神経化学トピックス

神経化学のトピックを一般の方にもわかりやすくご紹介します。
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16. リーリンは、細胞接着因子インテグリンを細胞内から活性化し細胞外基質との接着を亢進することによって、
   神経細胞の配置を制御する
   仲嶋 一範(慶應義塾大学医学部解剖学教室)
リーリンは、細胞接着因子インテグリンを細胞内から活性化し
細胞外基質との接着を亢進することによって、神経細胞の配置を制御する

Reelin controls neuronal positioning by promoting cell-matrix adhesion via inside-out activation of integrin α5β1.
Katsutoshi Sekine, Takeshi Kawauchi, Ken-ichiro Kubo, Takao Honda, Joachim Herz, Mitsuharu Hattori, Tatsuo Kinashi, and Kazunori Nakajima.
Neuron, 76(2), 353-369 (2012).

DOI 10.11481/topics16
登録日:2017年2月9日

 哺乳類の大脳皮質は、神経細胞が整然と並んだ6層構造を作っています。この層形成過程において、神経細胞は脳室近辺で誕生し、放射状に脳表面に向かって移動して、表層付近で移動を終了します。この際、遅生まれの神経細胞は早生まれの神経細胞を乗り越えてより表層側に到達して停止することから、最終的には先輩細胞が深層に、後輩細胞が表層に並ぶ“inside-out”様式で層構造を形成します(図A)。

 私たちは、神経細胞の移動終了地点に発現するリーリンと呼ばれる細胞外タンパク質に着目しました。リーリン欠損マウスにおいては、大脳皮質層構造が全体として逆転してしまいます。リーリンは、移動神経細胞のApoER2/VLDLRと呼ばれるリーリン受容体に結合した後、細胞内タンパク質であるDab1をリン酸化することが知られています。しかし、大脳皮質内において、いかにしてリーリンが神経細胞の“inside-out”型の配置を制御しているのかは、長年謎のままでした。最近私たちは、発生期の大脳皮質において脳表面付近に一過的に観察される特徴的な領域を同定し、原皮質帯(primitive cortical zone: PCZ)と命名しました。そして、リーリンがこの原皮質帯への進入に関わる特殊な移動様式を制御していること、原皮質帯が“inside-out”型の最終配置が決定される場所であることを報告しました(Sekine, et al. J. Neurosci., 2011)。本研究においては、このリーリンと原皮質帯の関係に着目し、リーリンによる“inside-out”型の細胞配置のメカニズムを明らかにしたいと考えました。

 まず、Dab1をRNA干渉法で阻害すると原皮質帯への進入が阻害されましたが、さらに解析を進めた結果、Dab1の220番目ないし232番目のチロシンのリン酸化が必要であることを見いだしました。これらのチロシンに結合する下流分子の候補として、Crk/CrkLに注目し、RNA干渉法を用いて解析したところ、Crk/CrkLが確かに原皮質帯への進入を含む細胞移動を制御していることが分かりました。さらに、Crk/CrkLと結合しリーリンで活性化されるC3Gと呼ばれるタンパク質も、原皮質帯への進入に必要であることを見いだしました。C3Gは、Rap1と呼ばれる低分子量Gタンパク質の活性化因子であることが知られています。そこで次に、Rap1の阻害因子であるSpa1を移動神経細胞に導入したところ、やはり原皮質帯への進入に異常が出ることが分かりました。以上より、リーリンによるC3Gを介したRap1の活性化が、原皮質帯への進入を制御していると結論されました。

 さらに私たちは、原皮質帯への進入が放射状グリアに依存しない特殊な移動様式(ターミナルトランスロケーション)で起こることから、移動の最終段階においては周囲の細胞外環境を足場にして動くのではないかという仮説を立てました。原皮質帯を含む脳表面で強く発現する分子を以前私たちは多数報告しましたが、その中で、フィブロネクチンと呼ばれる細胞外マトリックスに着目しました。フィブロネクチンは、インテグリンα5β1と結合する分子です。移動神経細胞は、先導突起を伸ばし、その後に核を含む細胞体を持ち上げ、さらにまた先導突起が伸び、という過程を繰り返して移動していますが、私たちは、原皮質帯付近のフィブロネクチン発現部位において、インテグリンβ1が移動神経細胞の先導突起で活性化されていることを見出しました。興味深いことに、リーリン欠損マウスにおいてはこのインテグリンβ1の活性化が観察されないことから、リーリンによるインテグリンα5β1の活性化が原皮質帯への進入に重要なのではないかと考えました。そして、実際にリーリンがインテグリンα5β1を活性化することを見出し、その結果として神経細胞とフィブロネクチンの接着が亢進することも明らかになりました(図A)。インテグリンα5β1の作用を阻害すると原皮質帯への進入に異常が見られたことから、インテグリンα5β1が原皮質帯への進入に必要であることが分かりました。さらに、リーリン受容体を阻害して原皮質帯への進入が阻害された表現型が、インテグリンα5β1の恒常的活性化型(および別の下流分子であるAkt)を導入することで正常化することから、インテグリンα5β1の活性化がリーリンの下流で起こり原皮質帯への進入を制御していることが分かりました(図B)。また、インテグリンα5β1の阻害が、 “inside-out”型の細胞配置様式を乱すことも確認しました。

以上より、放射状グリアを伝って大脳皮質内をよじ登ってきた神経細胞は、原皮質帯の直下に到達してその先導突起先端でリーリンを受け取ると、細胞内の経路を介して先導突起のインテグリンα5β1を細胞の中から活性化させることがわかりました。その結果、フィブロネクチンにつかまって力強く細胞体を持ち上げることで原皮質帯への進入が起こり、最終配置部位、すなわち原皮質帯の最表層部分に正しく定着することが明らかになりました。脳の深部で生まれて脳表面に向かって移動してくる神経細胞は、原皮質帯のところでこのしくみで先輩細胞を乗り越えて次々に最表層に到達するため、“inside-out”型の層形成が実現されると考えられます。

 
図A:興奮性神経細胞は側脳室周囲にある放射状グリアと呼ばれる神経幹細胞から誕生する。その後、多極性移動、ロコモーションと呼ばれる移動様式に順次変化し、脳表面へと向かって移動する。先導突起がリーリン発現部位である辺縁帯に到達すると
①インテグリンα5β1が活性化し、
②辺縁帯に分布するフィブロネクチンとの接着が亢進することで
③原皮質帯を通過することができるようになり、
④最終的な“inside-out”型の細胞の配置が起こるようになる。


図B:リーリンは
①神経細胞に発現するApoER2/VLDLRと呼ばれるリーリン受容体に結合し、
②Dab1のリン酸化によるCrk/CrkL-C3Gの活性化を介してRap1を活性化する。
③活性化されたRap1は、結合する下流の分子を連れてきて活性化することで
④インテグリンα5β1の構造変化による活性化を引き起こし、
⑤細胞外マトリックスであるフィブロネクチンへの接着が亢進する。

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