TOP一般口演
 
精神疾患の神経心理・神経生理
O3-1
実験的自己免疫性ナルコレプシー作出の試み
田中 進,本多 芳子,関 康子,本多 和樹,児玉 亨
都医学研・精神行動医学・睡眠

過眠症ナルコレプシー(NA)は日中の強い眠気と情動脱力発作を主徴とする。オレキシン(ORX)神経伝達システムの異常によりNAが引き起こされることが広く知られるところであるが、モデル動物で見られる直接的な原因となる遺伝子異常はヒトNAにおいて非常に稀である。HLA-DRB1*1501/DQB1*0602との強い関連、IgG静注による情動脱力発作の寛解等により自己免疫機序によるヒトNA発症の可能性が強く示唆されている。近年、ORX神経細胞に共存するTRIB2に対する自己抗体がNA患者血清中に存在すること、さらに抗TRIB2抗体を含む患者Ig分画のマウス脳室内への投与がORX神経の減少を引き起こすことを報告した。本研究ではTRIB2ペプチド免疫動物を作成し抗TRIB2抗体のナルコレプシー病態への関与を探索した。特異性を確認したTRIB2-C末ペプチドをメスSDラットに2週おきに皮下に免疫した。対照としてKLHのみを免疫した群を用意した。14週後、血清、CSFならびに視床下部組織をサンプリングし、抗TRIB2抗体価、ORX含有量、ORX遺伝子発現量、ならびにORX細胞数を検討した。TRIB2を免疫したラット全てにおいて抗TRIB2抗体価の上昇が確認された。陽性血清を用いたImmunoblottingにおいてもTRIB2家兎血清にて観察される位置にバンドが観察された。KLH免疫群における陰性血清ではバンドは観察されない。しかしながらTRIB2免疫群のみならずKLH免疫群においてもORX遺伝子発現量の減少とCSF中のORX量の減少が観察された。視床下部におけるORX含有量、細胞数、ならびにMCH遺伝子発現量に変化は観察されていない。本研究の結果は抗原によらない免疫賦活によりORX神経が抑制されることを示している。興味深いことに生後オレキシン神経が脱落するよう遺伝子改変されたataxin3/ORXマウス血清中において抗TRIB2抗体を見いだしており、ORX神経の脱落に伴った結果として抗TRIB2抗体が出現してくる可能性も考えられた。
O3-2
睡眠相後退症候群の終夜睡眠ポリグラフ記録では睡眠禁止帯域が可視化される
中島 亨
杏林大・医・精神神経

睡眠禁止帯域(sleep forbbiden zone)はLavieら(1986)の研究から提唱され始めた概念で、ヒトの睡眠においては実際の入眠数時間前に数時間の眠れない時間帯が存在するとするものである。しかし、ヒトは一般に概日リズムの位相に影響されず睡眠することが可能であるため、実際に睡眠禁止帯域が観察されることはほとんどない。今回、睡眠相後退症候群と診断されたヒトの終夜睡眠ポリグラフ記録(PSG)を検討した結果、睡眠禁止帯域と考えられる状態が認められたので報告する。我々は"前後に深睡眠がみられる単回でおよそ1時間以上の中途覚醒"が睡眠禁止帯域に相当すると考え、連続8件の睡眠相後退症候群のPSGについてこの所見を検討した。なお、これら8件のPSG記録および睡眠日誌の報告に際しては、可能な限り匿名性を保って報告することを伝えたうえで被検査者からこれらの記録を報告することについて口頭での同意を得た。その結果この所見に該当するものが4件で認められたほか、2件では複数の中途覚醒期間が認められ、残る2件では認められなかったが、この2件は睡眠覚醒リズムが通常に復した後のものであった。Uchiyamaら(2000)が、睡眠相後退症候群では概日リズム通りの睡眠しかとれないことを報告していることを鑑みると、今回の知見は睡眠相後退症候群において睡眠禁止帯域が後退し、それが可視化されたものである可能性がある。
O3-3
神経症人格特性が覚醒促進および睡眠への不満をもたらす背景となる前頭皮質機能特性
吉池 卓也1,2,本間 元康1,池田 大樹1,大村 英史1,金 吉晴1,栗山 健一1
国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 成人精神保健研究部1,神奈川県立精神医療センター 芹香病院 臨床研究室2

情動脆弱性の一側面を反映する神経症人格特性は、主観的な睡眠評価の低下と関連する一方、睡眠不足時の認知機能維持に関連する可能性が示唆されている。神経症人格特性が覚醒維持能力および睡眠評価に及ぼす影響の背景に、注意や判断に係る前頭前皮質の機能特性が関与する可能性を、健康成人を対象に部分断眠条件下で検討した。習慣的睡眠時間が平均約8時間の成人49名に対し平均約2時間の睡眠制限を負荷した翌日に、n-back作働記憶課題(0-および2-back)遂行中の前頭皮質血流変化を機能的近赤外線分光法を用い計測した。課題前後の覚醒度をスタンフォード眠気尺度で評価し、覚醒変化度を覚醒維持能力と定義した。神経症人格特性をコスタらの5因子人格検査の神経症傾向下位尺度により評価し、習慣的睡眠の自覚的評価にはピッツバーグ睡眠質問票を用いた。ヘルシンキ宣言に則り、インフォームド・コンセントを得て、プライバシーに関する守秘義務を遵守し、匿名性保持に配慮した。覚醒維持能力が高い者ほど高難易度(2-back)課題における成績が向上し(r=.31、p=.032)、両側前頭皮質の賦活度が低かった(右前頭前野r≧.29、p<.05;左前頭前野r≧.30、p<.05)。さらに構造方程式モデリングを用いた因果モデルにより、神経症人格特性は覚醒維持能力の向上と同時に睡眠満足度の低下を予測し、両側前頭皮質の活動低下がこれらの明確な介在因子であることが確認された。つまり両外側前頭皮質の機能効率が、神経症人格特性が覚醒維持能力および睡眠満足度を同時にもたらす神経生理学的背景メカニズムに関与することが示唆される。神経症人格特性は、睡眠に対する否定的認知を強化し満足度を低下させる反面、夜間交代勤務などにより急性断眠に曝された場合にも高い覚醒維持能力により認知機能低下を最小にする適応能力をもたらす可能性が示唆された。
O3-4
健常者における循環気質と作業記憶の関連
児玉 健介,帆秋 伸彦,秦野 浩司,河野 健太郎,牧野 麻友,溝上 義則,寺尾 岳
大分大学医学部精神神経医学

循環気質は双極性障害の前駆状態と考えられているが、その神経基盤は明らかにされていない。本研究では健常者を対象に、循環気質と作業記憶の関連を検討し、その神経基盤を探索した。方法健常成人33名を対象とした。男性25名、女性8名、年齢は26.4±5.7歳であった。被験者は全員右利きで、視力に問題はなかった。精神疾患に罹患していないこと、精神疾患の既往がないことを、The Mini-International Neuropsychiatric Interview(M.I.N.I.)を用いた面接により確認した。循環気質の評価にはTemperament Scale of Memphis, Pisa, Paris, and San Diego-Autoquestionnaire(TEMPS-A)を用いた。fMRIの課題としてN-backテストを行った。難易度の異なる1-back、2-back、3-back課題と、対照条件である0-back課題を、fMRIの撮影中に順不同で施行した。SPM8を用いてfMRIデータの解析を行った。各被験者のデータを1-、2-、3-、0-backの4条件に分けて、whole brainについて個人解析を行った。引き続きそのデータを用いて集団解析を行った。循環気質得点を独立変数とし、whole brainのfMRIデータを従属変数として、重回帰分析を施行した。被験者の年齢と性別を独立変数に加え、補正を行った。本研究は大分大学倫理委員会の承認を得ている。すべての被験者に対して書面による説明を行い、同意を得た。結果2-back、3-back課題条件で、左の舌状回に循環気質得点と有意な相関を有する部位を認めた。3-back課題でのクラスターサイズは2-back課題でのそれより大きかった。課題の難易度が上がるにつれて、賦活範囲が広がったと考えられる。結論循環気質の神経基盤として、左舌状回がその一端を担う可能性が示唆された。
O3-5
若年健常者における脳波短潜時求心性抑制の神経生理学的解析
野田 賀大,Robin Cash,Luis Garcia Dominguez,Jeff Daskalakis,Daniel Blumberger
Centre for Addiction and Mental Health, University of Toronto, Toronto, Canada

【目的】短潜時求心性抑制とは一次運動野に対する経頭蓋磁気刺激に先行して適切な時間差で末梢体性感覚神経を刺激することにより、皮質脊髄路の興奮性の指標である運動誘発電位が減弱する現象である。この指標は主にコリン作動性神経機能に強く依存した指標であることが知られているものの、運動野以外の大脳皮質領域、特に前頭前野における短潜時求心性抑制の存在はまだ確認されておらず、それを引き起こす適切なパラメーターも分かっていない。そこで本研究では一次運動野の脳波レベルでの短潜時求心性抑制の評価を行い、さらにその手法を背外側前頭前野にも応用し同部位の短潜時求心性抑制の適切なパラメーターを同定することを目的とした。【方法】若年健常者12名が参加した。末梢体性感覚刺激は右手根部正中神経に行い、経頭蓋磁気刺激は左一次運動野手指領域に行った。正中神経電気刺激強度は感覚閾値の3倍とし、磁気刺激強度は安静時に1mVの運動誘発電位(導出筋は右第一背側骨間筋)が誘発される強度とした。末梢電気刺激と磁気刺激の時間間隔は体性感覚誘発脳波から得られるN20を被験者毎に検出し、その値を基準に一次運動野ではN20/N20+2(msec)、背外側前頭前野ではN20/N20+2/N20+4/N20+6/N20+8/N20+10/N20+20(msec)と条件を割り振り、それぞれの脳波変化を評価した。本研究は倫理審査委員会による承認を得て、被験者から書面による同意を得た。【結果】短潜時求心性抑制の運動誘発電位変化は、N20で37±12%、N20+2で34±19%の減弱率であった。一次運動野の脳波の電位変化に関してもN20で125%、N20+2で65%の減弱率であり、N20においてより強い短潜時求心性抑制の変化を認めた。他方、背外側前頭前野の脳波の電位変化においては、N20で29%、N20+2で46%、N20+4で20%、N20+6で23%、N20+8で9%、N20+10で14%、N20+20で-20%の減弱率を示し、N20+2にて最大の変化を認めた。【結論】短潜時求心性抑制に関して、一次運動野ではN20で最も強い抑制が引き起こされ、運動誘発電位と脳波変化に一貫した結果が認められた。さらに背外側前頭前野でも同様の脳波変化が惹起されることが分かり、N20+2で最大の抑制変化が観察された。
O3-6
感情弁別における事象関連電位N170/N400と共感性
角田 智哉,草野 秀亮,池本 楽,吉野 相英
防衛医科大学校 精神科学講座

【背景】表情認知は社会相互作用に欠かせない能力であることは広く知られている。特に目は口ほどにものを言うと知られているように目は多くの情報を我々に与えており、他者とのコミュニケーションにおける感情理解に重要な部位となっている。実際に、社会相互作用における顔もしくは表情認知の重要性は事象関連電位N170を用いた研究でも報告されている。同様に顔刺激によるN400も顔の同定・認知を反映していると言われている。さらに円滑な社会生活に必要な他者への共感を定義する一つの心の理論でも目は評価される項目の一つである。そこで、本研究では目および顔刺激の事象関連電位N170/N400と共感の関連を明らかにするために施行した。【方法】健常成人50名を対象として目および顔からなる表情弁別課題を課し、事象関連電位P1/N170/N400を記録した。その後に対象者は、Empathy Quotient for adult日本語版(EQ-J)に自己記入した。それぞれの潜時・振幅を用いて刺激(目、顔)×正誤(正、誤)の反復測定分散分析を行い、N170/N400振幅とEQ-Jの相関について評価を行った。本研究は防衛医科大学校倫理委員会にて承認後、書面を用いてインフォームドコンセントが得られた者を対象とした。【結果】目刺激と顔刺激の平均正答率に有意差は認めなかった。N170に関しては目刺激に関する振幅は顔刺激大きく潜時は延長したが正誤では有意な因子を認めなかった。N400に関しては顔刺激の振幅は目刺激の振幅よりも大きかった。また正答した場合には誤答よりも振幅は大きかった。N170/N400とEQ-Jには正の相関を認めた。【結論】表情弁別において目刺激は顔刺激と同様の正答率であり、弁別に重要であると考えられた。さらに、目刺激と顔刺激のN170/N400振幅の差は表情認知における機序の違いが示唆された。また、顔関連事情関連電位は共感性の指標となりえると考えられた。