受容体に特異的なシグナルカスケードがSmadsカスケードを修飾する可能性を考えている。

アストロサイトと血管内皮細胞の相互機能協関は、脳血管新生からBBB形成へのステップを進行させる。BMPRIA受容体分子は、アストロサイトにおけるVEGF産生を制御する分子であり、脳毛細血管形成の進行過程に影響を与えることが示された。

参考文献
  1. Mishina et al., (1995) Genes Dev. 9,3027-3037.
  2. Yi et al., (2000) Development. 127:621-630.
図1

2008/12/17

 

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