TOP合同シンポジウム
 
合同シンポジウム
発症とは何か
1C-合同2-1
思春期以降に幻聴・妄想を発病するかもしれないモデル動物
那波 宏之
新潟大・脳研・分子神経生物

統合失調症は、幻聴などの陽性症状と引きこもりなどの陰性症状を、主に思春期以降に発症する精神疾患である。脳神経科学の進歩に伴って、分子レベルや遺伝子レベルの脳機能がかなり解析されたにも関わらず、その病因や病態、診断には多くの疑問が山積し、研究者の数ほどその発症仮説が存在する。統合失調症にバイオマーカーがない現状では、診断基準DSM5が唯一の基準であり、それ以外には発症を診断する手段は存在しない。そのためどんなモデル動物を作製してその中間表現型の適合性を議論しても、最終的にDSM5診断基準には当てはまらないという意味で、そのモデル動物の妥当性を厳密に判断することはできない。あえて否定的に言い換えれば、シャナイダーの一級症状に代表されるような自我崩壊が立証できないであろう動物での実験研究は無駄かもしれない。なかば諦めかけていた演者に、一つの光が見えてきている。我々の作製したモデル動物はそのほとんどの認知行動異常を思春期以降に発現し、その多くがドパミン神経の発達性活動亢進と異所性神経支配で説明できることが明らかになってきた。その過剰ドパミン神経支配は大脳基底核の淡蒼球であり、統合失調症患者に脳画像研究で過活動と巨大化が言われている脳部位である。また加えて、当該モデル動物では聴覚皮質に限定される過剰神経活動と異常生理反応もみられ、もしかしたら「幻聴」のような存在しない音をモデル動物が聞いている可能性が出てきている。また、本モデルは性情動に伴い妄想的ともいえるようなコンテキスト学習反応(独り言)を示す。もし、これらの現象が完全に立証できれは、ラットやマウスにも統合失調症を発症することになるかもしれない。本シンポジウムでは統合失調症の発症がヒトに限定される科学的論拠について考察し、モデル動物での統合失調症発症の可能性について議論を深めてみたい。
1C-合同2-2
環境要因はエピジェネティク調節を介して精神疾患表現型を修飾する
鍋島 俊隆1,2,3
1藤田保健衛生大・院・医科・先端診断システム探索,2藍野大学,3NPO法人医薬品適正使用推進機構

人の行動は幼児や思春期の間に育った環境によって影響を受ける。精神疾患の発症頻度は一卵性双生児でも100%一緒にならない。遺伝的および環境的要因は脳の発達の臨界期において精神疾患の発症や進展に影響を与える。逆に、豊かな環境は精神疾患の発症を抑える。しかし、環境要因が精神疾患の発症や進展にどのように影響を及ぼすのか良く分かっていない。最近の研究で遺伝子コードに影響を与えないで、遺伝子発現を長期にわたって制御するエピジェネテックな機序が環境要因による脳機能の変化に関わることが報告されている。我々は1)幼児期、思春期におけるDISC1遺伝子変異と環境ストレスが神経発達と大人になった時の行動にどのように影響を与えるのか?2)思春期に豊かな環境で飼育した時にフェンサイクリジン(PCP)による異常行動の発現が抑制されるかどうか?3)クロザピンはPCPによる異常行動発現を抑制するかについて検討し、エピジェネテックな機序が関与していることを明らかにした。
1C-合同2-3
うつ病の発病脆弱性の分子機構を考える
渡辺 義文,内田 周作,山形 弘隆,樋口 文宏
山口大院・医・高次脳機能病態

うつ病の生物学的理解の1つに、遺伝的素因としての発病脆弱性を有し、誘因としての心身のストレス負荷によって発症するという、いわゆる“生活習慣病”としての考えがある。うつ病の発病脆弱性にはストレス脆弱性が大きく関与しており、通常では適応可能なストレス負荷によって容易に適応破綻をきたし、神経線維や神経細胞樹状突起スパインなどの神経可塑性異常が引き起こされてうつ病が発症する、というストレス脆弱性・神経可塑性異常仮説が注目されている。このストレス脆弱性の形成には遺伝的要因のみならず環境要因との相互作用が重要であると考えられている。現在までに、うつ病の発病脆弱性や危険因子に関わる遺伝・神経生物学的基盤の解析研究が活発に行われている。一方、ストレスフルなライフイベントを経験したすべての人が精神疾患を発症するわけではなく、むしろ大多数の人はストレスに適応することができる。このようなストレスの影響に対する予防・緩衝要因としてのレジリエンスは、ストレスに暴露されても正常な精神状態を維持する力(抵抗力)と、発病後に健康な状態へと導く力(回復力)の二側面を持つ概念と捉えられている。したがって、精神疾患の発症機序をより深く理解するためには、脆弱性のみではなくレジリエンスの側面も取り入れた、一面的でない研究が望まれる。本シンポジウムでは、ストレス脆弱性とレジリエンスの分子機構に関する研究成果の一端を概説するとともに、うつ病の発症との関わりについて議論する。
1C-合同2-4
統合失調症発症の分子メカニズムをめぐって
西川 徹1,2
1医歯大院・医歯総合・精神行動医科学,2医歯大・脳統合機能研究セ

各精神疾患では症状だけでなく発症が始まる年代にも特徴が見られる。しかし、原因とともにこうした発症臨界期のメカニズムも未だ不明である。演者らは、統合失調症の原因となる分子異常を明らかにするため、発症臨界期に注目し、本症が、思春期以降に発症するようになる分子メカニズムの検討を続けている。興味深いことに、成人に統合失調症と類似した症状を引き起こす、ドーパミン作動薬、NMDA型グルタミン酸受容体(NMDAR)遮断薬や、NMDARに対する自己抗体も、思春期以前には精神症状を生じにくい。この現象は、本章で障害されるシステムが生後も発達を遂げ、思春期頃に特性を大きく変えることを示唆している。また、実験動物においても、薬物による統合失調症モデルは、一定の発達期(臨界期)以降に成立することから、動物にも統合失調症で障害されるのと相同のシステムが存在する可能性がある。そこで、統合失調症様症状発現薬のうち、ドーパミン作動薬のmethamphetamineと、NMDARを遮断するphencyclidineを投与した、臨界期前後の動物の脳で、遺伝子発現を比較し、統合失調症の発症と関連する候補として、臨界期以降に応答が有意に変化するようになる遺伝子群を検出た。これらの遺伝子は、多くがGWASやCNVで統合失調症と関連するゲノム領域にマップされ、SNPsが本症と相関するものや、死後脳組織においてmRNA発現が変化するものが含まれており、発症への関与が推察された。現在、以上の発症臨界期と関連した変化の分子メカニズムを解析中である。