神経化学トピックス

神経化学のトピックを一般の方にもわかりやすくご紹介します。
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32. 脳内免疫細胞ミクログリアの時空間的多様性
  増田隆博
  Institute of Neuropathology, Medical Center and Faculty of Medicine, University of Freiburg、Germany

DOI 10.11481/topics107
掲載日:2019年6月24日  登録日:2019年6月25日

 ミクログリアは、脳や脊髄といった中枢神経系組織内に存在する免疫細胞で、貪食能や遊走性に加え、炎症性サイトカイン等の生理活性物質の産生・放出といった機能的特徴から中枢神経系マクロファージと呼ばれています。通常、ミクログリアは、神経シナプスの剪定や貪食による死細胞の除去を担うなど、組織の恒常性維持において重要な役割を果たしています(文献1)。また、発生期には生理活性物質の放出を介した神経新生の促進や脳血管網の形成においても極めて重要な役割を果たしています。一方、様々な中枢性疾患の発症時においては、疾患の進展に促進的に、あるいは抑制的に機能することが明らかになってきています。このような機能的多様性から、ミクログリアには様々なサブタイプが存在し、それぞれの局面で多種多様な機能を発揮しているのではないかという仮説が提唱され、長らく議論されてきました。近年、トランスクリプトミクスやプロテオミクス等のオミクス解析技術の進歩により、細胞の分類および機能的特徴が遺伝子レベルで高感度に解析されるようになってきており、その中でも最近急速な進歩を遂げているシングルセルRNAシークエンシング等の単細胞解析技術は、本当の意味での細胞の多様性解析を可能にしました。今回、我々はシングルセルRNAシークエンス解析を含めた様々な最新技術を駆使し、これまで明らかになっていなかったミクログリアの時空間的多様性及び可塑性について詳細に解析し、さらにはマウスおよびヒトのミクログリア細胞を用いて、病態時特異的に出現するミクログリア細胞サブタイプの特定を試みました(文献2)。
 まず初めに、マウスの発達段階におけるミクログリアの時空間的多様性を検討するため、胎生期、幼少期および成体マウスの様々な脳領域からミクログリアを単離し、単細胞レベルでの遺伝子発現解析を行いました (図1)。
その結果、発生期において遺伝子発現プロファイルの異なる数種類のミクログリアが存在することが明らかになりました。特に胎生期にはより多くのサブタイプが観察され、それらは発生段階で徐々に減少し、成体においてミクログリアはより均一な細胞集団へと移行していくことが明らかになりました。一方で、特定の脳部位に高頻度に存在するミクログリアサブタイプは存在していたものの、それらは他の脳部位にもある程度存在しており、脳部位特異的なサブタイプは観察されませんでした。
次に、中枢神経疾患の病態モデルマウス(Cuprizone誘発脱髄モデルおよび顔面神経損傷モデル)を用いて、病巣からミクログリアを単離し、その遺伝子プロファイルを解析しました。その結果、大変興味深いことにCuprizone誘発脱髄モデル由来のミクログリア(脱髄ミクログリア)および顔面神経損傷モデル由来のミクログリアは、正常のミクログリアとは全く異なる遺伝子プロファイルを示すだけでなく、それぞれのモデル動物間で全く異なる遺伝子発現変化を遂げることが明らかになりました。さらに、脱髄ミクログリアは遺伝子発現パターンの異なる2種類のタイプに分類されたことから、それぞれが異なる機能を担っていると考えられました。以上の結果は、ミクログリアは病態生理学的条件化においてそのコンテクスト依存的に遺伝子変化を伴って活性化状態へと移行し、それぞれの状況に適宜対応していることを意味しており、多種多様な機能を有するミクログリアの可塑性が改めて明確になりました。
 さらに、我々はヒトのミクログリア細胞に関しても同様にシングルセルRNAシークエンス解析法により、その多様性に関して詳細に解析しました (図1)。本研究では、正常脳のミクログリアおよび脱髄を伴う多発性硬化症患者のミクログリアを使用し、比較検討しました。その結果、多発性硬化症患者由来のミクログリアは、正常ミクログリアの遺伝子プロファイルとは全く異なっており、さらにそれぞれ異なった遺伝子パターンを有した数種類のサブタイプに分類されることが初めて明らかになりました(図2)。
さらに、多発性硬化症患者由来のミクログリアは、遺伝子発現プロファイルがマウス由来の脱髄ミクログリアに類似していることも明らかになりました。
 以上の結果から、ミクログリアは発生段階においては多様な細胞状態にあるものの、成長するに従ってより均一な細胞集団へと移行していくこと、さらには病態時には、それぞれの状況に応じて適宜遺伝子発現変化を伴って活性化状態へと移行し、それぞれの機能を担っているということが明らかになりました。
本研究により、初めてマウスおよびヒトミクログリアの時空間的多様性および可塑性が明らかになりました。特にヒトミクログリア細胞を用いた解析では、これまで全く明らかになっていなかった多発性硬化症発症時におけるミクログリアのサブクラスの特定にも繋がりました。今後、病態モデル動物およびヒト由来のサンプルを組み合わせて詳細な解析を進め、それぞれのミクログリアサブクラスが病態発症・維持過程でどのような役割を担っているのか明らかにし、新規治療薬の標的としてのミクログリアの可能性について、より詳細な解析を進めていく必要があると考えます。

〈参考文献〉
1.Masuda T, Prinz M, Microglia: A Unique Versatile Cell in the Central Nervous System. ACS Chem Neurosci. 2016 Apr 20;7(4):428-34.
2. Masuda T, Sankowski R, Staszewski O, Böttcher C, Amann L, Sagar, Scheiwe C, Nessler S, Kunz P, van Loo G, Coenen VA, Reinacher PC, Michel A, Sure U, Gold R, Grün D, Priller J, Stadelmann C, Prinz M, Spatial and temporal heterogeneity of mouse and human microglia at single-cell resolution, Nature. 2019 Feb;566(7744):388-392. doi: 10.1038/s41586-019-0924-x

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