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企画シンポジウム
脳とこころのエピジェネティクス制御
2C-企画-1
記憶を司るエピジェネティック制御
平野 恭敬
京都大院・医・MIC

動物は、長期的な記憶を形成し、その記憶を保持することで、生存に有利になるよう行動する。長期記憶の形成過程では、一過的な遺伝子発現誘導が長期記憶形成に必須であり、転写因子CREB、そしてエピジェネティックな制御としてヒストンアセチル化が重要な役割を果たしていることがわかっている。しかしながら、どのヒストンアセチル化酵素がどのような遺伝子発現を制御することが長期記憶に重要なのか、また他のエピジェネティクス因子は長期記憶に必要か、遺伝子発現制御は果たして一過的か、それとも恒常的変化をもたらすのか、依然として不明である。我々はショウジョウバエをモデル生物として用い、長期記憶形成、その後の記憶維持の時間軸に沿って、記憶に必要な転写制御機構が遷移することを見出した。記憶中枢神経に焦点を当てたエピジェネティクス解析を行うことにより、それら転写制御機構の標的遺伝子を明らかにし、各遺伝子の役割を追及した。その結果、転写制御の遷移は、記憶を形成し、保持する役割とともに、記憶の書き換え可能期間を限定する役割があることが明らかになった。さらにそのような書き換え可能な期間は、転写制御機構を変化させることで、操作可能であることがわかった。本研究より、クロマチン上の転写制御が遷移することで記憶の状態を変化し、動物の行動が最適化されることが明らかになった。
2C-企画-2
Paternal aging induces differential DNA methylation in sperm:possible transgenerational effects on gene expression and behavior
吉崎 嘉一1,小池 佐2,木村 龍一1,山下 理宇3,小池 航平1,吉川 貴子1,稲田 仁1,松居 靖久4,河野 友宏2,大隅 典子1
1東北大院・医・発生発達,2東京農大・応用生物・動物発生工,3東北メディカルメガバンク・バイオバンク生命科学,4東北大・加齢研・医用細胞資源

How paternal age affects specific traits in offspring is becoming a fundamental issue in biology. Human epidemiological studies have indicated that advanced paternal age increases risk for various psychiatric disorders. Here we established in mice a paradigm to elucidate the molecular mechanism underlying transgenerational effects of paternal aging. First we confirmed that advanced paternal age actually disrupts vocal communication and sensorimotor gating in their F1 offspring. Comprehensive target DNA methylome analyses revealed drastic and consistent changes in aged sperm;we found 16 hypermethylated and 96 hypomethylated genome loci, in which NRSF/REST repressor motif, a negative regulator of differentiation and maturation of neural stem/progenitor cells, was commonly observed in the 19 hypomethylated loci. We propose a molecular scenario that altered NRSF/REST binding to its target loci due to sperm aging affects proper brain development and eventually impairs behavior in the offspring. Currently, we are investigating gene expression in various brain regions of the offspring to integrate how impaired NRSF/REST pathway due to paternal aging disrupts offspring's behavior.
2C-企画-3
うつ病治療におけるヒストンアセチル化―既存抗うつ薬とHDAC阻害薬に関して―
淵上 学1,森信 繁2,山脇 成人1
1広島大学大学院医歯薬保健学研究院精神神経医科学講座,2高知大学医学部神経精神科学

現代社会では、ストレスの増加や養育不遇といった社会問題も深刻化しており、再発・再燃を繰り返す難治なうつ病が増加している。Sequenced Treatment Alternatives to Relieve Depression(STAR*D)試験に代表される大規模臨床試験においても、統計的には、うつ病患者の約30%が既存の抗うつ薬に抵抗性であり、新しい治療薬の開発が強く求められている。うつ病治療は、1950年代に提唱された「モノアミン仮説」に長く依存しており、近年開発されたSSRIやSNRIなどの「新規」と呼ばれる抗うつ薬でさえこの仮説に基づいて開発されている。このような背景から、うつ病の新規治療法の確立のためには、これまでの作業仮説にとらわれない新しい創薬戦略が求められている。
一方で、社会敗北性ストレスや学習性無力などのストレスパラダイムを用いた動物モデルの研究において、脳内での多様な遺伝子変化がうつ病の病態に関与し、その変化が慢性の抗うつ薬投与によって回復し得ることなどから、うつ病の病態と治療において、環境に応じてダイナミックに変化するエピジェネティクスが重要な役割を果たすことが解明されつつある。既存の向精神薬によるエピジェネティックな変化が次々と報告される一方で、さまざまなエピジェネティックな作用機序を有する物質の精神機能や行動に及ぼす影響も明らかになりつつあり、今後の治療的応用が期待される分野である。本シンポジウムでは、既存の抗うつ薬によるエピジェネティックな変化とヒストン脱アセチル化酵素阻害薬(HDACi)による抗うつ効果に関して概説し、エピジェネティクスのうつ病治療への臨床応用に関して論じたい。
2C-企画-4
エピジェネティクス制御因子阻害剤の創製とその応用
鈴木 孝禎
京都府立医大院・医・医薬品化学

 DNAのメチル化やヒストンのアセチル化、メチル化のようなエピジェネティクス機構は、がんなどの疾患に密接に関与することが知られている。これまでに、多くの研究グループにより、DNAメチル化酵素(DNMT)阻害剤やヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害剤が開発され、DNMT阻害剤が骨髄異形成症候群の治療薬として、HDAC阻害剤が皮膚T細胞リンパ腫の治療薬として、臨床応用されるに至っている。抗がん剤としてのエピジェネティクス制御化合物が開発されてきた一方で、エピジェネティクスの異常と神経変性疾患や精神疾患との関連も明らかになってきた。したがって、エピジェネティクス制御化合物は、神経精神疾患の治療薬としても応用できる可能性がある。我々の研究グループは、これまで、アイソザイム選択的HDAC阻害剤やヒストン脱メチル化酵素(KDM)阻害剤を創製し、それらの治療薬としての可能性を示してきた。本シンポジウムでは、我々が行ったエピジェネティクス制御因子阻害剤の創製研究とそれらの神経精神疾患モデルに対する効果について発表する。