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公募シンポジウム
食物由来物質による情動脳機能のコントロール
1E-公募-1
経口投与で有効な食品由来の情動調節ペプチドと腸―脳連関
大日向 耕作
京都大学大学院農学研究科食品生物科学専攻

 食品タンパク質の酵素消化により生成する生理活性ペプチドのなかには、経口投与で情動調節作用や学習促進作用、摂食調節作用など神経系に対して作用する場合があることがわかってきた[1]。今回、食品由来ペプチドの情動調節作用、特に、マウス行動試験による抗不安様作用および抗うつ様作用について、また、それらの作用機構について紹介する。
 食品は複雑系である。タンパク質を例にとると、食品中には複数のタンパク質が存在し多様な基質特異性の消化管酵素で分解され、消化管内では鎖長とアミノ酸配列の異なる膨大な組み合わせからなるペプチドが生成する。この膨大な種類のペプチドをすべて評価することは困難であり、また、生理活性ペプチドの単離も容易ではない。そこで我々は、まず、比較的組み合わせの少ないジペプチドに着目し、芳香族アミノ酸-Leuというアミノ酸配列が抗不安様作用に重要で、かつ、C末端側への鎖長延長は許容されるという構造上のルールを明らかにした[2]。次に、このルールを満たすペプチドが食品タンパク質の酵素消化物中に存在するかを検討することにより、牛乳や大豆由来の新規ペプチドを効率的に発見することができた[3]。その他、従来の単離同定法により抗不安様ペプチドを見出したり[4]、あるいは、別の評価系で発見されたペプチドが抗不安様作用を示したりする場合がある。これらの食品由来ペプチドは、従来と異なる作用経路を介することが多く、新しい神経経路を解明するプローブとしても有用である。
 また最近、大豆由来の10残基ペプチドが経口投与(0.3 mg/kg)により抗うつ様作用を示すことを見出した。腹腔内投与では効果を示さないことから、消化管が作用点として考えられた。実際、迷走神経切除により本ペプチドの抗うつ様作用が阻害され迷走神経を介していることが判明した。さらに、ペプチド投与により迷走神経が入力する孤束核のc-Fos発現が増加し、迷走神経切除の結果と一致していた。おそらく吸収を前提としない腸-脳連関による作用機構を介していると考えられる。今後、食品ペプチドシグナルの生理的および病態生理学的意義の解明が期待される。

[1]大日向ら.化学と生物.2010;48, 11, 764-771.[2]Kanegawa N et al. FEBS Lett. 2010;584(3):599-604.[3]Mizushige T et al. FASEB J. 2013;27(7):2911-2917.[4]Yamada A et al. Mol Nutr Food Res 2014;58(2):353-358.
1E-公募-2
不飽和脂肪酸バランスによる条件性恐怖記憶のコントロール
関口 正幸
国立精神・神経医療研究センター神経研究所疾病研究第四部

【背景】恐怖記憶の汎化、亢進、消去不全等と不安症の関係が議論されている。不安症患者の血液分析では、多価不飽和脂肪酸(polyunsaturated fatty acid,PUFA)バランスの変化が報告されている(n-3 PUFAとn-6 PUFAの相対量の変化等)。しかし、PUFAバランスが恐怖記憶に与える影響については殆ど研究されていない。【目的】本研究では、食によるn-3 PUFAとn-6 PUFAのバランス変化が恐怖記憶にどのような影響を及ぼすか、メカニズムも含めて明らかにすること目的として、マウスを対象に基礎研究を行った。【方法】n-3 PUFAとn-6 PUFAを様々な比率(3/6比)で含む数種類の餌を作製し、雄性マウスにそれぞれ6週間給餌した。給餌後、恐怖条件づけ試験を行ない、マウスの「すくみ行動」時間により恐怖記憶の程度を評価した。また、上記動物の血清・脳中の脂肪酸組成を定量した。同様な給餌後、電気生理学的な実験を行い、扁桃体におけるシナプス伝達に対するPUFAバランスの影響とその作用メカニズムについて検討した。【結果】マウス血清・脳中の脂肪酸組成は、餌に含まれる脂肪酸の組成を反映して変化した。すくみ行動時間は、餌中・血清中・脳中の3/6比と強い逆相関関係を示した。また高3/6比の餌を摂取したマウスでみられたすくみ行動時間の減少は、カンナビノイドCB1受容体拮抗薬投与で完全に消失した。高3/6比餌摂取マウスの扁桃体ニューロンでは、対照餌(低3/6比)摂取マウスに比べ、CB1受容体活性が高まっており、光遺伝学的に単離した聴覚野―扁桃体外側核シナプスでのシナプス長期増強は低下していた。【考察】以上の結果から、食による脳内n-3/n-6 PUFAバランスの変化は恐怖記憶に影響を与えること、そのメカニズムとして扁桃体シナプス可塑性への修飾作用が示唆された。時間が許せば、高3/6比餌摂取によって変容する他の行動についても紹介したい。
1E-公募-3
妊婦のうつ症状に対するオメガ3系脂肪酸の可能性
西 大輔
国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所

 オメガ3系脂肪酸は、食事・栄養に分類されるもののなかでヒトの精神疾患に関するエビデンスが最も蓄積されてきているものの一つである。うつ病の有病率とその国の魚の消費量とが逆相関することを示した多国間地域相関研究がLancetに報告されたのを皮切りに数多くの臨床研究が行われ、うつ病に対する有効性を検討したRCTのメタ解析も10本以上出版されており、その多くがオメガ3系脂肪酸のうつ病に対する有効性を示唆している。抗うつ効果のメカニズムはまだ明らかになっていないが、特にイコサペンタエン酸(EPA)に強いとされる抗炎症作用によって抗うつ効果がもたらされている可能性が示唆されている。オメガ3系脂肪酸は幅広い集団に使用可能だが、うつ病を発症しても抗うつ薬の服用に消極的にならざるをえない妊婦においてはそのニーズが特に高い。妊娠期のうつ病は産後うつ病と比較すると注目されることが少ないが、頻度は産後うつ病と同等かそれ以上であり、母子双方に大きな悪影響を及ぼすことや産後うつ病の危険因子となることからも、その治療は重要な課題である。ただ、妊娠期のうつ病に対するオメガ3系脂肪酸の有効性はまだ実証されていない。また、食事からの魚の摂取量が諸外国と比べて多いわが国におけるエビデンスはまだ存在しない。そこで我われは、台湾の研究チームと協働してわが国と台湾におけるオメガ3系脂肪酸の妊婦のうつ症状に対する潜在的有効性と安全性をオープン試験で実証し(Nishi D, et al. Psychiatry Clin Neurosci, 2016)、現在ランダム化比較試験を実施中である。今後、メカニズムを含めてエビデンスが蓄積され、オメガ3系脂肪酸がわが国の妊婦のうつ症状に対する選択肢の一つとなることが期待される。
1E-公募-4
甘味呈味物摂取への希求と渇望に関わる脳メカニズム
八十島 安伸,志村 剛
大阪大学院・人間科学・行動生理

飲食物の摂取は空腹感という動因により動機づけられ、末梢神経情報や内分泌系液性情報による内臓・内受容感覚情報と視床下部・脳幹での中枢神経情報の統合的連関(脳腸相関)によってその多寡と停止が調節される(恒常性維持のための摂食)。一方、高嗜好性食物はそれが生み出す快情動や多幸感などの報酬作用が誘因として働き、その快情動を求める摂食(嗜好性に基づく摂食)を生じさせることがある。現代では、空腹感という生理的動因とは独立して、甘味呈味物の甘味情報由来の快情動や報酬価が心理的誘因となった「嗜好性に基づく摂食」が動機づけられることが多い。そして、甘味刺激からの快情動を希求する嗜好性に基づく摂食が繰り返され、かつ、過剰に動機づけられると、甘味呈味物への希求や渇望を呈し、恒常性調節を逸脱する過食や肥満に陥ってしまうとも考えられている。また、甘味過剰摂取行動では、その行動や脳機構について薬物依存のものとの共通性も示唆されている。ヒトにおける甘味呈味物の摂取動機づけの亢進には、情動やストレス、身体イメージの変容などの心理的要因が関わると示唆されているが、その脳・生理機構における変容が注目されつつある。我々は、甘味刺激の過剰摂取行動の脳・生理基盤を明らかとするための実験系として、行動訓練法を用いたマウスのショ糖過剰摂取行動モデルを作出した。同モデルを経験したマウスでは、飼料の事前摂取やブドウ糖末梢投与によってエネルギー要求性を低下させても、その直後に呈示されたショ糖の摂取は増大する。つまり、同モデルのショ糖過剰摂取行動は代謝的欲求に動機づけられた摂食であるよりは、ショ糖由来の報酬を希求・渇望する嗜好性に基づく摂食であると考えられる。我々は、同モデルでは脳内報酬系の機能亢進と生理的摂食抑制性システムの作動不良の二つの過程が並列的に変化すると想定している。前者には、胃産生ホルモンであるグレリンによる脳内報酬系の機能調節が変化することを明らかとした。後者については、ショ糖由来の内臓感覚刺激への脳幹部での反応低下や消化管から分泌されるペプチドホルモンの分泌量が変化することを明らかとした。以上から、マウスの過剰摂取行動モデルでは、報酬獲得のための摂取動機づけ促進系および生理的摂食抑制系のそれぞれの機能が変容・機能不全に陥っていると考えられる。本発表では、甘味呈味物というありふれた食品成分の過剰摂取に関わる脳・身体の変容と情動行動との関係性を紹介したい。