TOP公募シンポジウム
 
公募シンポジウム
Gliopsychiatry研究の最前線と未来
3B-公募1-1
遺伝子改変を駆使したGliopsychiatry研究
田中 謙二
慶應大・医・精神

グリアが心の活動になんらかの役割を果たしているに違いないと多くの者が推測しているものの、その決定的な証拠はない。その一つの理由に、我々研究者がグリアのことをあまり分かっていないことがあげられないだろうか。神経からくる情報をグリアがどのように処理して、それを神経へ返しているのか。これはグリアニューロン相互作用という分野の大きな疑問であり、この延長に精神症状の理解がある。神経からグリアへの情報伝達、グリアから神経への作用について、グリア細胞特異的な遺伝子操作から明らかになった知見を報告し、グリアと心の関係について未解決なことを議論する。
3B-公募1-2
Gliopsychiatry研究;抗うつ薬の作用標的としてのグリア細胞
小泉 修一
山梨大院・医・薬理学

アストロサイトは脳内で最大数を占めるグリア細胞であり、その動的な役割により、シナプス伝達を直接制御すること、シナプス新生・除去によりネットワーク構造を変化すること、さらに神経細胞の生存・維持に必須であることが明らかとされつつある。しかし、向精神薬にどのように応答するのか、さらにその応答性と治療効果については殆ど解っていない。本研究では、アストロサイトが抗うつ薬の標的として、またそのプリン作動性シグナル亢進が抗うつ作用発現に極めて重要で有る可能性について報告する。選択的セロトニン再取り込み阻害(SSRI)型抗うつ薬fluoxetineをマウスに慢性投与すると、当該マウスはtail suspension test等の種々抗うつ行動を呈する。しかし、ATP開口放出能を低下させたVNUT(vesicular nucleotide transporter)欠損(KO)マウスでは、fluoxetineによる抗うつ作用は顕著に抑制され、ATP放出が抗うつ作用と関連している可能性が示唆された。Fluoxetineの抗うつ作用は、アストロサイト特異的VNUT-KOマウスでも有意に低下し、また逆にアストロサイト特異的VNUT過剰発現マウスでは顕著となった。次にアストロサイトATPシグナルと抗うつ作用に関する検討を行った。抗うつ薬により、神経細胞のBDNF産生が亢進すること、これによるシナプスリモデリングが抗うつ効果とリンクしている可能性が報告されている。Fluoxetineは神経細胞だけでなく、アストロサイトのBDNF発現をも亢進させた。またこれは、VNUT依存的であった。Fluoxetineはアストロサイトを反応型フェノタイプに変化させ、VNUT発現及びATP放出を亢進させ、さらにこのATPがP2Y11受容体を、さらに代謝されたadenosineがA2b受容体に作用することで、cAMP/CREB依存的にBDNF発現を亢進させることが明らかとなった。以上SSRI型抗うつ薬fluoxetineの標的細胞として、またその薬効発現にアストロサイトのプリン作動性シグナルが重要であること、また、BDNFのソースとしてアストロサイトが重要な役割を果たすこと、が明らかとなった。
3B-公募1-3
グリアから謎解く精神疾患のトランスレーショナル研究~気分障害とアストロサイトの観点から~
竹林 実1,2,岡田 麻美2,柴崎 千代2,板垣 圭1,2,梶谷 直人2,安部 裕美2,宮野 加奈子4,中島 一恵3,森岡 徳光3,上園 保仁4
1国立病院機構呉医療センター・中国がんセンター 精神科,2国立病院機構呉医療センター・中国がんセンター 臨床研究部 精神神経科学,3広島大学大学院医歯薬学総合研究科 薬効解析科学,4国立がん研究センター研究所 がん患者病態生理研究分野

気分障害などの精神疾患の病態生理の一つとして、グリア・神経・血管ユニットを基盤とするシナプスの機能不全が考えられ、そのユニットを構成するアストロサイトの障害が気分障害の死後脳研究などから報告されている。アストロサイトの機能改善が、気分障害の治療機転となる可能性を想定し、基礎研究及び臨床研究を行っている。既存の抗うつ薬が、アストロサイトに存在するGタンパク質共役受容体へ作用して、グリア細胞株由来神経栄養因子(GDNF)などの発現を誘導し、アストロサイトを活性化する。また、重症気分障害の治療法である電気けいれん療法(ECT)が、アストロサイトの増加およびアストロサイト分泌性のシナプス新生促進因子の一つであるトロンボスポンジン-1(TSP-1)の発現を増加し、アストロサイトを介したシナプス修復を行う可能性がある。一方で、気分障害患者の血液サンプルを用いた検討において、血中GDNFが低下しており、抗うつ薬やECTにより増加する。また、アストロサイトに関連のあるマトリックスメタロプロテアーゼ-2(MMP-2)も患者血中で低下しており、ECTにより増加し、抑うつ症状と有意な相関がある。従って、気分障害において、アストロサイトがひとつの治療機転となることが示唆され、今後の治療法開発の新しい視点になると考えられる。
3B-公募1-4
サイコグリア研究―ミクログリアに着目した橋渡し研究アプローチ
加藤 隆弘1,2,扇谷 昌宏1,神庭 重信1
1九州大学大学院 医学研究院 精神病態医学分野,2九州大学 先端融合医療レドックスナビ研究拠点 脳研究ユニット

 ミクログリアは、中枢神経系では数少ない中胚葉由来の細胞であり、静止状態では樹状に突起を伸ばした分枝型(ラミファイド型)として脳内の微細な環境変化を監視しており、最近では、定期的にシナプス間の監視役も果たすことが報告されている。脳内の環境変化に敏速に反応し活性化すると、遊走能を有するアメーバ状の形体へ変化しマクロファージと類似した性質を呈し、脳内炎症免疫機構の主役として、標的部位まで移動し、炎症性サイトカインやフリーラジカルといった神経障害因子及び神経栄養因子を産生する。こうして、中枢神経系における神経免疫応答・酸化ストレス反応・神経障害・神経保護などに重要な役割を担い、アルツハイマー病などの神経変性疾患や神経因性疼痛の病態に深く関与していることが知られている。
 近年の統合失調症、うつ病、自閉症など精神疾患患者における死後脳研究や生体脳PET研究において、患者脳内におけるミクログリア過剰活性化が報告されており、特に自殺した患者脳内においてミクログリアが過剰活性化していたという報告は興味深い。精神病症状や抑うつ症状の重症度とミクログリア活性化が相関するという報告もなされている。他方、ミクログリア活性化抑制作用を有する抗炎症薬(Cox-2阻害薬)や抗生物質ミノサイクリンに抗精神病作用/抗うつ作用を認めたという臨床報告が近年なされている。筆者らの研究室では、抗精神病薬・抗うつ薬など元来ニューロンをターゲットとして開発された薬剤に齧歯類ミクログリア細胞の活性化抑制作用があることを見出してきた。こうした知見に鑑みると、ミクログリアの過剰活性化は様々な精神疾患の病態機構に関与しており、ミクログリア活性化を制御することが新しい精神疾患治療のターゲットになる可能性がある。
 ヒトPET研究により脳内ミクログリア活性化をある程度は推測できるが解像度の課題が大きく、現時点では微細なモレキュラーレベルの活性評価は不可能である。こうした限界を補うべく、筆者らの研究室では、ヒト末梢血採血により2週間で作製できる単球由来直接誘導ミクログリア様細胞(iMG細胞)の作製技術を開発し、新しいトランスレーショナル研究を推進している。こうした新しい技術を導入することで、患者のミクログリア細胞のどのような活性化がどのような精神症状に関与しているかを予測することが可能になり、精神機能・精神病理に果たすミクログリアの役割がより深く解明されることが期待される。本シンポジウムでは、研究室での最新の成果を紹介する。