神経化学トピックス

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7. アストロサイトは神経変性疾患ALSの疾患進行を規定する
  山中宏二(理化学研究所脳科学総合研究センター 山中研究ユニット)

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神経化学トピックス-7

Yamanaka et al. (2008) Nature Neuroscience 11: 251-253
アストロサイトは神経変性疾患ALSの疾患進行を規定する


DOI 10.11481/topics7
登録日:2017年2月9日


筋萎縮性側索硬化症(ALS: Amyotrophic Lateral Sclerosis)を発症すると、全身の骨格筋を動かす運動神経に徐々に細胞死が起こり、手足が麻痺し、発声や飲み込みが困難となる。さらに、発症から約2-5年で呼吸に必要な筋肉も麻痺するため人工呼吸器を装着しない限り死に至る。感覚や記憶、思考能力は正常に保たれるため、患者は病気の進行を自覚しており、これほど残酷な病気はない。我が国では現在約6000人の患者さんが闘病しているが、運動神経死の原因は未だ不明であり、有効な治療法もないため、ALSの原因解明や治療法開発への期待は非常に高い。

ALSの大半は遺伝性ではなく誰にでも発症しうるが、約10%は遺伝性であり、SOD1(Cu/Zn スーパーオキシドジスムターゼ)遺伝子の優性変異がそのうち最も頻度が高い。SOD1は細胞内で発生する活性酸素を解毒する酵素であるため、遺伝子変異によるSOD1の機能低下により活性酸素が蓄積して神経毒性をきたすと当初考えられたが、SOD1を欠失したマウスでは運動神経死が起こらないことや、変異SOD1の酵素活性が必ずしも低下しないことから機能低下仮説は否定されている。ヒト変異SOD1遺伝子を発現したトランスジェニックマウスがALSにみられる選択的な運動神経死や進行性の四肢の麻痺を再現することから、変異SOD1は運動神経に対して本来の機能とは無関係の未知の毒性を発揮する(gain of toxic function)と考えられている。

当初はALSで障害される運動神経における分子病態に注目した研究が主流であったが、私どもは多くの神経変性疾患の原因タンパク質はほぼ全ての細胞群に発現することや、疾患進行期には病巣にグリア細胞の著しい活性化が起こること(図1)に注目し、運動神経以外の細胞で変異SOD1が毒性を発揮して、非細胞自律性に運動神経を障害する可能性を検討した。そこで、細胞群特異的に変異SOD1の発現を除去できる新しいALSモデルマウスLoxSOD1G37Rを作成した。LoxSOD1G37Rはすべての細胞群に変異SOD1を発現し、ALSにみられる運動神経死を再現するが、細胞群特異的Creマウスとの交配により、特定の細胞群から変異SOD1を除去できる(図2)。まず、運動神経とグリア細胞のミクログリアについて検討した。運動神経から変異SOD1を除去した場合はALSの発症時期が遅延するが、ミクログリアから変異SOD1を除去するとALSの進行が遅延し、モデルマウスは長期生存した(参考文献1)。現在までに、この手法により様々な細胞群の関与について検討を行ってきた中で(図3)、神経系の主要なグリア細胞であるアストロサイトにおける変異SOD1の役割に関して重要な知見が得られた。ミクログリアは死細胞や病原体の貪食に関わる細胞であるが、アストロサイトは神経細胞に栄養因子を供給するのみならず、シナプス活動の調節など多岐にわたる機能をもつグリア細胞である。LoxSOD1G37RとアストロサイトにCre蛋白を発現するGFAP-Creマウスを交配して発症時期、罹病期間と生存期間を検討した。アストロサイト特異的に変異SOD1を除去すると、ミクログリアの異常な活性化を抑制し、発症時期は不変であったが、罹病期間を約2.2倍延長(進行速度を遅延)して生存期間を著明に延長した(平均生存日数Cre-: 376日, Cre+: 436日)。つまり、ALSの発症は、運動神経に蓄積するさまざまな病的変化に起因するが、その進行はアストロサイトとミクログリアに起因する病的変化が深く関与し、アストロサイトがミクログリアをより活性化させ、細胞障害性サイトカインなどの放出を促進して運動神経変性を加速すると考えられる。

孤発性ALSの治療の可能性を考える場合、発症後の進行を遅らせることは現実的な治療目標といえる。運動神経を幹細胞治療により補充することは、ヒトでは最長約1mの軸索を骨格筋まで正しく到達させる点などで困難を抱えている。それに対して、アストロサイトとミクログリアはALSの進行を遅延する治療の標的細胞として有望であり、これらのグリア細胞における分子病態の解明とグリア細胞を標的とした治療法の開発が今後の目標である。

参考文献
  1. Boillee & Yamanaka et al. Science 312: 1389-1392, (2006);
  2. Miller et al. PNAS 103: 19546-51, (2006);
  3. Lobsiger et al. PNAS 106: 4465-4470, (2009) .
図1図1. 発症前(A)、疾患進行期(B)の変異SOD1マウスの腰部脊髄病巣。疾患進行期には著しいミクログリア(Mac2:red)、アストロサイト(GFAP:green)の活性化が見られる。SMI-32 (blue: neuron), Bar: 100µm
図2図2. 本研究の実験スキーム。
図3
図3.細胞群特異的な変異SOD1除去による、疾患の発症や進行速度への効果の検討結果。アストロサイトとミクログリアはALS進行を遅延させる治療の標的細胞と考えられる。

2009/4/30

 

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