TOP神経化学会理事会企画シンポジウム
 
神経化学会理事会企画シンポジウム
脳神経疾患におけるRNAメタボリズムの異常
3A-日本神経化学会理事会企画-1
神経筋疾患におけるスプライシングシス因子の破綻とRNA結合タンパクの異常
大野 欽司
名古屋大院・医・神経遺伝情報

 ヒトは遺伝子数を増やすことなく発達段階特異的・組織特異的な選択的スプラシング機構を獲得することにより進化してきた。時空間的に精緻に制御されたスプラシング制御機構は、多様な生命機構を実現するとともに、その破綻は多くの疾患の原因となっている。先天性筋無力症候群(CMS)は神経筋接合部に発現する少なくとも23種類の遺伝子の先天的な遺伝子変異により神経筋接合部信号伝達が障害される病態である。CMSにおけるCHRNA1遺伝子変異はhnRNP Lの結合を減弱し、新たにhnRNP LLの結合能を獲得する。hnRNP Lはproline-rich region(PRR)を介してPTBと結合することによりエクソンスキッピングを誘導する。同様に、CMSのCOLQ遺伝子変異はSRSF1の結合を減弱し、新たにhnRNP Hの結合能を獲得する。SRSF1は下流のU1 snRNPと協調し、上流因子に結合するYB-1とともに正常スプライシングを促進する。CMSに関連するGFPT1遺伝子は選択的スプライシングにより骨格筋特異的に酵素活性が低いアイソフォームを作る。GFPT1患者iPS細胞由来筋管のアンチセンスオリゴ治療により遺伝子変異によるGFPT1酵素活性低下を補正することが可能になる。さらに、CMS病態への応用を視野に入れて、神経筋接合部に発現するACHE遺伝子,MUSK遺伝子の選択的スプライシングの正常分子機構の解明を行っている。さらに、塩基置換によるスプライシングシス因子の破綻を予測する独自ツールを開発している。5'splice siteに含まれる9塩基の塩基置換のスプライシング予測ツールSD-Scoreにより、エクソン3'末端3塩基の塩基置換が高頻度でスプライシング異常を起こすことを明らかにした。また、エクソン第1塩基の塩基置換はpolypyrimidine tractが短い時にスプライシング異常を起こす。さらに、イントロン3'末端50塩基の塩基置換がスプライシング異常を起こす可能性を予測するモデルを作成した。加えて、CLIP-seq・ChIP-seq・Nascent-seq・CAGE-seq・PolyA-seqの統合OMICS解析により筋強直性ジストロフィーに関わるCUGBP1,MBNL1・筋萎縮性側索硬化症に関わるFUSのRNA代謝への役割を明らかにした。
3A-日本神経化学会理事会企画-2
RNA結合タンパク質HuC依存的軸索輸送機構と軸索変性との関連
岡野 ジェイムス洋尚
東京慈恵会医科大学 再生医学研究部

神経特異的RNA結合タンパク質HuCのノックアウト(KO)マウスは正常に発育するが生後7ヶ月になると歩行障害などの運動失調症状を呈する。このマウスの小脳では神経回路が正常に形成されたのちに遅発性にシナプス脱落を伴ったプルキンエ細胞の軸索変性が起こるが、プルキンエ細胞は細胞死に至らない。我々は軸索変性の分子メカニズムを解明するためにRIP-CHIP法およびHITS-CLIP法によりHuCの標的RNAのスクリーニングを行い、複数のKinesinやAnkyrin-Gを含む多くのHuC標的候補遺伝子を同定した。Huが欠失したニューロンでは軸索輸送を担うKIF3A、3Cなどのキネシン関連タンパク質の発現レベルが同調的に低下し、結果的に軸索輸送の障害が起こって軸索膨大を伴った変性・シナプス脱落に至るという病態モデルを提示した。HuC KOマウス小脳における詳細な電子顕微鏡解析を行った結果、プルキンエ細胞の軸索膨大部に様々な細胞内小器官が蓄積し、細胞質の構成成分が軸索へと流出している所見が観察された。このことから、HuC KOマウスのプルキンエ細胞では軸索輸送の障害に加え、細胞体から軸索に細胞内小器官等の異常流出が生じている可能性が考えられた。通常、ニューロンでは細胞体と軸索の間に拡散障壁(AIS)が形成されており、軸索へ移行できる細胞内小器官やタンパク質は制限されている。HuC KOマウス小脳では、AISの最も重要な構成因子の1つであるAnkyrin-Gの発現量および選択的スプライシングのパターンが有意に変化していた。野生型に比べHuC KO小脳ではexon 34を有するAnkyrin-Gのバリアントが増加しおり、ZU5ドメイン中にexon 34が挿入されることによりSpectrinとの結合親和性に変化が起こっている可能性が考えられる。同バリアントは胎生期に多く発現するものの成体脳では極めて少ないため、HuC KO小脳では異時性に“胎仔型Ankyrin-G”が出現していると言える。我々はこれまでにAnkyrin-GがHuによる選択的スプライシング制御を受けることを明らかにしており(Ince-Dunn G, Okano HJ et al. Neuron 2012)、Huタンパク質の欠失によりAIS機能の低下が起こっている可能性が強く示唆される。
3A-日本神経化学会理事会企画-3
神経系におけるスプライス多様性制御の破綻と神経発達障害
飯島 崇利
東海大・創造機構

選択的スプライシングは単一の遺伝子から複数の遺伝子産物を生み出し生命情報を多様化させる重要な仕組みであり、ヒトでは僅か2-3万個程度の遺伝子から10万種以上のタンパク質が生み出される。脳は選択的スプライシングの最も盛んな臓器であり、スプライシング活動が高等動物における複雑な組織構造と機能発現に深く寄与することが推測される。また重要なことに、多くの脳・神経疾患でスプライシング異常が報告されていることから、その発症や病態と密接に関連していることも強く示唆されるようになった。しかしながら、選択的スプライシングにより生み出される分子多様性が神経系でどのように制御されるのか、とくにその調節因子については未だ不明な部分が多い。これまで講演者らは、中枢神経系において選択的スプライシングを制御するメカニズムに注目し、これまでに興味深いファクターとして、KHドメイン型RNA結合タンパク質であるSAM68を同定し、中枢神経系で主要なシナプス形成因子であり自閉症の原因遺伝子として知られるNeurexinの選択的スプライシングを神経活動依存的に制御することを示してきた(Iijima et al., Cell., 2011)。加えて、SAM68のファミリー分子SLM1とSLM2もまたNeurexinのスプライシング制御因子であり、興味深いことに互いに異なった神経細胞群に発現し神経細胞種に特異的なスプライシング制御を行っていることを明らかにしてきた(Iijima et al., J. Cell Biol., 2014)。SAM68/SLMによる時空間的な選択的スプライシング活動と神経系での機能的役割についてさらに検討するため、最近エキソンレベルでの網羅的トランスクリプトーム解析によって標的RNA分子をスクリーニングしたところ、Neurexin以外にも発達障害と関連深い遺伝子産物が複数同定された。そこで、本シンポジウムではスプライシング調節因子のノックアウトマウスをモデルとし、時空間的スプライシング制御異常のメカニズムから引き起こされる神経発達障害の可能性について論じてみたい。
3A-日本神経化学会理事会企画-4
筋萎縮性側索硬化症に於けるRNA代謝異常仮説の検証 その始まりと終わり
小野寺 理1,小山 哲秀1,加藤 泰介2,須貝 章弘1,石原 智彦2,横関 明男2
1新潟大 脳研究所 神経内科,2新潟大 脳研究所 分子資源

筋萎縮性側索硬化症(ALS)は運動神経細胞を中心に侵す神経変性疾患である。従来、本疾患は運動神経システムへの選択性が注目されてきた。TDP-43をはじめとする種々の原因遺伝子の発見により、本症の病態機序が徐徐に明らかとなってきている。本症では大別して、ユビキチン-プロテアゾーム系のタンパク質分解系とRNA関連蛋白の凝集体形成、その細胞内局在の変化に集約される。本講演では、この後者に関して、現在判明している病態論と、我々が追い続けている、その始まりと、結果について、TDP-43の量を調節するロバストネス機構の破綻と、その結果としての選択的RNA代謝異常という側面から論じたい。まず、始まりとしては、TDP-43タンパク質の量調節機構が、その疾患の根本にある可能性について提示したい。TDP-43は、他のRNA関連蛋白と同様に、自己のRNAの量調節を介して、その量を厳密に調節している。一方、ALS患者の運動神経細胞では、TDP-43の細胞内局在が変化していることが示されていた。通常核内蛋白量が自己調節機能に関与すると考えられるが、ALSの病的細胞にて、この機構がどのようになっているか明確ではなかった。我々は、TDP-43の自己調節機能を詳細に検討し、生体内で、自己調節状態を推量できるマーカーを見出した。それを用いて定量的in situ hybridizarion法によって、剖検組織での運動神経細胞にて、この自己調節機構が保たれていることを見出した。この事実は、ALSの運動神経細胞では、あたかもTDP-43が永続的に足りないと判断して、TDP-43を作り続けてしまうと言う悪循環に陥ってしまっていることを示している。この悪循環を止めることは、本症の新たな治療ターゲットとなる可能性がある。次に、TDP-43が消失した結果として、TDP-43の核内小体への寄与に注目し、ALSの運動神経細胞ではCajal小体や、GEM小体の量的異常が起こっていることを見出した。この核内小体の異常は、広汎スプライシング異常を惹起すると考えられる。これはスプライシングに対するTDP-43の直接の機能喪失のみならず、間接的な機能喪失が、疾患の背景にあることを示唆している。これら本症に於けるRNA代謝異常について述べる。