タイトル
2013年受賞 奨励賞 飯島 崇利
概要
飯島写真2
神経細胞の分化・可塑性を司るRNA制御機構
RNA-based mechanisms underlying neuronal differentiation and plasticity

飯島 崇利
スイス バーゼル大学バイオセンター 神経生物学部門
(現所属:東海大学創造科学技術研究機構医学部門)

 
成人では1000億個以上にも達する多種多様な神経細胞の織りなす複雑な脳の構造や働きが、僅か2万個程度の限られた数の遺伝子によってどのように精密にプログラムされているのか、私はその解明の糸口として遺伝子情報の多様的出力であるRNAベースでの時空間的な発現制御メカニズムに焦点をあて、以下のような研究を行ってきた。

1, mRNAの樹状突起への輸送機構と翻訳制御
 神経細胞ではシナプスタンパク質をコードするmRNAが樹状突起や軸索にも及び、神経活動によって局所的に翻訳されることによりシナプスの可塑的変化に寄与していることが知られてきた。受賞者は小脳Purkinje細胞においてシナプス可塑性に重要な細胞内カルシウムチャネルであるイノシトール3リン酸受容体 (IP3R1) のmRNAの樹状突起への局在に関わるキーファクターとしてRNA結合タンパク質Hzfを同定し、これが神経栄養因子BDNFに依存的なIP3R1のmRNA翻訳を制御することを明らかにした1)。またHzfノックアウトマウスは顕著な運動失調を示し、小脳依存的運動学習の障害も認められたことから、本研究により小脳運動における転写後調節の重要性が示唆された2)。

2, 小脳皮質におけるシナプス形成因子のmRNA発現制御
 Cbln1は小脳顆粒細胞のシナプス前終末より放出され、Purkinje細胞間のシナプス形成を誘導する分泌性因子である。受賞者はCbln1 mRNAの発現が神経活動の持続的亢進によってCalcineurinシグナルを介して抑制され、この発現変化によってPurkinje細胞上の興奮性シナプス数を負に制御しうることを明らかにした3) (図表参照)。

3,神経活動依存的なシナプス形成因子の選択的pre-mRNAスプライシング制御機構
 シナプス接着因子であるNeurexinは、NeuroliginやLRRTMなどシナプス後部にある複数の受容体と相互作用することでシナプス形成を誘導する。受容体との相互作用の選択性は神経回路の特異的形成能やシナプス可塑性に関与することが強く示唆されており、この選択性はNeurexinの結合ドメインをコードする領域(スプライス部位4: AS4)の選択的スプライシングによって決定される。申請者はNeurexin AS4の選択的スプライシング変化が神経活動により誘導されることを明らかにし、キーファクターとしてRNA結合タンパク質SAM68を同定した。本研究により神経活動依存的なスプライシング変化が上記2のCbln1の発現抑制3)と協調して、学習記憶時のシナプスの安定化または病態脳における興奮毒性からの神経保護など神経機能の恒常性維持に強く寄与していることが示唆された4)(図表参照)。

 またSAM68には2つのファミリータンパク質SAM-like molecule 1, 2 (SLM1, 2) がある。興味深いことに、これらのタンパク質は脳内で特定の組織・神経細胞に限局して発現しており、SAM68が神経活動依存的制御を行うのに対して、SLM1とSLM2は組織・細胞種特異的なスプライシング制御に関与していることを明らかにした5)。このような制御は多種神経細胞間の特異的ネットワーク形成および高次神経機能の恒常性維持に重要な要素であることが示唆される。

文献:
1.Takatoshi Iijima, Takao Imai, Hirotaka James Okano, Yuki Kimura, Alan Bernstein, Michisuke Yuzaki and Hideyuki Okano. Hzf protein regulates dendritic localization and BDNF-induced translation of type1 Inositol 1,4,5-trisphosphate receptor mRNA. Proceedings of the National Academy Sciences of the United States of America. 102: 17190-17195 (2005) 
2.Takatoshi Iijima, Hiroo Ogura, Kanako Takatsuki, Shigenori Kawahara, Kenichiro Wakabayashi, Daisuke Nakayama, Masato Fujioka, Yuki Kimura, Alan Bernstein, Hirotaka James Okano, Yutaka Kirino and Hideyuki Okano. Impaired motor functions in mice lacking the RNA-binding protein Hzf. Neuroscience Research. 58: 183-189 (2007)
3.Takatoshi Iijima, Kyoichi Emi and Michisuke Yuzaki. Activity-dependent repression of Cbln1 expression: Mechanism for developmental and homeostatic regulation of synapses in cerebellum. The Journal of Neuroscience 29: 5425-5435 (2009)
4.Takatoshi Iijima, Karen Wu, Harald Witte, Yoko Hanno-Iijima, Timo Glatter, Stephane Richard and Peter Scheiffele. SAM68 regulates neuronal activity-dependent alternative splicing of Neurexin-1. Cell 147: 1601-1615 (2011)
5.Takatoshi Iijima, Yoko Hanno-Iijima, Harald Witte and Peter Scheiffele. Neuronal cell-type specific alternative splicing is regulated by the KH-domain protein SLM1 Journal of Cell Biology 204: 331-342 (2014)

飯島 図

図表説明:小脳皮質における神経活動依存的なCbln1の発現制御とNeurexinの選択的スプライシング変化
 小脳顆粒細胞において、神経活動によりCalcineurin(CaN)シグナルを介してCbln1の遺伝子発現がシャットダウンする。同時にCa2+-CaMKIV経路によって活性化されたSAM68は、エクソン20の挿入を抑制しNRX1 4(-)を生み出す。これに伴って平行線維とプルキンエ細胞間のシナプス上でCbln1/GluD2複合体からNeuroligin1B, LRRTMなどへの受容体のスイッチングが起こり、長期抑圧 (LTD)などの可塑性の誘導効率に変化が引き起こされることが予想される。